第一話:追放された元神、武士の家で育つ -4
それから数年後。
旅立ちの前夜。
村は深い静寂に包まれ、月明かりが、木々の間から差し込み、地面に複雑な影を落としていた。遠くで夜鳥の声が聞こえる他は、風が木の葉を揺らす微かな音だけが響く。
青年へと成長した18歳の太郎は、武士の装束を身につけ、その体つきは鍛え上げられ、精悍さを増していた。
彼の瞳には、幼い頃の無邪気さとは異なる、固い決意の光が宿っている。彼は、鈴蘭の家を訪れた。質素ながらも手入れの行き届いたその家からは、微かに香木の匂いが漂ってくる。
「鈴蘭…俺は、明日、旅に出る。父の仇を討つために」
太郎が静かに告げると、鈴蘭は一瞬、その琥珀色の瞳に悲しみを浮かべた。
しかし、それはすぐに消え失せ、覚悟を決めた眼差しを太郎に向けた。彼女もまた、武士の装束を身につけ、腰には二本の刀を差している。
その姿は、かつての幼い少女とは見違えるほど凛々しかった。彼女の顔には、太郎への深い想いと、主家を守る者としての矜持が表れている。
「…若様。ついに、その時が来たのですね」
鈴蘭の声は、静かだが、揺るぎない意志がこもっていた。その声の奥には、太郎と共に歩むことへの、秘めたる喜びと、彼を案じる心が感じられた。
「お前を危険な目に遭わせるわけにはいかない。だから…村に残って、皆を守ってほしい」
太郎は、鈴蘭の身を案じる。彼の旅が、どれほど過酷なものになるか、想像に難くないからだ。
「(太郎の言葉を遮るように、強い眼差しで)…若様」
鈴蘭は太郎の言葉を遮り、一歩前に進み出た。その瞳は、一切の迷いを許さない、固い決意に満ちていた。彼女の心臓が、太郎への忠誠と愛情で、熱く高鳴っていた。
その日の夜。太郎は、母の部屋を訪れた。
母は、優雅な着物を纏い、心配そうに太郎を見つめていた。その手は、長年の労苦で少し荒れているが、温かい愛情に満ちている。母は、旅の非常食として、手作りのきびだんごを小さな包みに入れ、太郎に差し出した。きびだんごは、素朴な見た目ながら、母の温かさが染み込んでいるようだった。
太郎がそれを受け取ると、きびだんごは微かに桃色の光を放ち、温かいオーラを纏い始めた。それは、太郎の神の力が、無意識にこもった証だった。その光は、暗い部屋の中で、ささやかな灯火のように揺れていた。
「太郎…道中、気をつけるのですよ。母上の手作りきびだんごです。困ったときは、これを食べなさい。きっと、あなたを助けてくれるはず」
母の優しい声が、太郎の胸に染み渡る。その声には、息子を案じる深い愛情と、無事を願う祈りが込められていた。
「…はい、母上。必ず、父の仇を討って、この世から鬼をなくし、帰ってきます」
太郎は、きびだんごの包みを両手で固く握りしめ、力強く答えた。彼の瞳には、父への復讐と、母への誓い、そして世界から鬼をなくすという、新たな決意の光が宿っていた。
「ええ、信じていますよ。太郎なら、きっとできます」
母は優しく微笑み、太郎を見送った。その笑顔は、太郎の心に、温かい光を灯した。太郎はきびだんごの包みを握りしめ、来るべき旅路に思いを馳せていた。
夜空には、満月が静かに輝き、彼の旅路を照らすかのように、柔らかな光を投げかけていた。