第十六話:竜宮への誘い、乙姫との出会い -1
風神と雷神との和解、そして太郎の神力覚醒という大きな節目を越え、太郎たち一行は新たな目的地である竜宮へと向かっていた。
天岩戸を出て数日、彼らは険しい山道を抜け、広大な海へとたどり着いた。
目の前に広がるのは、どこまでも続く紺碧の海。水平線は遥か彼方まで伸び、空と海が溶け合う。潮風が肌を撫で、遠くでカモメの鳴き声が聞こえる。太陽の光が海面に反射し、キラキラと輝く。
しかし、彼らの表情には、その美しさとは裏腹に、新たな試練への緊張感が漂っていた。
「これが竜宮へ続く海か……。風神様と雷神様は、乙姫様が待っていると仰っていたが……本当に、海の底に竜宮城なんてあるのか……? それとも、この海の向こうに、隠された島があるのだろうか……?」
太郎は、水平線の彼方を見つめ、静かに呟いた。
彼の胸には、乙姫との出会い、そして鬼ヶ島への道への期待と、同時にどうやって海の底へ辿り着くのかという、明確な不安が混じり合っていた。
これまでの試練とは異なる、未知の領域への踏み出しに、彼の心は高鳴っていた。
「若様、この海域は、尋常ではありません。微かながら、強大な魔力を感じます。海の底から、何か巨大な存在が蠢いているような……ただならぬ気配がします」
黒鉄は、潮風に髪をなびかせながら、鋭い視線で海を見渡した。彼女の琥珀色の瞳は、海の奥に潜む危険を探ろうとしていた。その魔力は、これまでの鬼とは異なる、純粋な水の力に満ちていた。その冷たさが、肌を刺すように感じられる。
「うわ~! 海だ~! 広いね~! でも、なんか、ちょっと怖いかも……。竜宮城って、この海のどこにあるんだろう? どうやって行くの~? 船もないし……」
琥珀は、海を見上げて目を輝かせたが、すぐにその広大さと、海の奥から感じる不穏な気配に、身をすくませた。彼女の小さな体が、潮風に微かに震える。足元に打ち寄せる波が、彼女の好奇心をわずかに怯えさせる。
「この魔力……海に潜む、強大な存在の気配です。気を引き締めましょう。乙姫殿の導きがあるとはいえ、竜宮城への道筋は、まだ不明です。この海は、ただ穏やかなだけではない……その深淵には、何が潜んでいるか……」
天音は、白い羽を広げ、海上を冷静に分析した。彼女の瞳は、海の深淵に潜む魔力を捉えようとしていた。その魔力の奔流は、彼女の羽を微かに震わせるほどだった。
「へっ、竜宮城ってのがこの海のどこかにあるってのか? 面白ぇじゃねぇか! どんなデカい奴がいても、俺の斧でぶっ飛ばしてやるぜ! 海の鬼だろうと、関係ねぇ! 陸の鬼と、どう違うか、試してやる!」
八重は、豪快な笑みを浮かべ、斧を肩に担いだ。彼女の瞳には、強敵との戦いへの闘志が宿っている。彼女の全身から、漲る力が感じられた。
「しかし、どうやって竜宮城へ行くのですか? このままでは、途方に暮れてしまいます……。この広大な海を前に、どうすれば……」
黒鉄が、困惑した表情で太郎を見上げた。広大な海を前に、彼らの陸上での経験は、ほとんど役に立たないように思われた。
「うーん……確かに、どうしたものか……。風神様や雷神様は、乙姫様が待っているとしか仰らなかったからな……。何か手掛かりはないか? この海のどこかに、入り口があるのだろうか……」
太郎も腕を組み、思案に暮れた。彼らは海のほとりに立ち尽くし、広大な海原を前に、どうすることもできないでいた。潮風が彼らの髪を揺らし、遠くで波の音が響く。
「ねぇねぇ、太郎兄ちゃん! 私と天音ちゃんで、近くの村で聞いて回ってみようよ! もしかしたら、竜宮城のこと、何か知ってる人がいるかも! 伝説とか、言い伝えとか! 海のことは、漁師さんが一番詳しいはずだよ!」
琥珀が、目を輝かせ、提案した。彼女の好奇心は、この膠着状態を打開しようと突き動かされていた。
「そうですね。伝説を語り継ぐ者や、海に詳しい漁師ならば、何か知っているかもしれません。私が行きましょう。琥珀殿も一緒ならば、情報収集も捗るでしょう。分担して探しましょう。効率的です」
天音も、琥珀の提案に賛同した。彼女の冷静な判断が、具体的な行動へと繋がる。彼女の白い羽が、情報収集への意欲を示すかのように, 微かに広がる。
『皆さま、海から感じる魔力は強まっています。この海域は、その強大な存在の領域……。警戒を怠らぬよう……。この魔力は、我々の想像を遥かに超えるかもしれません。
情報収集は重要ですが、くれぐれもご無理なさらないでください。何かあれば、すぐに引き返してください。決して、深追いなさらぬよう』
葛の思考が、太郎の心に響いた。彼女は、海の魔力の流れを読み取り、仲間たちに警告を発する。彼女の表情は、いつも以上に真剣だった。
◆
琥珀と天音は、早速、近くの漁村へと向かった。
村はずれの小さな漁村は、潮の香りと、魚を干す匂いに満ちていた。老いた漁師たちが網を繕い、子供たちが浜辺で遊んでいる。琥珀は持ち前の明るさで村人たちに話しかけ、天音は冷静に彼らの言葉に耳を傾けた。
村人たちは、海の奥に広がる伝説の竜宮城について、様々な言い伝えを語った。
その多くは、海の底に存在する神秘の都であり、選ばれし者しか辿り着けないというものだった。中には、竜宮城へ行った男の話や、そこで玉手箱をもらったという話も混じっていた。
しかし、その中に、海の底へ誘う「特別な亀」の伝説が語られていた。その亀は、心優しき者を竜宮城へと導くという。
「へぇ~! 亀さんが、竜宮城に連れて行ってくれるんだって! 面白~い! 太郎兄ちゃん、これだよ、これ! 亀さんを探そうよ!」
琥珀が、目を輝かせながら天音に報告した。その声には、確かな手応えが込められている。彼女の小さな体が、喜びでぴょんぴょんと跳ねる。
「なるほど……伝説の亀。それが、乙姫殿の使者ということでしょうか。しかし、その亀がどこにいるのか……。そして、その亀が本当に乙姫殿の使者なのか、見極める必要があります」
天音は、冷静に分析した。彼女の瞳は、伝説の真偽を見極めようとしていた。その言葉の裏には、慎重な判断が伺える。




