表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/71

第一話:追放された元神、武士の家で育つ -3

それから数日後。村の入り口には、重く、沈痛な空気が漂っていた。


鬼討伐に出撃した者たちが、深手を負い、血まみれになった太郎の父を家臣たちに担がせて運んできた。父の顔は土気色に染まり、浅い呼吸を繰り返している。


その姿は痛々しかったが、かろうじて息はあった。太郎と母、そして鈴蘭が、父の傍らに駆け寄り、必死に看病する。土と血の匂いが、彼らの鼻腔を刺激する。



しかし、その後に続く家臣たちが運んできたのは、鈴蘭の父と兄の、冷たくなった亡骸だった。

彼らの顔は安らかだったが、その傷だらけの姿は、戦いの過酷さを物語っていた。鬼討伐に出撃した20名のうち、半数近くが死亡し、ほぼ全員が重傷を負っていたことが、家臣たちの疲弊しきった姿から見て取れた。


村中に悲痛な叫び声と、絶望の声が響き渡る。村人たちは、この惨状に打ちひしがれ、その場に崩れ落ちる者もいた。鈴蘭は、父と兄の亡骸を見て、その場に崩れ落ちた。彼女の琥珀色の瞳からは、止めどなく涙が溢れ落ちる。


「あなた!しっかりしてください!負けてなるものですか!」


太郎の母が、父の手を握りしめながら、震える声で叫ぶ。その声には、夫を失うまいとする必死な願いが込められていた。


「父上…!なぜ、なぜこんなことに…!」


太郎は、父に縋りつき、その胸に顔を埋める。温かかったはずの父の体が、少しずつ冷たくなっていくのがわかる。


「殿…お戻りになられました…しかし…」


家臣の一人が、力なく崩れ落ちる。その顔は、深い疲労と絶望に歪んでいた。


「多くの仲間が…鬼の力は…あまりにも…」


別の家臣が、鬼の恐ろしさを語り、その場に座り込む。


「お父様…お兄様…!?嘘…嘘でしょう…!?」


鈴蘭が、亡骸の前で震える声で呟く。その声は、現実を受け入れられない幼い少女の悲痛な叫びだった。


「鬼め…なんて恐ろしい力だ…!」


村人の声が、その絶望をさらに深くする。村全体が、深い悲しみと喪失感に覆われていた。


父は、最期の力を振り絞り、太郎に桃の紋章が刻まれた古びた槍を手渡す。

その手は、既に冷たく、微かに震えていた。槍の柄は、父の血で赤く染まっている。


太郎は、溢れそうになる涙を必死にこらえ、父の手を強く握り返した。

父の瞳には、太郎への深い信頼と、果たせなかった無念が宿っていた。

その視線は、太郎の心に、重く、しかし確かな使命を刻み込む。


「太郎よ…」


父が激しく咳き込みながら、苦しそうに言葉を紡ぐ。その声は、今にも途絶えそうに弱々しい。


「…お前は…お前自身の力を見つけなければならない…。この世にはびこる鬼を…頼むぞ…」


父の言葉は、遺言として太郎の心に深く突き刺さる。


「父上…!父上…!逝かないでください…!」


太郎の必死な叫びも、もう父には届かない。彼の目からは、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちる。


「(微かに微笑み、太郎の頭を撫でる)…強く…生きろ…。お前なら…できる…」


父は、太郎の頭を優しく撫でる。その温かさが、太郎の頬に僅かに残る。そして、その手が、ゆっくりと、力なく落ちた。父は静かに息を引き取った。


太郎の手から、父の血と汗が染み込んだ槍が、音もなく滑り落ちる。その瞬間、太郎の心に、深い絶望と、燃え盛るような怒りが刻み込まれた。


鈴蘭の父と兄の葬儀が、しとしとと降る雨の中で執り行われていた。


空は鉛色に重く垂れ込め、雨粒が地面を叩く音が、悲しみを一層深くする。村人たちは、濡れた地面に膝をつき、悲しみに暮れ、すすり泣く声が響く。彼らの顔は、雨と涙でぐしゃぐしゃになっていた。


幼い太郎は、父の死と、鈴蘭の深い悲しみを目の当たりにし、その場で拳を固く握りしめた。彼の心には、鬼への激しい復讐心が、冷たく、硬い塊となって宿っていた。彼の幼い顔には、怒りと決意が刻まれる。


「鬼…!必ず、この手で…父の仇を…そして、鈴蘭の父上と兄上の無念を…!この世から、鬼を…!」


太郎は心の中で強く誓った。その誓いは、雨音に掻き消されることなく、彼の心臓の奥で燃え盛っていた。その隣で、鈴蘭は涙を流しながらも、太郎と共に鬼を討つ決意を固めていた。彼女の瞳には、固い決意の炎が宿っている。


「お父様…お兄様…!若様…私も、共に参ります。この命、若様のために。鬼を、許しはしない」


鈴蘭の声は、雨音に混じって、静かに、しかし確かな響きを持っていた。

太郎の母は、静かに涙を流しながら、太郎の肩を抱きしめる。


その腕には、息子への深い愛情と、夫を失った悲しみが込められていた。

村全体が、深い喪失感に包まれていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その他の作品もぜひ!
ガイア物語(代表作)
 壮大な異世界ファンタジーサーガ 同時並行的に複数のストーリーが展開します
異世界グルメ革命! ~魔力ゼロの聖女が、通販チートでB級グルメを振る舞ったら、王宮も民もメロメロになりました~(週間ランクイン)
 魔力ゼロの落ちこぼれ聖女が、B級グルメへの愛だけで本当の聖女になっていく話
ニャンてこった!異世界転生した元猫の私が世界を救う最強魔法使いに?
 猫とリスの壮絶でくだらない、そして世界を巻き込んだ戦いの話
時間貸し『ダンジョン』経営奮闘記
 異世界でビジネススキルを使い倒す異色ファンタジー!
幻想文学シリーズ
 日常に潜むちょっとした不思議な話。ちょっと甘酸っぱい話。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ