第一話:追放された元神、武士の家で育つ -3
それから数日後。村の入り口には、重く、沈痛な空気が漂っていた。
鬼討伐に出撃した者たちが、深手を負い、血まみれになった太郎の父を家臣たちに担がせて運んできた。父の顔は土気色に染まり、浅い呼吸を繰り返している。
その姿は痛々しかったが、かろうじて息はあった。太郎と母、そして鈴蘭が、父の傍らに駆け寄り、必死に看病する。土と血の匂いが、彼らの鼻腔を刺激する。
しかし、その後に続く家臣たちが運んできたのは、鈴蘭の父と兄の、冷たくなった亡骸だった。
彼らの顔は安らかだったが、その傷だらけの姿は、戦いの過酷さを物語っていた。鬼討伐に出撃した20名のうち、半数近くが死亡し、ほぼ全員が重傷を負っていたことが、家臣たちの疲弊しきった姿から見て取れた。
村中に悲痛な叫び声と、絶望の声が響き渡る。村人たちは、この惨状に打ちひしがれ、その場に崩れ落ちる者もいた。鈴蘭は、父と兄の亡骸を見て、その場に崩れ落ちた。彼女の琥珀色の瞳からは、止めどなく涙が溢れ落ちる。
「あなた!しっかりしてください!負けてなるものですか!」
太郎の母が、父の手を握りしめながら、震える声で叫ぶ。その声には、夫を失うまいとする必死な願いが込められていた。
「父上…!なぜ、なぜこんなことに…!」
太郎は、父に縋りつき、その胸に顔を埋める。温かかったはずの父の体が、少しずつ冷たくなっていくのがわかる。
「殿…お戻りになられました…しかし…」
家臣の一人が、力なく崩れ落ちる。その顔は、深い疲労と絶望に歪んでいた。
「多くの仲間が…鬼の力は…あまりにも…」
別の家臣が、鬼の恐ろしさを語り、その場に座り込む。
「お父様…お兄様…!?嘘…嘘でしょう…!?」
鈴蘭が、亡骸の前で震える声で呟く。その声は、現実を受け入れられない幼い少女の悲痛な叫びだった。
「鬼め…なんて恐ろしい力だ…!」
村人の声が、その絶望をさらに深くする。村全体が、深い悲しみと喪失感に覆われていた。
父は、最期の力を振り絞り、太郎に桃の紋章が刻まれた古びた槍を手渡す。
その手は、既に冷たく、微かに震えていた。槍の柄は、父の血で赤く染まっている。
太郎は、溢れそうになる涙を必死にこらえ、父の手を強く握り返した。
父の瞳には、太郎への深い信頼と、果たせなかった無念が宿っていた。
その視線は、太郎の心に、重く、しかし確かな使命を刻み込む。
「太郎よ…」
父が激しく咳き込みながら、苦しそうに言葉を紡ぐ。その声は、今にも途絶えそうに弱々しい。
「…お前は…お前自身の力を見つけなければならない…。この世にはびこる鬼を…頼むぞ…」
父の言葉は、遺言として太郎の心に深く突き刺さる。
「父上…!父上…!逝かないでください…!」
太郎の必死な叫びも、もう父には届かない。彼の目からは、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちる。
「(微かに微笑み、太郎の頭を撫でる)…強く…生きろ…。お前なら…できる…」
父は、太郎の頭を優しく撫でる。その温かさが、太郎の頬に僅かに残る。そして、その手が、ゆっくりと、力なく落ちた。父は静かに息を引き取った。
太郎の手から、父の血と汗が染み込んだ槍が、音もなく滑り落ちる。その瞬間、太郎の心に、深い絶望と、燃え盛るような怒りが刻み込まれた。
鈴蘭の父と兄の葬儀が、しとしとと降る雨の中で執り行われていた。
空は鉛色に重く垂れ込め、雨粒が地面を叩く音が、悲しみを一層深くする。村人たちは、濡れた地面に膝をつき、悲しみに暮れ、すすり泣く声が響く。彼らの顔は、雨と涙でぐしゃぐしゃになっていた。
幼い太郎は、父の死と、鈴蘭の深い悲しみを目の当たりにし、その場で拳を固く握りしめた。彼の心には、鬼への激しい復讐心が、冷たく、硬い塊となって宿っていた。彼の幼い顔には、怒りと決意が刻まれる。
「鬼…!必ず、この手で…父の仇を…そして、鈴蘭の父上と兄上の無念を…!この世から、鬼を…!」
太郎は心の中で強く誓った。その誓いは、雨音に掻き消されることなく、彼の心臓の奥で燃え盛っていた。その隣で、鈴蘭は涙を流しながらも、太郎と共に鬼を討つ決意を固めていた。彼女の瞳には、固い決意の炎が宿っている。
「お父様…お兄様…!若様…私も、共に参ります。この命、若様のために。鬼を、許しはしない」
鈴蘭の声は、雨音に混じって、静かに、しかし確かな響きを持っていた。
太郎の母は、静かに涙を流しながら、太郎の肩を抱きしめる。
その腕には、息子への深い愛情と、夫を失った悲しみが込められていた。
村全体が、深い喪失感に包まれていた。