第十四話:雷神の試練、雷鳴の迷宮 -1
風神の試練を終え、洞窟の奥へと足を踏み入れた太郎たち一行の目の前に広がっていたのは、雷神雷牙の作り出した雷鳴の迷宮だった。
洞窟全体が青白い雷光に包まれ、常に耳をつんざくような落雷が襲いかかる。
地面には雷撃の跡が黒々と残り、焦げ付いたような匂いが鼻腔を刺激した。
空気はひどく乾燥し、肌がぴりぴりと痺れる。
「今度は雷か……! 風神の風とは、また違った種類の圧力を感じる……! まるで、空間そのものが震えているようだ……!」
太郎は、槍を固く握りしめ、周囲に降り注ぐ雷光を見上げた。その瞳には、新たな試練への緊張感が宿っている。雷鳴が彼の心臓に直接響き渡り、全身の筋肉が硬直する。
「この雷光……目が眩みますね。常に視界が揺らぎ、敵の動きを捉えにくい……。これでは、正確な判断が……!」
黒鉄は、刀に手をかけ、周囲を警戒しながら呟いた。彼女の琥珀色の瞳は、絶えず瞬く雷光に目を細める。雷撃の衝撃で、足元がわずかに滑る。
「へっ、派手でいいじゃねぇか! これなら、退屈しねぇな! どんな雷でも、俺が全部受け止めてやるぜ! 来い、雷神!」
八重は、豪快な笑みを浮かべ、肩に担いだ斧を握りしめた。彼女の巨体すら、微かに揺らぐほどの雷鳴だが、その瞳には闘志が宿っている。斧の刃が、雷光を反射して鈍く輝く。
「雷神の力……風神とはまた違った、破壊的な力を感じます。この迷宮は、常に落雷が襲いかかります。気をつけなければ、一瞬で灰燼と化すでしょう……。魔力の奔流が、あまりにも……」
天音は、白い羽を広げ、雷光の動きを読み取ろうとするが、その予測不能な動きに顔をしかめた。彼女の冷静な分析も、この状況では焦りの色を帯びていた。羽が、雷の魔力で微かに焦げ付くような匂いがした。
「お兄ちゃん、なんだかビリビリするよ~……! 穂積、体が震えちゃう……! 怖いよ~!」
穂積は、太郎の袴の裾をぎゅっと掴み、不安げな声で呟いた。その小さな体は、恐怖に微かに震えている。雷鳴が響くたびに、体が跳ねる。
『皆さま、この雷は、物理的な攻撃だけでなく、精神にも直接響きます。心の乱れが、命取りになるでしょう。回復に努めますが、皆さまも集中力を切らさぬよう……。油断は禁物です』
葛の思考が、太郎の心に響いた。彼女は、雷光の中で魔法陣を展開しようとするが、雷撃の衝撃にその光が揺らぐ。額には、うっすらと汗が滲んでいた。
迷宮の雷の光が太郎の瞳に触れた瞬間、彼の脳裏に天界での追放の記憶が鮮明にフラッシュバックした。
それは、かつて彼の力が暴走し、天界の宮殿を破壊し尽くした、忌まわしい光景だった。
眩い光、耳をつんざくような轟音、崩れ落ちる巨大な構造物、そして、その中心で膨れ上がる、自身の制御できない力の感覚――。
それらが、雷鳴と共に彼の脳裏を駆け巡る。激しい頭痛が彼を襲い、冷や汗が背中を伝う。
「うっ……あああああ……! この光は……あの時の……! やめろ……! 俺は……俺は……!」
太郎は、頭を抱え、苦悶の表情を浮かべた。彼の全身が、微かに桃色の光を放ち始める。それは、彼の内なる神の力が、感情の揺らぎに呼応して、再び暴走しかけている証だった。
(俺の力が……全てを……! また、あの時のように……! 俺は……破壊神……! 俺は、またみんなを傷つけてしまうのか……!)
太郎の心の声が、彼の脳裏に響いた。彼の瞳は、金色に激しく明滅し、その輝きはまるで灼熱の太陽のようだった。周囲の空気がびりびりと歪み、地面の小石が浮き上がる。
精神的に不安定になる太郎だが、黒鉄が彼の傍を離れず支える。彼女は、太郎の震える背中にそっと手を置き、その瞳を真っ直ぐに見つめた。他の仲間たちも、それぞれ雷の攻撃を避けながら、太郎を信じて前へ進む。
「若様! しっかりしてください! 私がおります! 若様は一人ではありません! 私たちを信じてください!」
黒鉄は、太郎の手を強く握り、その瞳に揺るぎない忠誠と愛情を込めた。彼女の温かい手が、太郎の不安を溶かすかのように優しかった。
「太郎兄ちゃん、しっかりして! 怖いよ~! 穂積、お兄ちゃんのそばにいるよ! 穂積が守ってあげる!」
穂積は、太郎の袴の裾をぎゅっと掴み、泣き出しそうな声で叫んだ。彼女の小さな体は、恐怖に微かに震えている。
「へっ、太郎! そんなところで膝をつくな! 立てよ、太郎! あんたは、そんな弱ぇ奴じゃねぇだろ! 俺が認めた若造だぞ! こんなところで、へこたれるな!」
八重は、豪快な声で太郎を叱咤した。その声には、彼への信頼と、奮起を促す気持ちが込められている。
「焦りは禁物です、太郎殿。その感情が、力を乱します。私たちは、あなたを信じています。あなたの力を、信じています。だからこそ、冷静に……!」
天音は、冷静な声で、太郎に語りかけた。彼女の白い羽が、太郎の放つ不安定な魔力に微かに震える。
『太郎殿の魂が、深く揺らいでいます……。過去の影に囚われようとしている……。このままでは、雷神の試練を乗り越えることはできません……! 太郎殿、皆さまがあなたを信じています!』
葛の思考が、太郎の心に直接響いた。彼女は、魔法陣の光をさらに強め、太郎の精神を支えようとした。仲間たちの言葉と温もりが、太郎の心を包み込み、彼の体の光の乱れが、少しずつ収まっていく。




