第十三話:風神の試練、嵐の結界 -1
外なる嵐の結界を突破した太郎たち一行。
しかし、洞窟内部はまだ風神颯馬の力が渦巻く、予測不能な空間となっていた。それは、結界の奥に広がる、風神の真の領域だった。
洞窟の壁は荒々しく、岩肌がむき出しになっている。
その空間全体を支配する強烈な風が、唸り声を上げて吹き荒れ、足元には剥がれ落ちた岩が転がっていた。
風の音は、まるで生き物が咆哮しているかのように、洞窟の奥深くまで響き渡る。彼らの足元は不安定で、一歩進むごとに体が風に押し戻される。
視界は常に風によって歪められ、まるで無限に続くかのような錯覚に陥る。
「結界は突破したが……まだ風が強い! まるで、壁のようだ……! 一歩も進めない……!」
太郎の声が、風の唸り声に掻き消されそうになる。
彼は槍を固く握りしめ、前方の見えない壁のような風を見据えた。
風圧が彼の全身を押し付け、呼吸すら困難に感じられた。
彼の袴の裾が激しく翻り、髪が顔に張り付く。
「この風は、まるで生きているかのようです。若様、気を付けてください。意志を持っている……まるで、我々を試しているかのように、どこまでも追い詰めてくる……!」
黒鉄が、太郎の隣に立ち、風に抗いながら周囲を警戒した。
彼女の武士の装束が、激しく風になびく。風の唸り声が、彼女の耳元で囁くように響き、精神を揺さぶる。刀の柄を握る手が、白くなるほど強く握りしめられていた。
「うわ~!飛ばされそう~! 琥珀、もうダメ~! 風が体の中に入ってくるみたい! 息ができないよ~! これ、本当に進めるの!?」
琥珀は、悲鳴にも似た声を上げ、風に煽られ、思わず太郎の腕に抱きついた。彼女の小柄な体は、風の力に翻弄され、足が宙に浮きそうになる。恐怖に顔を青ざめさせながらも、必死に太郎の袴にしがみつく。
「風神の力が、まだこの空間を支配している。これは、単なる風ではありません。魔力そのものが、形を成しているようです。この強大さ……並大抵の攻撃では、突破は困難でしょう。我々の魔力も、風に吸い取られているような……」
天音は、白い羽を広げ、風の流れを読み取ろうとするが、その強大さに顔をしかめた。彼女の冷静な分析も、この状況では焦りの色を帯びていた。風の魔力が、彼女の羽を激しく打ち付ける。弓を持つ腕が、微かに震えていた。
「へっ、こんな風、俺の怪力で吹き飛ばしてやるぜ! 邪魔だ! どけぇ! 俺の斧で道を切り開いてやる! 見てろ、風神!」
八重は、豪快な笑みを浮かべ、斧を構えた。
彼女の巨体すら、微かに揺らぐほどの強風だが、その瞳には闘志が宿っている。
彼女の足元で、岩が微かに砕ける音がした。
斧の刃が風を切り裂くたびに、洞窟内に轟音が響き渡る。
◆
風の壁が突然目の前に現れたり、地面から強烈な突風が吹き上がったりと、一行は常に翻弄された。
彼らの進路は常に風によって阻まれ、時には隊列が分断されそうになる。強烈な風圧は、彼らの体力を容赦なく奪い、精神を疲弊させていく。
仲間たちはそれぞれ自身の能力を最大限に活かし、連携を取りながら進もうとするが、風の唸り声が洞窟全体に響き渡り、彼らの声さえも掻き消されそうになる。
「くっ、穂積! そっちへ行くな! 危ない!」
太郎が叫んだ瞬間、穂積の足元から突如として強烈な突風が吹き上がり、彼女の体が宙に浮き上がる。小さな体が風に舞い上げられ、岩肌に叩きつけられそうになる。
「キャー! お兄ちゃん! 助けて~!」
穂積の悲鳴が、風の音に掻き消されそうになる。
八重が間一髪で彼女の腕を掴み、地面に引き戻した。
その腕には、風圧でできた赤い跡が残る。
「危ねぇな、ちっこいの! 気をつけろって言っただろ! 俺の背中から離れるんじゃねぇぞ!」
八重の怒鳴り声が、洞窟に響く。その声には、心配と、わずかな苛立ちが混じっていた。
「ご、ごめんなさい……! 八重お姉ちゃん、ありがとう……」
穂積は、恐怖に顔を青ざめさせた。目に涙を浮かべながら、八重の背中にしがみつく。
「その程度の力で、この風を乗り越えられると思うか? お前たちの絆など、この風の前には無力だ! 所詮、人間ごときの脆い繋がりよ! すぐに引き裂かれて、散り散りになるだろう!」
風神颯馬の声が、洞窟のどこからともなく響き渡った。
その声は、嘲るように、そして彼らの心を揺さぶるように、彼らの耳に届く。
その言葉は、まるで風そのものが語りかけているかのようだった。
彼の言葉が、太郎の心に微かな疑念を植え付けようとする。
「くっ……!こんなところで足止めを食らっているわけにはいかない! もっと奥へ進まなければ……! 父上、そしてみんなのためにも……! この風に、俺たちの進路を阻ませるわけにはいかない! 必ず、突破する!」
太郎は、風に抗いながらも、前へと進もうと足を踏み出した。
彼の瞳には、焦燥と、しかし揺るぎない決意が宿っている。風圧に押し戻されながらも、彼は一歩、また一歩と踏みしめる。
全身の筋肉が軋み、汗が滲み出る。
『皆さま、風に体力を奪われています。このままでは、結界を突破できません。この風は、精神力も削り取ります。このままでは、皆さまの心が折れてしまう……。一刻も早く、この状況を打開しなければ……! 太郎殿、何か策を……!』
葛の思考が、太郎の心に響いた。
彼女は、強風の中で魔法陣を展開しようとするが、風圧に阻まれ、その光が揺らぐ。
彼女の額には、うっすらと汗が滲んでいた。回復魔法の光も、風に掻き消されそうになる。
風神の試練は、単なる風の障壁ではなかった。
それは、一行の連携と信頼を試す、巧妙な罠でもあった。不意打ちの突風が、彼らの隊列を乱し、仲間が分断されそうになる場面も。
黒鉄は太郎を庇い、八重が仲間を支える。風の唸り声が、彼らの耳元で囁くように響き、精神を揺さぶる。彼らの心に、微かな疑念と、疲弊が忍び寄る。
「若様、危ない! この風は、若様を狙っています! 集中を! 私が盾になります! この命に代えても、若様をお守りいたします!」
黒鉄が、太郎の前に飛び出し、風の猛攻を受け止めた。彼女の武士の装束が、激しく風になびく。彼女の刀が風を切り裂くが、その風圧は彼女の腕を痺れさせる。足元が風に抉られ、体がわずかに浮き上がる。
「おい、そこのちっこいの!飛ばされるなよ! 俺の背中に隠れろ! しっかり掴まってろ! 俺が守ってやる! どんな風でも、俺が受け止めてやるぜ!」
八重は、穂積の小さな体を庇うように、その巨体を前に出した。穂積は、八重の背中にしがみつき、風の猛攻に耐える。八重の足元が、風圧でわずかに滑る。彼女の筋肉が、風圧に抗うように隆起する。
「わわわ! 八重お姉ちゃん、ありがとう! 助かったよ~! 八重お姉ちゃん、強いね! 頼りになる!」
穂積は、恐怖に声を震わせながらも、八重に感謝を伝えた。彼女の小さな体が、風に打ち付けられるたびに震える。
「みんな、離れるな! 連携を崩すな! この風は、俺たちを分断しようとしている! 個々で戦っていては、突破できない! 力を合わせるんだ!」
太郎は、仲間たちに呼びかけた。彼の声は、風の唸り声に掻き消されそうになるが、その意志は仲間たちに届いた。彼の瞳は、風の動きを捉えようと、鋭く光る。




