第十二話:天岩戸の洞窟へ -1
かぐや姫の館を後にした太郎たち一行は、天岩戸を目指して旅を続けていた。
清々しい朝の光が森を抜け、険しい山道へと入っていく。鬱蒼と茂る木々は日差しを遮り、道は次第に獣道と化し、足元は滑りやすくなっていた。
しかし、彼らの足取りは、新たな決意に満ちていた。
天岩戸――それは、古の神話に語られる、神々が隠れ住む聖域であり、あるいは天照大御神が身を隠したとされる、神聖なる場所。
かつて、世界が闇に包まれた時、天照大御神が岩戸に隠れ、世界から光が失われたという伝説が残る。
その名は、光と闇、そして真の力が試される場所として、人々の間で畏敬の念をもって語り継がれてきた。この地は、神々の領域と人間の世界を隔てる境界であり、同時に、失われた力を取り戻すための試練の場でもあった。
伝説の地が近づくにつれて、空気中に満ちる神聖で重苦しい霊気を、肌で感じ始める。
それは、まるで太古の神々が息づく場所へと誘われているかのような、荘厳な気配だった。
肌を刺すようなひんやりとした冷気の中に、微かな金属のような匂いが混じり、空間そのものが微かに歪んでいるように感じられた。
「この霊気……天岩戸が近いのか」
太郎は、槍の柄を握りしめ、険しい山道を見上げた。
その瞳には、新たな試練への覚悟が宿っている。
「体が重く感じるほどの霊気ですね。並の者では、この先に足を踏み入れることすら叶わないでしょう」
黒鉄は、周囲を警戒しながら呟いた。彼女の琥珀色の瞳は、霊気の流れを読み取ろうとするかのように、鋭く光る。
「なんか、空気がピリピリしてる~!お兄ちゃん、なんか変な感じだよ~!」
琥珀は、身をすくませながら太郎の腕に抱きついた。彼女の敏感な感覚が、この地の異様さを捉えていた。
「神聖な気配と、同時に強大な力が渦巻いているようです。これは、ただの山ではありません。まるで、生きているかのような……」
天音は、白い羽を微かに震わせながら、冷静に分析した。
その声には、わずかな緊張が混じっている。
「お兄ちゃん、なんだか怖いよ~……」
穂積は、太郎の袴の裾をぎゅっと掴み、不安げな声で呟いた。
その小さな体は、恐怖に微かに震えている。
「へっ、派手でいいじゃねぇか!どんな試練が待ってるか、楽しみだぜ!」
八重は、豪快な笑みを浮かべ、肩に担いだ斧を握りしめた。
その瞳には、強敵との戦いへの闘志が宿っている。
『この霊気……まさに、神々の領域。太郎殿の真の力が試される時が来たのですね』
葛の思考が、太郎の心に静かに響いた。
彼女は、周囲の霊気の流れを読み取り、太郎の傍らに立つ。
「それにしても、この道、いつまで続くんだ? 足が棒になりそうだぜ!」
八重が、大きく息を吐きながら言った。
その豪快な声も、この重苦しい空気の中では、どこか疲労の色を帯びている。
彼女の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
「八重殿、ご無理なさらないでください。葛殿が回復魔法をかけてくださいますから」
黒鉄が、八重に声をかけた。彼女自身も、この霊気の影響で、体が重く感じていた。
足元の泥濘に、わずかに足を取られそうになる。
「そうだよ、八重ちゃん! 葛お姉ちゃんの魔法はすごいんだから!」
穂積が、元気いっぱいに葛を見上げた。その小さな手で、葛の着物の裾を引く。
「琥珀殿も、あまり先走らないでください。この霊気の中では、幻惑の魔法も効果が薄いかもしれません」
天音は、琥珀に忠告した。彼女の瞳は、霊気の流れに乱れがないか、常に周囲を警戒している。
「え~、でも、なんかワクワクするんだもん! 早く神様たちに会いたいな~!」
琥珀は、木の枝から枝へと軽やかに飛び移りながら、無邪気に答えた。
彼女の好奇心は、疲労や警戒心をも上回る。
『ええ、皆さまの疲労は把握しております。どうぞ、ご安心を』
葛の思考が、太郎の心に響いた。彼女は、穏やかに応え、再び掌から緑色の光を放ち、魔法陣を展開した。温かい光が彼らを包み込み、疲労が和らいでいく。魔法陣の光が、重苦しい霊気をわずかに押し返すように輝いた。
◆
長旅で疲労が溜まる一行だが、葛の「癒やしの魔法陣・雀の涙」が絶えず彼らを包み込み、疲労を回復させていく。
緑色の光を放つ魔法陣が、彼らの足元に展開され、温かい光が全身を巡る。
葛は冷静に仲間たちの状態を把握し、的確に魔法をかける。
「皆さま、お疲れのようですね。癒やしの魔法陣を」
葛は、静かにそう告げると、掌から緑色の光を放ち、魔法陣を展開した。
「おう、助かるぜ、葛!」
八重は、豪快な笑みを浮かべた。
彼女の顔には、疲労が吹き飛んだ安堵の表情が浮かんでいる。
「体が軽くなったよ~!葛お姉ちゃん、ありがとう!」
穂積は、元気いっぱいに葛に抱きついた。
「葛がいてくれて、本当に助かる。ありがとう」
太郎は、心からの感謝を伝えた。
葛の存在が、彼らの旅路をどれほど支えているか、改めて実感していた。
◆
荒々しい岩肌と、神々しいまでの自然が混在する風景の中、巨大な洞窟の入り口が見えてきた。
その洞窟からは、かつてないほどの威圧的なオーラが放たれており、仲間たちは言葉を失う。
洞窟の入り口は、巨大な岩で塞がれているように見えた。
その岩は、まるで天を支える柱のようであり、その表面には、古の神々が刻んだかのような紋様が刻まれている。岩の隙間からは、冷たい風が吹き出し、遠くから微かな唸り声が聞こえてくる。
「あれが……天岩戸……!」
黒鉄は、息を呑んだ。その瞳は、巨大な洞窟の入り口に釘付けになっている。彼女の指先が、微かに刀の柄に触れた。
「うわぁ……なんか、すごいオーラだね……体が痺れるみたい……」
琥珀は、声を震わせた。その顔には、畏敬と、わずかな恐怖が混じっている。彼女の小柄な体が、微かに震えている。
「……これが、神々の力。私たちがこれまで感じてきたどの魔力よりも、純粋で、そして強大です」
天音は、静かに呟いた。彼女の白い羽が、微かに緊張に震える。その瞳は、洞窟の奥に潜む力の源を探ろうとしていた。
「(息を呑む)……ここが、俺の過去と向き合う場所」
太郎は、その巨大な洞窟を見上げ、胸の奥で呟いた。
彼の心臓が、微かに高鳴る。
彼の脳裏には、天界での破壊の光景が、再び鮮明に蘇り始めていた。




