第十話:舌切り雀の葛と子安貝の試練 -2
燕は、傷を負った黒鉄と八重を狙い、さらに苛烈な攻撃を仕掛けてきた。
黒鉄の腕から鮮血が滲み出し、八重も出血する。
穂積や琥珀も、燕の高速攻撃をかわすのが精一杯で、状況は絶望的だった。
太郎は、自身の鼓舞の力を使っても、この状況を打開できないことに絶望を感じ始める。
彼の瞳は、焦燥に揺らいでいた。
「くっ…!このままでは…!みんなが…!」
太郎の声は、苦痛に満ちていた。その声は、燕の咆哮に掻き消されそうになる。
「ぐっ…!若様…!これ以上は…!」
黒鉄が、深手を負った腕を押さえながら、弱々しい声で呟いた。彼女の顔は、血の気を失い、青白い。
「ちっ…!こんなところで…!このままでは、若様まで…!」
八重も、出血する腕を押さえながら、悔しげに呟いた。その瞳には、不満と、わずかな焦りが浮かんでいる。
「もうダメかも~…燕、速すぎるよ~…!」
琥珀は、地面に座り込み、うずくまった。その声には、絶望が混じっていた。
「お兄ちゃん…!燕、怖いよ…!みんなが…!」
穂積は、太郎の袴の裾をぎゅっと掴み、泣き出しそうな声で叫んだ。彼女の小さな体は、恐怖に微かに震えている。
「…万策尽きました。これ以上は、無駄な抵抗です」
天音は、冷静な表情を保ちながらも、その瞳には、絶望の色が浮かんでいた。彼女の白い羽は、力なく垂れ下がっている。
その時、静かで落ち着いた声と共に、和風の着物を着た上品な少女、治癒師の葛が現れた。
彼女は、周りの惨状とは対照的な、穏やかで清らかな雰囲気を纏っている。
手には、竹筒のようなものを持っており、その中には、光る回復薬が満たされているようだった。
彼女の瞳は、まるで全てを見通すかのように、冷静沈着だった。
彼女は、負傷した仲間たちを素早く見渡し、状況を瞬時に分析した。
(葛の思考)『かぐや姫様より、命を受けました。この光…確かに、このお方は…』
葛の言葉は聞こえなかったが、その思考が直接、太郎の心に響いた。
「…治癒師…?かぐや姫様の…!?」
太郎は、葛の突然の出現と、その言葉に、驚きに目を見開いた。翁が「道中で助けとなる者が現れるやもしれません」と語っていたことが、彼の脳裏をよぎる。穂積や八重との出会いも、この試練の一部だったのだろうか。太郎は、その問いを胸に秘めた。
「あなた様は、何者でございますか?この燕の攻撃から、どのようにして…」
黒鉄は、信じられないといった表情で呟いた。彼女の琥珀色の瞳は、葛の姿を凝視している。その警戒心は、未だ解かれていない。
「お姉ちゃん、誰~?なんか、フワフワしてる~!」
琥珀が、葛の姿に目を輝かせた。彼女の好奇心は、この場の緊迫感すらも忘れさせるかのようだった。
「この期に及んで…!貴女は…」
天音は、葛の突然の出現に驚きを隠せない。その冷静な表情にも、わずかな動揺が浮かんでいた。
葛は冷静に状況を分析し、アイテムボックスから光る回復薬を取り出して負傷した仲間たちに与えた。
彼女の指先が、傷口に触れると、光が傷口を包み込み、傷がみるみるうちに塞がっていく。その動きには、一切の無駄がない。
『【癒やしの魔法陣・雀の涙】…安心してください。もう大丈夫です。体力を回復させます』
葛の穏やかな思考が、太郎の心に響くと共に、手のひらから緑色の光を放ち、地面に魔法陣を描いた。魔法陣が展開されると、温かい光が仲間たちを包み込み、疲労が回復していく。その光景は、まるで春の陽光のようだった。
「体が…温かい…!傷が…!完全に塞がった…!なんて不思議な力でしょう!」
黒鉄は、驚きと感動の声を上げた。彼女の腕の傷は、跡形もなく消え去っていた。
「なんだこの力!?すげぇ!傷が全部治っちまったぜ!」
八重は、目を見開いて叫んだ。その顔には、驚きと、そして喜びが混じっていた。
「君は…本当に…!ありがとう、葛殿!」
太郎は、葛の圧倒的な治癒能力に、心からの感謝を伝えた。彼の表情には、安堵と、新たな希望が浮かんでいる。
『さあ、体力を回復させてください。燕は、まだ油断できません。燕の次の攻撃まで、時間はさほどありません』
葛の冷静な思考が、太郎の心に響いた。彼女の瞳は、すでに燕の動きを捉えている。




