第九話:怪力少女、八重 -3
守護者を倒し、彼らは炎の中心に輝く「火鼠の皮衣」を手に入れた。
それは、燃えるような赤色を帯びた、美しい衣だった。
まるで生きているかのように、微かに熱を帯び、触れると肌に心地よい温かさが広がる。
衣の繊維は、炎の揺らめきを閉じ込めたかのように繊細に織り込まれ、見る角度によって輝きを変える。八重は、火鼠の皮衣を一瞥すると、太郎へと向き直った。その顔には、達成感と、彼らへの確かな感謝が浮かんでいる。
「へっ、やるじゃねぇか、若造。あんたらの連携がなければ、俺一人では到底無理だった。この火鼠の皮衣は、あんたらの手柄だ。あんたが受け取るといい」
八重は、斧を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべながらも、火鼠の皮衣の権利を太郎に譲った。その言葉には、素直な感謝と、彼らの実力を認める潔さが込められていた。彼女は、この試練が、個人の力だけでは乗り越えられないものだったことを痛感していた。
「いや、八重。お前が道を開いてくれたからこそだ。それに、俺たちは鬼を討つ旅をしている。この皮衣は、かぐや姫様の試練のためだ。皆で手に入れたものだ。それに、この皮衣の魔力は、どこか俺の力と似ている気がするんだ」
太郎は、八重の言葉に笑顔を見せた。彼は、火鼠の皮衣を手に取った。衣からは、確かに微かな熱と、彼の神気に共鳴するような温かい力が感じられた。まるで、彼自身が持つ「浄化」の力に通じるかのように。
「わー!太郎兄ちゃん、火鼠の皮衣ゲットだね!なんか、ポカポカするね!」
琥珀は、太郎の手に収まる皮衣を見て目を輝かせた。その輝きは、迷宮の熱気を忘れさせるほどだった。
「この皮衣…ただの防具ではありませんね。膨大な魔力を感じます。翁殿がおっしゃっていた『真の力』と関連があるのかもしれません」
天音は、冷静に皮衣の魔力を分析した。その瞳には、知的な探究心が宿っている。
「若様の力が、炎の皮衣と共鳴しているように見えます。これは…もしかすると、若様の力の一部なのでは…?」
黒鉄は、太郎と皮衣の間に流れる微かな霊気の繋がりを感じ取っていた。彼女の琥珀色の瞳は、太郎の掌に収まる皮衣をじっと見つめている。
「ふむ…『火鼠の皮衣』は、伝説によれば炎を操る妖獣の毛皮で編まれた、あらゆる炎を無効化する究極の防具とされていますが、これほどの『調和の力』を持つとは。若様が手にされたことで、その真の力が発現したのでしょうか」
天音は、知識をひけらかすことなく、淡々と説明を続けた。
その言葉は、太郎の心に新たな疑問を投げかける。
太郎は、皮衣を見つめた。自身の力が、浄化だけでなく、炎という破壊的な要素をも調和させる力を持っているのか。この火鼠の皮衣が、その鍵となるのかもしれない。彼の旅は、鬼を討つだけでなく、自身の力の根源を探る旅でもあることを改めて自覚した。
太郎は八重に、自分たちが鬼の首領を討ち、世にはびこる鬼を退治する旅をしていることを話した。
鬼の非道さを語る太郎の言葉に、男勝りで曲がったことが大嫌いな八重は、強い使命感を感じる。彼女の瞳に、怒りと、正義感が宿る。
「俺たちは、この世にはびこる鬼を討ち、父の仇を討つ旅をしている。鬼の首領は、羅生門の鬼よりもさらに強大だ。そして、多くの民が、鬼によって苦しめられている」
太郎の声は、静かだが、強い決意に満ちていた。その言葉は、迷宮の薄暗い空間に、確かな響きをもって広がる。
「鬼の首領だと!?ふざけやがって…!俺の知る限り、鬼はどこでも好き放題暴れてる。許せねぇ!そんな奴らがのさばっているなんてな!」
八重は、太郎の言葉に、激しい怒りを露わにした。彼女は、地面に斧を突き刺し、その怒りを表す。彼女の怪力に、地面が微かに震えた。
「鬼の被害は、日に日に拡大しています。私たちが目にしてきた惨状は、氷山の一角に過ぎないのでしょう」
天音は、冷静に状況を補足した。その声には、この世界の混沌への懸念が込められている。
太郎は「もしよければ、俺たちに力を貸してくれないか」と、きびだんごを差し出した。
彼の掌には、まだ十数個ほど残ったきびだんごが包まれている。母から託された大切なきびだんご。それを八重に差し出す。その手には、八重への心からの感謝が込められていた。
「俺たちと共に、この世の鬼を討ってくれないか?」
太郎は、八重の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「(きびだんごを受け取り、食べる)んぐっ…!なんだこの団子!?力が…力が漲ってくるぜ…!こりゃあ、たまげたな!」
八重は、きびだんごの不思議な力に驚き、目を見開いた。彼女の全身に、活力が満ちていくのがわかる。
「…いいぜ、若造。あんたのその目、気に入った。それに、あんたらの連携は面白ぇ。俺も、鬼退治に付き合ってやる!この怪力、存分に貸してやるぜ!」
八重は、豪快な笑みを浮かべ、太郎の申し出を受け入れた。その言葉には、素直な感謝と、彼らの実力を認める潔さが込められていた。
「やったー!仲間が増えた!これで5人だよ!」
琥珀は、喜びの声を上げた。彼女は、新たな仲間が増えることに、心から喜んでいるようだった。
◆
夜になり、迷宮の安全な場所で野営をする一行。
焚き火の炎が暖かく揺れる。八重が加わり、黒鉄たちは太郎を巡って、互いの得意なことを披露し始め、賑やかなアピール合戦が続く。琥珀の陽気な声と、八重の豪快な笑い声が、洞窟に響き渡る。
「ねぇねぇ、八重ちゃんもなんか面白いことやってよ~!」
琥珀が、八重にねだる。
「おう!見てろ!【剛力・金剛身】!とぉりゃあ!」
八重は、自身の筋力を一時的に何倍にも引き上げる技を披露した。その筋肉が盛り上がり、彼女の体からは、まるで岩のような強靭さが感じられる。
「(八重の力技を見て)…ふん。力ばかりが全てではない。若様、私の剣舞もご覧ください」
黒鉄は、鼻を鳴らし、すぐに太郎の前で刀を構えた。彼女の剣舞は、流麗でありながらも力強く、太郎を守る決意が込められている。
「太郎兄ちゃん、見ててね!穂積の小槌でもっとすごいことできるよ!」
穂積も、負けじと小槌を構え、太郎にアピールする。彼女は、傍らの小石を巨大な岩に変えてみせた。
「…賑やかになりましたね。しかし、若様を巡る争いは、絶えませんね」
天音は、静かに呟き、茶を一口飲んだ。その口元には、微かな笑みが浮かんでいる。
「ははは…みんな、ありがとうな」
太郎は、仲間たちの賑やかなアピール合戦を、優しく見守っていた。
彼の表情には、満ち足りた幸福感が浮かんでいる。
新たな仲間が加わり、彼の旅路は、さらに彩り豊かになっていく。




