第九話:怪力少女、八重 -2
八重と太郎の間で、どちらがより早く道を切り開けるかという、軽妙な力比べが始まった。
迷宮の壁が、次々と破壊されていく。
八重は、巨大な斧をまるで羽子板のように軽々と振り回し、迷宮の通路を力任せに切り開いていく。彼女の斧の一振りは、巨大な岩盤をも砕き、迷宮の壁を根こそぎ崩れさせた。
その轟音と、舞い上がる砂塵が、彼女の力強さを物語る。迷宮の通路は、八重の豪快な一撃によって、まっすぐに、しかし荒々しく開かれていく。
太郎は、その圧倒的なパワーに感嘆しつつも、自身の槍術の正確さと速さで、それに追随した。
彼は、八重が破壊した瓦礫の隙間を縫うように駆け抜け、槍の穂先で迷宮の仕掛けの核となる魔力の源を正確に突いていく。彼の槍が魔力の源に触れるたび、迷宮の通路が音もなく、しかし滑らかに開いていく。
その動きは、剛力な八重とは対照的な、繊細さと効率性を極めたものだった。
「【大地鳴動・剛斧】!はあああああ!邪魔だ!」
八重の斧が、大地を砕くかのような勢いで振り下ろされる。迷宮の壁が、根こそぎ崩れ落ちる。地響きが迷宮全体に響き渡る。
「くっ…なんてパワーだ!だが、俺は無駄な力は使わん!【真槍・経路開放】!」
太郎は、八重の豪快な攻撃をかわし、その隙を狙って槍を突き出した。槍の穂先が、破壊された壁の奥に潜む魔力の源を正確に捉え、静かに通路を開いていく。彼の槍から放たれる桃色の光が、迷宮の魔力を鎮めるように輝く。
「すごいすごい!どっちが勝つかな~!?太郎兄ちゃん頑張って~!八重ちゃんも頑張って~!」
琥珀は、二人の力比べに目を輝かせた。彼女は、二人の間を縫うように駆け抜け、競い合う二人の姿を楽しんでいるようだった。
「…規格外の力ですね。しかし、若様も負けてはいません。無駄な破壊をせず、効率的に道を…」
天音は、冷静に二人の戦いを見守っていた。彼女の瞳は、二人の動きの全てを捉え、その違いを分析している。彼女の口元には、わずかな感嘆の念が浮かんでいた。
「へっ、若造もやるじゃねぇか!だが、まだまだだ!俺が一番に火鼠の皮衣を手に入れてやるぜ!」
八重は、太郎の鋭い槍撃をかわしながら、豪快に笑った。
彼女の顔には、この力比べを楽しんでいるかのような表情が浮かんでいる。
迷宮の奥へ、彼らの道が拓かれていく。迷宮の熱気は、彼らの熱気によって、さらに高まっていくようだった。
迷宮の深部で、八重は自身の技「大地鳴動・剛斧」を放ち、広範囲の壁を崩して一気に道を開いた。
その奥から、熱気を帯びた強力な火の守護者が出現した。それは、全身が炎に包まれ、まるで溶岩が流れ出すかのような熱気が発せられ、周囲の空気を歪ませる。その目は赤く、知性を宿していた。
「グオオオオオ!侵入者どもめ!火鼠の皮衣は、この我が守護する!」
守護者が、咆哮を上げて太郎たちへと襲いかかる。迷宮全体が、守護者の咆哮で揺れる。
「ちっ!厄介なのが出てきたぜ!だが、まとめてぶっ飛ばしてやる!俺の邪魔をするな!」
八重が、斧を構え、真っ先に守護者へと突撃した。その動きは、豪快で迷いがない。彼女の全身から、闘志が漲っているのが見て取れた。
「八重殿、単独で突っ込んでは危険です!若様、連携を!」
黒鉄が叫ぶ。彼女は、太郎の隣で刀を構えた。八重の豪快さに、危機感を覚えたのだ。
「ああ、黒鉄!穂積、天音、琥珀!みんな、俺の鼓舞で力を増幅するぞ!八重を援護する!」
太郎は、仲間たちに号令をかけた。桃色の光が、再び五人を包み込む。彼らの全身から、活力が漲り、疲労が吹き飛んでいく。
「おう!任せとけ!」
八重は、守護者の猛攻を受け止めながらも、豪快に笑う。
彼女の斧が、火の守護者の爪と激突し、火花を散らす。
しかし、守護者の体は炎に包まれており、八重の斧撃は、その炎の体をすり抜けてしまう。守護者の爪が、八重の軽鎧を切り裂き、彼女の頬に浅い傷をつけた。
「ぐっ…!この炎、実体がないのか!」
八重は、予想外の攻撃に、一瞬体勢を崩した。その隙を守護者が見逃さず、炎の腕を振り上げ、八重の頭上へと振り下ろす。
「八重殿、危ない!【双剣・犬牙乱舞】!」
黒鉄が叫び、素早く八重の前に飛び出した。彼女は、二本の刀で守護者の炎の腕を受け止める。刀身が炎に焼かれ、熱気が肌を焦がす。
「【猿影斬】!こっちだよ、デカブツ!目障りだ!」
琥珀は, 黒鉄が守護者の攻撃を受け止めている隙に、素早く影移動で守護者の背後へと回り込む。
クナイを抜き放ち、守護者の炎の体をすり抜けて、内部の核を狙って連続で突きを放つ。
クナイが守護者の体内で光を放ち、守護者が苦痛に叫び声を上げた。
「【追尾の矢・翼閃】!火の守護者、動きが鈍いです!核の位置、見えました!太郎殿、右足の付け根です!」
天音が、上空から指示を出す。彼女の白い羽が大きく広がり、風を掴む。
風の魔力を帯びた矢が、琥珀が核を攻撃した直後に、まるで意思を持っているかのように、守護者の右足の付け根へと正確に突き刺さる。
「【小槌・結界の祝福】!みんなを守るよ!」
穂積が、天音の矢とほぼ同時に小槌を掲げた。黄金の光を放つ結界が、太郎たちの周囲を包み込み、守護者の炎の波動から彼らを守る。
「ぐおおおおお!何故だ!?この連携、何故当たる!」
守護者が、苦痛に叫び声を上げた。炎の体が揺らぎ、その動きが鈍くなる。
「穂積、天音、琥珀!見事だ!八重、黒鉄!畳み掛けるぞ!」
太郎の号令が、迷宮に響き渡る。
彼は、槍で守護者の炎の体を切り裂き、八重と協力して守護者を追い詰めていく。
彼らの連携は, まるで一つの生き物のようだった。共闘の中で、太郎と八重はお互いの実力を認め合う。
「やるじゃねぇか、若造!あんたらの連携、見事だぜ!」
八重が、守護者を薙ぎ払いながら、太郎に視線を送る。彼女の表情には、これまでのライバル心とは異なる、確かな尊敬の念が浮かんでいる。
「お前もな、八重!その怪力、見事だ!穂積、黒鉄、琥珀、天音!最後だ!」
太郎も、八重の力に感嘆した。激しい戦闘の末、ついに守護者を討伐する。
守護者の体は、炎の光となって消滅し、迷宮の奥には、燃えるような赤色の「火鼠の皮衣」が残されていた。




