第九話:怪力少女、八重 -1
「ようやく、次の試練の地に到着したようですね」
天音の声が、熱気に揺らめく空気の中、冷静に響いた。彼らの目の前に広がっていたのは、赤々と燃える炎のゆらめきが視界を覆う、巨大な迷宮の入り口だった。
館で一夜を明かし、「龍宮の宝玉」を手に入れた太郎たち一行(太郎、黒鉄、琥珀、天音、穂積)は、翁から示された次の試練へと足を踏み入れようとしていた。
時刻は昼間、太陽が真上に輝くが、迷宮の入り口からは、外界の光を遮るかのような熱気が立ち上り、むせ返るような硫黄の匂いが鼻を突く。
幻惑の霧が一行を包み込み、視界は曖昧で、進むのが困難な状況だった。
「ここが、次の試練の場所か…すごい熱気だ。まるで、灼熱の地獄のようだ…」
太郎は、槍の柄を固く握りしめた。その瞳は、迷宮の奥深くを見据えようとするが、幻惑の霧に阻まれる。
「この霧は、視界を奪うだけでなく、精神にも影響を及ぼすようです。気をつけましょう、若様」
黒鉄が、刀に手をかけ、周囲を警戒しながら太郎の隣に立つ。彼女の琥珀色の瞳は、揺らめく霧の奥にあるであろう、見えざる危険を探っていた。
「うわ~、熱いし、気持ち悪い~!なんか、目がチカチカするよ~!」
琥珀は、幻惑の霧に酔ったかのように、顔をしかめた。彼女は、目をこすりながら、小柄な体を揺らす。
「幻惑の魔力も感じます。安易に踏み込めば、迷い込む恐れがあります」
天音は、冷静に分析した。彼女の白い羽が、熱気で微かに揺れる。
「お兄ちゃん、なんだか怖いよ~…なんだか、この熱気、穂積のお花が焦げちゃうみたい…」
穂積は、太郎の袴の裾をぎゅっと掴み、不安げな声で呟いた。彼女の小さな顔には、恐怖の色が浮かんでいる。
翁の使いが、彼らの傍らに現れ、静かに告げた。その声は、熱気の中でもはっきりと響く。
「この迷宮の奥に眠る火鼠の皮衣を手に入れし者のみが、次なる試練へと進む資格を得る。この試練は、かぐや姫様の求める『真の力』を示すものであり、多くの強者が挑み、そして散っていった…」
翁の使いは、そう言って、迷宮の壁に刻まれた無数の傷跡を指差した。その傷跡は、挑戦者たちが残した、絶望の証のようだった。
「火鼠の皮衣…」
太郎が呟いた。その言葉には、試練の厳しさが込められている。
「並大抵の試練ではない、ということですね。これまでの試練とは、また趣が異なるようです」
黒鉄が、刀を構え直した。彼女の顔には、新たな決意が浮かんでいる。
迷宮の奥から、突如として轟音が響き渡った。
それは、岩盤が砕け散るような、凄まじい音だった。熱気に包まれた壁が、豪快に破壊される。爆煙と砂塵が舞い上がる中、破壊された壁の向こうから、一人の少女が姿を現した。
彼女の髪は、燃え盛る炎のような鮮やかな赤色。
風に乱れるその髪の下には、精悍な眉と、意志の強さを感じさせる瞳が覗く。豪快な怪力を思わせる筋肉質な体つきであり、その体は鍛え上げられ、まさに力そのものを体現しているかのようだった。
その顔立ちは驚くほど整っており、どこか可憐さすら感じさせた。
服装は動きやすさを重視した和装の軽鎧で、彼女の引き締まった体を際立たせていた。
そして、その肩には、彼女の身長をも超える巨大な斧が軽々と担がれている。
その体からは、まるで燃え盛る炎そのものが宿っているかのような熱気が発せられ、周囲の幻惑の霧すらも吹き飛ばすかのようだった。
「ちっ、どこまで続いているんだ、この迷宮は!もう我慢ならねぇ!こんな迷宮、まとめてぶっ壊してやる!」
少女の声は、迷宮全体に響き渡るほどの豪快さだった。
その声は、岩をも砕く斧の轟音にも負けないほどの迫力を持つ。
彼女は、斧を肩に担ぎ、周囲を睥睨する。その瞳には、迷宮の広さと複雑さへの苛立ちと、自分の力への絶対的な自信が宿っていた。
「うわっ!なんかすごいのが出てきた~!しかも、壁壊してるよ~!」
琥珀が、少女の姿に驚き、目を丸くした。その顔には、驚きと、わずかな恐怖が浮かんでいる。
「まさか…人間か?これほどの力…」
太郎は、少女の圧倒的な力に、思わず息を呑んだ。彼の瞳は、少女の放つ強大な気に釘付けになる。
その気は、まるで荒れ狂う嵐のようでありながら、どこか純粋な武の極致を感じさせた。
八重は「邪魔だてする奴はぶっ飛ばす!」と叫び、迷宮の壁を軽々と破壊しながら進む。
彼女は、太郎たちの存在に気づくと、その強さにライバル心を燃やすような視線を向けた。その瞳には、力への絶対的な自信と、強い者への挑戦心が宿っている。
「おい、そこのお前ら!邪魔だてする奴はぶっ飛ばすぞ!火鼠の皮衣は、この俺がもらうんだ!」
八重が、斧を振りかざしながら、太郎たちに迫る。彼女の足元からは、破壊された瓦礫が舞い上がる。
「待て!俺たちは…!あなたも、この試練を…」
太郎は、八重の進撃を止めようと、槍を構えた。
「へぇ、あんたもなかなかやるな。その槍、いい力を感じるぜ。だが、俺とどっちが先に進めるか、勝負だ!この迷宮、俺が一番に突破してやる!」
八重は、太郎の槍を一瞥し、不敵な笑みを浮かべた。彼女の目は、すでに太郎をライバルとして捉えている。
「若様を侮るな!この黒鉄が相手です!」
黒鉄が、刀を構え、太郎の前に一歩踏み出した。
八重の挑発は若様への侮辱であると受け止め、彼女の琥珀色の瞳は、わずかな怒りを宿していた。
その姿勢は、太郎を守るための決意に満ちていた。




