第七話:かぐや姫の館、翁の最初の試練 -1
時刻は夕暮れ時。
茜色の空が広がり、遠くの山々がシルエットとなって浮かび上がる。
月明かりがわずかに差し込み始める中、太郎たち四人の仲間たち(太郎、黒鉄、琥珀、天音)は、月の使者が示した地図を頼りに、ついに目的地へと到着した。
彼らの目の前に現れたのは、言葉を失うほどの幻想的な光景だった。
「ここが…かぐや姫の館か。凄い霊気だ」
太郎は、その巨大な館を見上げ、息を呑んだ。館全体が、柔らかな光に包まれている。その光は、まるで建材そのものから発せられているかのように、あたりを神秘的な雰囲気に染め上げていた。
「結界が張られていますね。並の者では近づけぬでしょう」
黒鉄が、刀に手をかけ、警戒しながら呟いた。彼女の鋭い視線は、館を覆う微かな霊気の膜を捉えていた。その結界は、侵入者を拒むかのように、ぴりぴりとした空気感を放っている。
「うわ~!お館だお館!キラキラしてる~!お宝ザックザクかな~!」
琥珀は、目を輝かせ、興奮した声を上げた。彼女は、警戒心よりも好奇心が勝るように、館の幻想的な輝きに魅入られている。
「…神聖な気配。しかし、同時に、底知れない力が感じられます。これほど明確な霊気を放つ場所は、そうありません」
天音は、静かに呟いた。彼女の白い羽が、微かに揺れる。その瞳は、館の放つオーラを冷静に分析していた。その声には、わずかな畏敬の念が混じっていた。
館の門は、精巧な彫刻が施された木製であり、そこには複雑な紋様が刻まれていた。
月光を浴びて淡く輝くその門が、彼らが近づくと、音もなく静かに開いた。
その奥には、一人の武士が立っている。門番の武士は、彼らを待ち構えていたかのように、穏やかな表情で一行を見つめていた。
彼の佇まいは、まるで石像のように微動だにしない。
「お待ちしておりました。かぐや姫様がお待ちです。どうぞ、中へ」
門番の声は、静かで、しかし確かな威厳を帯びていた。太郎は、門番のその佇まいから、ただの番人ではない、隠された途方もない力量を感じ取った。
彼の体から発せられる微かな気は、熟練の武神である太郎の父をも凌ぐかもしれない。その門番の言葉に促され、太郎たちは門をくぐり、館の内部へと足を踏み入れた。
館の広間は、天井が高く、木目調の壁には精緻な絵画が飾られ、床には上質な畳が敷き詰められていた。中央には、煌びやかな屏風が立てられ、その奥から、白髪の翁が静かに現れる。
翁は、深い皺が刻まれた顔に穏やかな表情を浮かべ、太郎たちを迎え入れた。その佇まいは、まるで悠久の時を生きてきた賢者のようだった。
「遠路はるばる、ようこそおいでなさいました。私が、かぐや姫様の使者、翁と申します」
翁の声は、老齢ながらも透き通るように響いた。その眼差しは、太郎たちの心を見透かすかのように、深かった。
「我々は、鬼を討つ力を得るため、かぐや姫様にお目通り願いたい」
太郎は、迷いなく告げた。彼の声には、固い決意が込められている。
「承知しております。しかし、願いを叶えるには、試練を乗り越えていただく必要があります。最初の試練は…あの枯れ木に、桜を咲かせること」
翁は、静かにそう告げると、広間の奥に続く中庭へと視線を向けた。
中庭には、魔法の力で枯れてしまった一本の大きな桜の木が立っていた。
木は枝が折れ、葉も枯れ落ち、見るも無残な姿をしている。
その幹は黒ずみ、生命の気配を一切感じさせない。
「えー!?枯れ木に桜~!?無理でしょ~!」
琥珀は、驚きに声を上げた。その顔は、信じられないといった表情に変わっている。
「枯れた木に…?そのような奇跡、人間に可能なものなのでしょうか…」
黒鉄は、眉をひそめた。彼女の常識では、到底考えられない試練だった。天音は、静かに枯れ木を見つめ、その周囲に漂う微かな魔力を感じ取っていた。
太郎は、試練の内容を聞き、すぐにその本質を再確認した。これは、単純な力比べではない。翁の穏やかな眼差しが、彼らに「答え」を見つけ出すことを促しているようだった。
「待て。これは、力ずくでどうにかする試練ではない。翁殿は、ただ桜を咲かせよ、と仰せられた。そこに、必ず正解があるはずだ」
太郎は、仲間たちを制し、冷静に告げた。
彼の瞳は、枯れ木をじっと見つめ、その本質を探ろうとする。
翁は、ただ静かに、暖かく彼らを見守っていた。その表情には、何も語らずとも、彼らが自分たちで正解に気づくのを待っているという、深い信頼が読み取れた。
「なるほど…確かに。ただ桜を咲かせれば良いのですね」
天音も、太郎の言葉に頷いた。彼女は、目を閉じ、枯れ木から放たれる微かな魔力の流れを感じ取ろうとする。
「でも、どうやって?こんな枯れ木、花が咲くなんて…」
琥珀は、首を傾げた。その素直な疑問が、張り詰めた空気を少し和らげる。
「何か、手掛かりはないか?この木から感じる魔力は、私にはあまり馴染みがない。だが、ただ枯れているだけではない、何かの力が宿っている」
太郎は、槍の切っ先で枯れ木の幹をそっと触れた。その感触は、乾ききっているが、中に奇妙な力が閉じ込められているようだった。
「この魔力は、生命力を奪うものです。恐らく、かぐや姫様が、この木の真の生命力を封じているのでしょう。それを解き放つ術が必要なのでは」
天音は、冷静に分析した。
「封じられた生命力、ですか。では、それを打ち砕けば良いのか…?」
黒鉄は、刀の柄に手をかけた。彼女の思考は、どうしても直接的な行動へと向かう。
「いや、打ち砕くのではない。天音の言う通り、封じられた生命力を『解き放つ』のだ。だが、どうやって…」
太郎は、腕を組み、深く考え込む。彼の脳裏には、きびだんごが黒鉄の傷を癒やした時の、桃色の光が浮かんでいた。破壊の力だけでなく、癒やしの力も持つ自身の神の力が、この試練の鍵となるのではないか。
「よし、みんな!何か方法があるはずだ!試してみよう!」




