第三話:嵐の洞窟、追放の記憶と向き合う -3
幻影が消え、嵐が収まった洞窟内で、二人は改めて鬼との戦いについて話し合った。洞窟の壁には、稲妻の残光が時折揺らめき、彼らの真剣な表情を照らしている。
「若様、先ほどの鬼の動きは、俊敏でした。特に、若様の強力な一撃をかわし、私の隙を突いた爪の攻撃…あれは、並の鬼にはできません」
黒鉄は、冷静に鬼の動きを分析し始めた。彼女の琥珀色の瞳は、暗闇の中でも鋭い光を放っている。手元に落ちていた小石を拾い上げ、地面に鬼の動きを模した図を描き始める。その指先は、戦術を練る武士のそれだった。
「ああ。俺の力が暴走しかけた時、鬼は怯んだように見えたが、すぐに反撃してきた。ただの獣ではない。知性がある。それに、あの巨体で、あの速さ…」
太郎は、槍の柄を握りしめながら頷いた。彼の脳裏には、鬼の醜悪な顔と、その狡猾な動きが鮮明に蘇る。彼は、鬼の特性を一つ一つ確認するように、言葉を紡いだ。
「若様の槍は、圧倒的な破壊力を持っています。しかし、あの鬼は、その一撃をかわす速さを持っていた。闇雲に力を振るうだけでは、また同じことの繰り返しになるでしょう」
黒鉄は、慎重に言葉を選んだ。太郎の力の危険性を指摘するのは、彼女にとって辛いことだったが、若様の命を守るためには必要なことだった。彼女の視線が、太郎の瞳に真っ直ぐに注がれる。
「分かっている。だからこそ、お前の剣が必要なんだ、黒鉄」
太郎は、黒鉄の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。その言葉には、彼女への揺るぎない信頼が込められている。彼の表情には、彼女への深い感謝が滲み出ていた。
「俺の槍で鬼の動きを止め、お前の剣で確実に仕留める。それが、一番確実な方法だ。俺が鬼の注意を引きつけ、お前が懐に飛び込む。その間、俺はお前の背後を必ず守る。そして、俺の心が乱れそうになったら、お前が傍で支えてほしい」
太郎は、黒鉄の手を握り返した。その手は、もう冷たくはなかった。二人の絆は、この試練を乗り越えたことで、さらに確固たるものになった。互いの手のひらから、確かな信頼と、未来への希望が伝わり合う。
「はっ。若様のお考え、承知いたしました。若様の槍が鬼を怯ませた隙に、私が懐に飛び込み、その喉を両断します。若様は、その間、私の背後を…」
黒鉄は、具体的な剣の動きを交えながら、作戦を提案した。彼女の頭の中には、すでに鬼との戦闘のシミュレーションが描かれているようだった。彼女の指が、地面に描かれた図の上を滑る。
「ああ、分かった。お互いを信じ、力を合わせれば、どんな強敵も打ち破れるはずだ」
太郎は、静かに頷いた。その声には、確かな自信が漲っている。二人は、互いの顔を見合わせ、静かに頷き合った。外の嵐の音が、彼らの固い決意を祝福するかのように、一層激しく響き渡る。
洞窟の外、夜の闇に紛れて、二つの影が静かに身を潜めていた。
それは、風神颯馬と雷神雷牙の使い魔たちだった。
彼らは、太郎と黒鉄が洞窟に逃げ込んで以来、ずっとその様子を監視していたのだ。
洞窟から漏れ聞こえる二人の会話、特に太郎が自身の力の制御の鍵に気づいた瞬間を、彼らは克明に捉えていた。
使い魔の一体が、静かに口を開く。その声は、風の囁きのように、しかし明確に響いた。
「報告します。若き神は、自身の力の特性を自覚し、その制御の鍵が、あの娘との絆にあると気づいた模様。心の平穏が、力の安定に繋がると…」
もう一体の使い魔が、それに続く。その瞳は、暗闇の中でも鋭く光っていた。
「あの娘の存在が、若き神の心をこれほどまでに鎮めるとは。我らの予想を上回る成長です。彼が、真に『武神』としての力を取り戻す日も近いでしょう」
彼らの声は、風に乗って、遥か遠くの天界へと届けられた。
天界の、かつて太郎が破壊した宮殿の修復された一室で、風神颯馬と雷神雷牙が、静かにその報告を受けていた。彼らの顔には、微かな安堵と、期待の表情が浮かんでいる。修復されたばかりの宮殿の柱は、まだ真新しい光を放っていた。
「ほう…あの娘が、彼の心の楔となったか」
颯馬が、静かに呟く。その瞳には、遠い地上の太郎を見守るような光が宿っていた。彼の口元には、微かな笑みが浮かんでいる。
「ははは!やはり、我らの目に狂いはなかったな、颯馬よ!あの若き神は、我らが望んだ通り、真の力を手に入れつつある!この世界の混沌を鎮める日も、そう遠くはない!」
雷牙が、豪快に笑う。その声には、太郎への深い信頼と、未来への期待が込められていた。彼の金棒が、微かに光を放つ。
「まだ道半ば。しかし、彼ならば、この世界の混沌を鎮めることができるだろう」
颯馬は、静かに頷いた。彼らの視線は、遠い地上の、夜明けを迎えようとしている洞窟へと向けられていた。彼らの間には、太郎の成長への確かな期待と、彼が背負うであろう未来への重みが漂っていた。
◆
朝焼けの中、二人は洞窟から出て、再び鬼の元へ向かう決意を固める。
空は清々しく晴れ渡り、東の空には、朝焼けのグラデーションが広がっていた。
茜色から淡い青へと移ろう空の色が、彼らの新たな旅立ちを祝福するかのように、美しく輝く。鳥のさえずりが、彼らの新たな旅立ちを祝福するかのように、森に響き渡る。朝露に濡れた木々の葉が、朝日を受けてきらめいていた。
太郎の瞳には、力への恐怖は消え失せ、第二話で対峙した鬼に再戦を挑む前向きな決意が宿っていた。彼の顔には、希望に満ちた光が宿っている。
「今度こそ、決着をつけてやる!あの鬼を討ち、父の無念を晴らす!そして、この力を、誰かを守るために使う!」
太郎の声は、力強く、迷いがなかった。その声は、朝の森に響き渡り、新たな物語の始まりを告げる。
「はい!若様!この黒鉄、若様の剣となりましょう!」
黒鉄は、太郎の隣に立ち、力強く応える。彼女の琥珀色の瞳は、太郎の背中を見つめ、その決意を支えるかのように輝いていた。
二人は並んで歩き出し、新たな旅路へと足を踏み出した。
彼らの背中には、希望に満ちた朝の光が降り注いでいた。その足取りは、昨日までの疲労を微塵も感じさせず、力強く、未来へと向かっていた。




