#36 焦りは禁物
「なるほどね。おれのマナが多すぎて、スータレイン嬢が召喚してくれた器では受け止めきれなかったみたいだ」
「そんな……っ、そうだ。リアム様。お身体に不調はありませんか」
「ん、問題ないよ」
リアム様は、わたしに心配をかけまいと気丈に振る舞っています。笑顔を浮かべていますが、そのすぐ横を一滴の汗が流れました。
一度出したものを、また取り込む。それはリアム様の身体に負担を強いるようです。
これでは、わたしが失敗するほどリアム様のお身体に負担がかかると言うこと。それじゃぁ、わたしがいる意味がありません。
器は失敗。
では、どんな形ならば有効なのか。
一つがダメならば、複数。浅いのならば、深く。
わたしは16×16の魔描用板を最大限利用して、木桶のように見える切り株を出しました。二つ目を出したとき、クワンと視界が歪みます。
「スータレイン嬢!」
「……リアムさまぁ。凛々しいお顔がすてきですぅ」
倒れそうになったわたしを支えるため、斜向かいのソファから移動したリアム様が、サッと背中に手を回してくださいました。そうすると、リアム様の整ったお顔がすぐ目の前にある状態。
展開していた半透明の箱達は、わたしの魔力が安定しないためか明滅するようにぼやけたりはっきりと現れたりしています。
リアム様に抱き留められるような状態になっていますが、半透明の箱達はリアム様の後ろにあるような状態になっています。
「リアムさまぁ。失礼しまぁす」
「ス……んっ」
わたしの行動を予測したリアム様が離れようとしましたが、わたしは問答無用でリアム様の両頬に手を添えました。
ふっくらと柔らかいリアム様の唇とわたしの唇が、重なります。倒れそうだったわたしの背中に手を回したままのリアム様は、わたしからの暴挙に為す術がないようでした。
少しだけ開けられた口から、リアム様のマナがわたしに流れてきます。
熱く冷たく、爽やかで頑強なマナは、まさしくリアム様そのもの。リアム様から送られてきたマナは、血の巡りにそってわたしの全身へ運ばれていきます。
いつの間にか目を閉じていたわたしが目を開けると、瞼を震わせながら目を閉じていたリアム様が見えました。
そんなリアム様のお顔に添える手から伝わる、熱。リアム様が耳までお顔を赤くしているとわかります。
リアム様の背後にある、半透明の箱達。しっかりとその存在を主張しています。
そう、自覚した瞬間。
わたしは現状も自覚しました。
即座にリアム様のお顔を解放し、距離を取って額を擦りつけるように土下座をします。
「申し訳ありませんでしたっ!!」
「いや、うん、まあ、えっと……スータレイン嬢。とりあえず顔を上げて。ソファに座って」
「いいえ!! 不埒な痴女は床に這い蹲ることがふさわしいです!!」
わたしが頑なになってリアム様からの要請を断っていると、リアム様が下げたわたしの頭のすぐ傍まで来ている気配を感じました。
「スータレイン嬢。おれのお願いを聞いてもらえないなら、酷いことしちゃうよ?」
そう言うリアム様のお声が震えているような気がして、ゆっくりと顔を上げました。
「っ」
思わず、熱が集まった顔をそらします。
目撃したリアム様のお顔は、羞恥心で一杯というような状態でした。うっかり、酷いことをしてもらいたくなってしまうよな、そんな危うい表情。
恐らくリアム様が意図したこととは違う感情を持ったわたしは、リアム様と距離を取りつつ立ち上がりました。
「スータレイン嬢。今度は、ソファに座って」
「いいえっ! 不埒なる痴女ダスティ・スータレインは、自身への反省を促すため立ったままでいます!」
「それなら」
「いいえっ! リアム様に絶対服従新米訓練生は、直ちに指示に従います!」
顔を赤らめたままのリアム様が近づかれようとしたので、わたしはすぐにソファへ座ります。
リアム様の斜向かいのソファに座りました。
お互いが正面を向いていれば、目も合わないような位置。それなのに、お互いが気まずいように顔を内側へそらすものだから、逆に目が合いそうになってしまいました。
わたしはとっさに、反対側へ顔をそらします。
「……スータレイン嬢。今回のことは、互いに利のある人命救助だ。責任を感じなくていい」
「か、かしこまりました」
「それと、今起きたことは二人だけの秘密にしてほしい」
「そ、そうですね。リアム様の評判が傷ついてしまいますからね」
「おれというより、スータレイン嬢のね?」
「いいえっ。わたしの評価よりも、っ」
そらしていた顔を戻してしまい、うっかりリアム様と目が合ってしまいました。わたしはすぐ、顔を下に向けました。
落ち着きがない行動を繰り返すわたしに、リアム様は優しく声をかけてくれます。
「何はともあれ、ありがとう、スータレイン嬢。人命救助をしてくれたおかげで、今までの人生で一番身体が軽いよ」
「そ、それは良かったです」
人命救助、と称したとしても、リアム様との間に流れる気まずい空気は変わりません。
呼吸をすることすら忘れてしまいそうなほど忙しい鼓動は、リアム様を異性として意識させます。そうすると、二人きりという状況が急に恥ずかしくなってきました。
とはいえ、動き出すことすら躊躇われるような空気があります。
わたしが動けないでいると、リアム様が立ち上がって窓際へ行きました。
「ああ、どうやら魔獣大発生は終わったみたいだね」
「っ、で、では、わたしはこれで失礼しますね! 召喚した木桶はどうしましょうか。一般的な道具として使われますか」
「いや、持ち帰ってもらえるとありがたい。近くにあると、うっかりマナを放出する先として利用してしまいそうだ」
「かしこまりました」
わたしは木桶風切り株を抱え、リアム様に一礼をして、所長室から出ました。




