#35 時機違い
「あの、リアム様? っ!?」
離してもらえませんかと言おうとしたとき、なぜかリアム様にギュッと強く抱きしめられました。その力は強く、まるでわたしを失うことが怖いかのような。そんな、切実さすら感じます。
耳元で、良かったと呟かれていることからしても、わたしの予想はあながち外れていないかと。
必死とも思えるリアム様の腕の中から脱することは難しく、そのまま背中へ手を回して慰めるようにポンポンと叩きます。
「リアム様。落ち着いてください。わたしは、生きていますよ」
ポンポン、ポンポン、と何度も優しく手を動かしていると、リアム様はようやく落ち着いたようです。
ゆっくりとわたしから離れました。
「……申し訳ない。取り乱した」
「いいえ、問題ないですよ。リアム様だって人間ですから、そんなときもあります」
「っ……」
慰めただけですが、リアム様はなぜか胸が締めつけられているかのようなお顔をされます。わたし、言葉の選択を誤りましたかね?
一度魔法を使っていますから、もしかしたら体調が優れないのかもしれません。
魔物の襲撃から、立ったままでした。わたしはリアム様を連れて、ソファへ座ります。隣同士になってしまったのは、流れ上仕方なしだと思い込みました。
「リアム様。お疲れではありませんか。何か必要なものがあれば、取ってきますよ」
「いや。今は、このままおれの傍にいてほしい」
「っ、そ、そうですか。では、ご要望の通りリアム様のお隣にいますね」
ギュッと手を掴まれたまま聞くリアム様のお言葉は、心臓に悪いですね。まるで恋人同士かと錯覚するほど、胸が締めつけられます。
この気持ちはきっと、リアム様の表情が引き起こした錯覚でしょう。切なげな表情で言われたら、きっと誰でもそんな状態になるはずです。
「い、今、もしかして鑑定されていますか? ダメですよ。スキルを使うということは、魔力を行使しているということです。リアム様は、一日に二度も魔力を行使してはいけません」
「うん、問題ないよ。今は別に、鑑定をしているわけじゃないから」
「そ、そうですか?」
では、今は単純にリアム様に見つめられているということになります。
手をギュッと掴まれたまま、リアム様のようなお顔立ちの整った方に見られる。それは、なんて心臓に悪いのでしょう。
目をそらすのはいけないような気がして、わたしもついリアム様を見てしまいます。リアム様が見ているので、目が合うのは当然。
ミントグリーンの瞳に、わたしが映っていると思うと羞恥心が出てきました。
「あ、あの、リアム様。陛下からお話がありまして、今後のことをお願いされました。リアム様の寿命を伸ばすため、わたしが適任と思われたようです」
「そう」
「は、はい。それでですね、リアム様の体内に蓄積されているマナの放出のため一番効率が良いとレディリカから教えてもらったのが、経口摂取、でし、て……」
間違えました!
あまりにもまっすぐにリアム様に見つめられているため、少しでも気をそらそうと口にした方法。確かにそれは一番の効率を誇ると思いますが、今言うべき時機じゃないはずです。
けれど、口に出した言葉はなかったことにはできません。
わたしの顎に手を当てたリアム様が、ゆっくりとお顔を近づけてきます。
呼吸すらすぐに感じられるような距離で、リアム様が口を開きました。
「スータレイン嬢。男と二人きりの状態で、そんなことを言ってはいけないよ?」
「は、はぃっ。その通りです!」
リアム様はにっこりと微笑むと、わたしを解放してくれました。そして同じソファの上から、斜向かいの一人掛けのソファの方へ言移動します。
そんな些細なことが、思わず寂しいと思ってしまうほど、リアム様のお顔が近かった。
凄絶、と表現してもおかしくないほどの、色気。睫毛が長めなのだな、整った肌だな、などと思うことすら躊躇うような、色気。
リアム様の色気に当てられたわたしの心臓は、先程の命の危機のときとはまた違った鼓動をします。
落ち着かせるように心臓の上に手を置き、何度も深呼吸をしました。
「し、失礼しました。えぇと、それでですね、リアム様のマナを放出するため、わたしの魔描召喚士のスキルが選ばれました」
「なるほどね。確かに今まではいなかったから、試してみる価値はある」
「今、リアム様は日に二度魔法を行使すると倒れてしまう状態です。そのため、わたしが召喚する何かを用意することが急務と思われます。今後は、その何かにリアム様のマナを放出し、魔法を行使するときにはその何かからマナを使ってもらえば良いかと」
「良いね。それで、スータレイン嬢的には、その何かは決まっているのかな」
「いいえ。現状、わたしはまだ魔描用板の大きさが小です。中から大に変わるときはわたしの心の成長も必要になってくるので、まずは小から中に進化させたいと思っています」
スキルの特訓を経て、今魔描用板で召喚した数はまだ十。あと四十回は召喚しないといけません。
描くにあたり消費したコロルキューブは、毎日認識し直すと戻ってきます。そのため毎日野菜やその他を見る時間が必要です。
消費する魔力が大きく、急性マナ超過症にならないためには一日に二回が限度。そうなると、まだあと二十日ほど時間がかかってしまうという計算になります。
後半は、魔力の底上げが叶い日を短くできるかもしれません。ですがそれにしても、まだまだ時間がかかります。
ひとまず、マナを貯めるということで16×16の魔描用板にお皿のような器を描きました。いえ、正確に言えば、お皿に見えなくもない、窪んだ切り株ですね。今はまだ、無機物しか召喚できないので。
縁をなぞると、ポンッと煙と同時に出てきます。両手の平よりも少しだけ大きな器。いつもシチューを食べているような、茶色い深みのある切り株風のお皿です。
「試作、一つ目です。どうぞ」
「ありがとう」
わたしから器を受け取ったリアム様は、早速試してみるようです。
器をじっと見つめました。するとどこからともなく現れた、火、水、風、小石が器の中で踊ります。マナはこんな風になるんだ、と思ったのも束の間。
召喚したばかりの器は壊れてしまいます。器に収まろうとしていたマナは、リアム様の中へ吸い込まれるように消えていきました。




