#29 急性マナ超過症
「赤毛! ケレイブ様を早くベッドに!」
「いや……必要、ない」
「ケレイブ様!」
壁にもたれたままのリアム様は、チェイミベル様の要請を却下しました。そのことでチェイミベル様の顔色も悪くなり、さらに心配そうにリアム様を見ています。
顔を上げたリアム様の顔色は青ざめていて、今にも倒れてしまいそうでした。
「リアム様! わたしが使った後で申し訳ないですが、今すぐに横になってください!」
「いや……本当に、必要ないんだ」
リアム様は小言で何か詠唱すると、すっと立ち上がりました。
リアム様は四属性を持っています。もしかしたら、自身の体調を向上させるようなこともできるのかもしれません。
もしそうだとしたら、リアム様はご自身の体調が悪くても誤魔化せてしまうということになります。
確か、リアム様は魔法を使うと良くない体質だったはず。誤魔化しのための魔法の行使は、逆にリアム様の健康を害してしまいます。
わたしはベッドから立ち上がり、休むようにと訴えているチェイミベル様と話しているリアム様の元へ行きます。
そして女性には酷いことをしないと確信していたため、リアム様の手を掴んで強制的にベッドへ移動してもらいました。
「スータレイン嬢?」
「リアム様。大人しく休養してください」
「いや、そういうわけにも」
「チェイミベル様。リアム様を寝かせるのを手伝ってください」
わたしがリアム様の肩を押し、寝かせます。そしてすかさず、チェイミベル様が反対側から肩を押さえました。
肉体的には健康的なリアム様であれば、たとえ両側から肩を押さえられていても力ずくで起き上がることはできたでしょう。
ですが、リアム様です。
最初から酷い扱いなんてされてきませんでした。女性に優しいリアム様は、わたし達の手を撥ねのけられません。
「……降参だ。休むよ。スータレイン嬢、申し訳ないけど、このままベッドを使わせてもらうよ」
「えぇ、存分に使ってください」
リアム様は、やはり無理をしていたのでしょう。目を瞑ると、そのまま寝てしまいました。
リアム様が目を覚ましたのは、その日の夕方でした。
リアム様はチェイミベル様に責めるような目を向けられる中、わたしに起きた症状のことを教えてくれます。
「……わたしは、急性マナ超過症だったと」
「そう。急激に魔力を使うと引き起こされるもので、スキルを得たばかりの人がなりやすい」
「ですがそうすると、多くの人が経験する症状なのですね」
「いや、そういうわけでもない」
「と、いうと?」
リアム様曰く、スキルを得たばかりというのは何も鑑定したばかりということに限らないらしいです。
鑑定士に見てもらいスキルを特定するのは、あくまでもそうすることで使用者がスキルを意識するから。もし鑑定してもらう前にスキルのことがわかっていたら、鑑定士に見てもらわなくてもスキルを使えると。
通常は、自分がどんなスキルを持っているのかわかりません。平民であれば意識しなくても生活できるし、貴族はそもそもスキルに頼るような生活をしていないでしょう。
だからこそ、鑑定士に見てもらうことは貴族の社会的地位の高さを示します。わたしが躊躇ったように、鑑定してもらうことは無料じゃない。鑑定士次第で料金は変わってしまいます。
そして鑑定されれば、研究性として自分のスキルと向き合う時間が設けられる。それはすなわち、制御のことも学べるということです。
スキルを制御できるということは、魔力の出し方も教わるということ。だから、相対的に急性マナ超過症の患者は少なくなるのだそう。
「酔っ払いは寝ていたら回復した。ケレイブ様が魔力差し出す理由ない」
「そうは言っても、処置は早い方がスータレイン嬢の身体への負担は小さい。それに魔力の純度で言ったら、三人の中で一番おれが高い。適材適所だ」
「純度なら。でも、問題は別」
チェイミベル様は、今にも泣きそうになっているのを我慢しているのかもしれません。リアム様も、そんなチェイミベル様のお顔を見て、困ったように頬を掻きます。
チェイミベル様はリアム様のスキルが判明するまでの婚約者だった。わたしはそう見立てているため、長年一緒に行動をしてきた二人の間には独特な世界観を感じます。
まるで家族のような、親友のような、そんな近しい感じがありました。
リアム様も、ご自身がされたことに自覚があるのでしょう。
チェイミベル様の視線から逃れるように、わたしに身体を向けます。
「スータレイン嬢も、申し訳なかった。急に言われて戸惑ったでしょ?」
「あ、はい。わたしも、申し訳ありませんでした」
「スータレイン嬢が謝る必要はないよ。急性マナ超過症は、酩酊状態になるんだ。理性が働かなくても仕方ない」
「そ、そうは言っても……」
リアム様の指を銜えてしまったことには変わらないわけで。
王兄のリアム様の指を汚してしまったことについてどうすれば贖えるかと思っていると、そんなわたしの心情を理解してくれたようです。
「急性マナ超過症は、対処法としては発症者の魔力を上げること。そして休養。でもそれだけだと時間がかかっちゃって、発症者の身体に負担がかかる。だから、一番手っ取り早い方法は他者からの魔力譲渡なんだ」
「魔力譲渡……あの甘い感じは、魔力だったのですね」
「えっ、おれの魔力、甘かった??」
「はい。甘かったですよ?」
他者の魔力とは、甘い物ではないのでしょうか。
わたしは感じたままの感想を伝えたのですが、三人はそれぞれ別の反応を示します。
リアム様は照れるように手で顔を隠し。
チェイミベル様は青ざめ。
レディリカは複雑そうな顔をしています。
レディリカはリアム様への気持ちがないと言っていましたが、それならばなぜそんな表情に。
わたしがまだ知らされていないことで、三者三様の反応になるようなことがあるのでしょうか。
魔力が甘い。
その理由をわたしが知ったのは、陛下の前でスキルを披露する七日後でした。




