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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

醜女と思われて婚約破棄されたけど、実は女神の使いなので

作者: yummy

王城の大広間。


白亜の柱が並ぶその空間に、ひときわ醜い娘の姿があった。

――彼女の名はマリア。


肌は白く、けれどどこか青ざめて見える。

ふくよかな輪郭に、細い目、大きめの鼻。

配置も含め、世に言う“美”からは遠い造作。だが、艶のある黒髪は丁寧にまとめられ、

濃緑のドレスは質素ながらも清潔で上品に整えられていた。


マリアの容姿は大変個性的でーー一けれど、卓越した魔力と、豊かな領地により、高位貴族のカイルと婚約を結んでいた。


マリアのその立ち居振る舞いには、不思議なほどの静けさと、確かな品があった。

背筋はまっすぐ、歩みは乱れず。

言葉を発することなくそこに佇んでいるだけで、周囲の空気が静まるような気配すら纏っていた。


だが、その場に集った貴族たちの視線は冷ややかだった。容姿を特に重要視するこの国においては、

マリアを「醜い」、「おぞましい」と噂する声は、決して小さくなかった。


そして。


「本日をもって、カイル・リオネスは、この者――

マリアとの婚約を破棄する!」


高らかな声が響いた。


広間にざわめきが起きた。

カイルの隣には、絵に描いたように麗しい娘が立っていた。

光を宿す金の巻き髪に、透き通るような白い肌。

白銀の装束に身を包み、微笑むその姿はまさしく“聖女”。


カイルの腕に寄り添っているのは、聖女を名乗る、リーネという少女。


「神託を、受けました」

リーネは人々を見渡しながら、聖女らしい穏やかな声音で続けた。


「カイル様の婚約者が“魔物と通じている”、

いえ、“魔物そのもの”かもしれないということを──」


「……!」「なんと……!」


貴族たちがざわめきを強める。


今度はカイルが一歩前へ出る。どこか得意げに、リーネを見やった。


「マリア。君の魔力は不自然なほどに…高い。そして、君の領地は…君が生まれて以降、急速に豊かになった」


「そして君の……その容姿。君はあまりにも"不自然"だ。

君は、魔物と通じているのではないか?

魔物を操り、裏では民を犠牲にしているのだろう?そうでなければ、領地の、あんな豊かさはあり得ない。

……そう思っていたところ、聖女リーネの信託があったのだ」


「ここに、証拠を。姿を偽っている者に反応し、暴く魔道具が、ここにございます」


リーネは微笑んだまま、マリアへ視線を向ける。


「以前、密かにマリア様に近づけたところ、魔道具が淡く光りまして。……これは、マリア様が姿を偽っているという紛れもない証拠です」


リーネが魔道具をマリアに近づけると、確かに淡く光り始めたのだった。


「今ここで、この魔道具に触れていただけませんか、マリア様。その姿が偽りならば、触れた瞬間に真実が明るみに出ます」


「姿を偽ってなお、その姿とは…人間か、魔物か。…マリア。もう君は逃げられない。

……そうまでしても、私と共にいたいという気持ちはわかるが、私は"魔物"と人生を共にする気はないよ。

……衛兵!彼女を押さえろ。リーネ、魔道具を」


広間の空気が張り詰めた。

だがマリアは、ためらいもせず、自ら差し出された魔道具へと手を伸ばした。



次の瞬間──



空気が震え、白銀の紋が宙に浮かび上がる。

魔道具が光を帯び、マリアの身体を淡い光が包んでいく。


まばゆい光の中、マリアの姿がゆっくりと変化する。

仮の顔が剥がれ落ちるように、表皮の印象が変わっていく。


けれどそれは、カイルやリーネが期待した姿とは全くの正反対の姿だった。


太陽のような輝きではない。

月の光のように淡く、清らかで、冷ややかな美。


ふくよかな輪郭は、すっと引き締まり、

小さな目は深く澄んだ光を帯びた黒に染まっていた。

大きかった鼻はすらりと整い、

肌は、夜明けの雫のように透き通っていた。


彼女は、その場の誰よりも聖女らしく、

その場の何よりも神聖で、

それでいて、どこまでも静かだった。


──マリアは、“ただ、そこに立っているだけ”にも関わらず、その姿は、まるで女神の像がそのまま降り立ったかのようで。


それは、神の祝福を受けた存在にしか到達しえない、美しさだった。


「…………っ」


最初に声を発したのは、カイルだった。

一歩、二歩と、思わずその姿に引き寄せられる。


「……あ、ああ……なんて……美しい……」


ふらふらと、マリアに近づいていくカイルの眼差しは、もう傍らのリーネには向けられていなかった。


そして――その光景を目にしたリーネが、ついに絶叫する。


「嘘……嘘、嘘……っ!あの醜女が……あんな……っ!!」


彼女の足元が、崩れ落ちる。


「嘘よ…嘘……!」


貴族たちは誰ひとり言葉を発せず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


女神の使いのような姿。

聖女であると名乗っていたリーネよりも、遥かに神聖で、気高く、美しい存在が、そこに立っていた。


マリアは、自らの顔に手を当て、

「……本当に、解けるとは思わなかったのだけど」

と魔道具の力に驚いていた。


リーネは崩れ落ちたまま震えており、カイルは美しきマリアを見つめ、先程の"婚約破棄"を撤回しようとした。


「マリア。…私が間違っていた。私の婚約者、マリア……。これからは、生涯あなたを大切にすると誓う」


リーネが弾かれたようにカイルを見つめる。


カイルの変わり身に対しても、誰もが言葉を失う中。


ふぅ、とマリアはため息をつき、そっと天井の女神像を仰ぎ見た。


「折角静かに暮らしておりましたのに、わたくしだけ、というのも不公平なので…女神様。

もし……わたくしの願いが届くのでしたら」


その声音は静かで、けれど不思議と胸に響いた。


「この方々の“真実”も、この場にお示しいただけませんか」


その言葉に応じるように――


女神の像の目が輝き、聖なる光が差した。

柔らかな光が舞い、誰もが息を飲む中、空間に像が投影されていく。


それは、まるで記録の再現のようだった。





「ふふっ、この魔道衣…聖女のオーラを纏うことができるのね。これで聖女としてあなたの隣に立てるわ!」


「ああ。装飾品なので他の魔道具には反応しない。

……まず気づかれないだろう。マリアの魔力の源を周囲に明らかにした上で堂々と、我々こそが“清らかな者”として表に立つ」


「それにしても、あの女が本当に姿を変えていたなんて…まさかと思いましたが、魔道具に反応があって驚きましたわ」


「あんなに魔力が高い人間がいるはずがないと思ったんだ。それにあのおぞましい外見…。

まあ魔物でなくても、今より醜悪な姿を隠していたことが明るみに出れば、疑念は十分だ。

民を守るためにした告発の褒賞として領地も得られれば最高だが…」


皮算用をするカイルは鼻で笑い、ワインを口に運ぶ。


「……もうすぐ終わるな。今やお前が、俺の“正妻候補”だ。皆の集まるパーティで、あの女の正体を暴く」


リーネは頬を染め、そっとカイルに寄り添う。


そして、二つの影は一つになっていき、……あられもないシーンまで続いてしまう。


「やめて…見ないでよ…!!」


リーネが叫び、カイルは何かの間違いだと、必死で釈明ひようとする。


しかし、映像はなおも続いた。

今度は別の女性。露出の多いドレスを着た令嬢が、カイルの胸にもたれかかり、微笑んでいる。


「リーネ? ああ、あれは遊びだよ。君が一番に決まってる」


カイルの声。優しいふりをした、どこまでも軽薄な男。

 

リーネが信じられないものを見る目でカイルを見つめる。カイルの相手は、自分だけだと信じていたのだ。


「私だけじゃ…なかったの…?!」


その顔は紅潮し、涙と怒りに濡れていた。


だが誰も、彼女を庇うことはない。

視線は冷たく、空気は凍りついていた。


カイルといえば、それでもなおマリアから視線を外せず、熱に浮かされたように言い募る。


「マリア…これは何かの間違いだ。信じてくれ…私は君を愛しているんだ…」


その様子を、マリアは何も言わず見つめていた。

表情は変わらない。

けれど、その静けさこそが、何より深い“怒り”の証のように見えた。


沈黙が落ちる。


放映された裏切りの映像は、誰の目にも明白で、

聖なる光によりもたらされたものであるため、疑う余地もない。

マリアは、静かに、視線を上げて天を仰ぐ。


「わたくしは、人の子というのは、…こういうものなのかと思ったくらいですが。

うーん。女神様は、もしかするとお怒りになるかもしれませんね…」


そして――


その言葉に呼応するように、空気が、ふるりと震えた。


天井から光が降り注ぎ。再びゆっくりと輝きを増していく。

今度は映像ではない。

重く、荘厳な、けれど冷たいほどの神聖な気配が、空間を支配していく。


「……っ、な、なんだ……?」


カイルがたじろぎ、後ずさる。


マリアは、何も言わない。

ただ、目を伏せたまま、ほんの少しだけ――悲しげに見えた。


そして。


「ぎっ……あ、あああああああッ!!」


カイルが突如、頭を抱えて絶叫した。

床に膝をつき、のたうち回る。額に脂汗が滲み、苦悶の声が漏れる。


その頭頂部が、突如として眩く光った。


そして、次の瞬間――



髪が全て焼け落ち、頭のてっぺんに、金色の文字が浮かび上がる。



『最低浮気男』


それは誰の目にもはっきりと見える、神の焼印だった。

神聖な光で刻まれたその文字は、どれだけ髪を伸ばしても、帽子で隠しても輝きが隠せない。


「な…………!? マリア、やめてくれ! これはっ、これは……っ!」


カイルが泣き叫ぶ。

その姿は、無様としかいいようがなくーー

もはや威厳のかけらもないその姿に、マリアはこう答えた。


「……わたくし、女神様も思うほどの"浮気最低男"とは人生を共にする気はなくてよ」


そして、リーネの身体にも、異変が起きた。


彼女が身につけていた、白銀の聖女衣が音もなく砕け落ちる。魔道衣が崩れ落ちたのだ。

偽りの装いが剥がされ、聖女のオーラも消え、ただの少女に戻ったその体に、

無数の赤い腫れ物、吹き出物が顔中に浮かび上がる。

美しさを重視するこの国で、その姿はあまりにも、"醜い"姿であった。


「やだ……やだ、やだっ、こんなの、違うっ!!」


リーネは顔を覆い、震えながら膝を抱える。


その姿は、もはや“聖女”などと呼ばれるものではなく、哀れな一人の人間の姿であった。



女神は何も語らなかったが…ただ、裁きは完遂された。


広間には、まだ静寂が残っていた。

誰も、何も言えず、ただ立ち尽くしている。


そんな中で、マリアだけが、静かに一礼した。


「……女神様。どうかもう、彼らに罰を与えすぎませんように。

……そして皆様。本日の出来事は、周囲に漏らしませぬよう。人の"真実"を面白おかしく明かす方は、その方自身もまた…"真実"を明かされてしまうかもしれません」


周囲はカイルとリーネを見やり、その言葉を重く受け止めた。


マリアの声は、最後まで穏やかだった。

けれどその姿は、誰よりも神々しく、気高く――


しかし、ふわり、とマリアの姿が光ったと思えば、そこには元の、ふくよかな輪郭に、控えめで細い目、大きめの鼻…"個性的な顔立ち"のマリアがそこに立っていた。


「……色々言われてきましたけれど。

わたくし、このお顔も結構、気に入ってましてよ。……だって、覚えやすくありませんこと?」


そう言って去っていくマリアを、誰ひとりとして、

彼女の背を見送らずにいられる者はいなかった。





白亜の廊下を、マリアは静かに歩いていた。

遠ざかる声も、視線も、もう気にならない。


「……わたくしに、この世を見てきなさいとおっしゃったのは、女神様でしたねぇ」


誰にも届かない声で、空を仰ぐ。

声は柔らかく、どこか懐かしさを含んでいた。


かつて、マリアは天上にいた。

神々の側で、言葉を交わし、祈りと奇跡を見守る存在だった。


だがある日、女神は彼女にひとつの願いを託したのだ。


『この地を見てきてちょうだい。目で、心で、人々と触れて──』


「……“肌で知りなさい”、と。

ですから、受肉いたしまして、人として生を過ごすことを、選んだのです」


しかし、受肉した姿は、あまりにも神々しく、目にした者の心を惑わせた。

その美しさは、人にとっては“異質”であり、“恐れ”に近かった。


そして、天上の力の残滓から、領地はどんどん豊かになった。


もしかすると、マリアが目指すべき人としての生としては目立ちすぎるかもしれない。

そう危惧した彼女は、とりあえず容姿を魔力で少しずつ変えてみたのだ。


天上には美しい者しかいなかったため、遊び心から個性的な顔立ちにしたのは少し、悪かったかもしれない。


でも、このまま人の中で、静かに生き、

人の子として、結婚し家を育み、一生を終えてみようと、本気でそう思っていたのだ。


「……まさか、無理やり元の姿を暴かれるとは思いませんでしたけれど。魔力ではなく、魔道具で外見を変える方が良かったのかしら……」


頬に手を添えて、くすりと微笑む。


それでも、あの場で真の姿が現れたことに、もう後悔はなかった。


「……でも、あのまま結婚まで進まなくて良かったわ。やはり、結婚相手は自分で探して、きちんとどんな方なのか興味を持たなければ、だめね。

……次のお相手はこう、真摯で、誠実で…覚えやすい、個性的な顔立ちの方なんかいいかしら」


静かに風が吹く。

女神像のそばを通り過ぎると、花びらが激しく舞った。

……マリアはなんだか、女神様が大笑いしているような気がしたのであった。


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