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第7話 pre-sworn/前宣誓


 スローン・ルーム(玉座の間)。

 二つある玉座の片側にアレクサンダー王が座り、もう片方は空座である。

 本来は王妃が――母が座るべき玉座が空席であることをアーデルベルトは訝しむが。


「王妃様は、一人でも英傑が集まるように今も奔走されておられます」


 こそりと、アルバンが囁いた。

 なるほど、父が、アレクサンダー王が邪魔できない隙を狙っての行動か。

 やはり母は賢い。

 この後の世には、賢王と呼ばれることになるアーデルベルトの母に相応しい行動である。

 アーデルベルトは満足した。

 アルバンは微笑んだ。

 『上手くいくといいがな。精々足掻けば良い』と言いたげに。

 そんな悪意を含んだ笑みであったが、アーデルベルトはそれに気が付かない。


「さて――ここに皆を集めたのは他でもない。まずは決闘裁判を行う前に、アーデルベルトには許されたる権利がある」

「権利?」


 はて、とアーデルベルトは首を傾げた。

 玉座の間には、互いの代表たるドミニクとアーデルベルト。

 互いの補佐役として立ち合いが許された、紋章官とアルバン。

 それ以外にはザクセン王国の司教区を統括する、司教が立っていた。

 司教がいるのは当然、決闘裁判を公平に取り扱う為である。


「権利と言うからには、当方にとって有利な事でしょうか」

「そうとも言える」


 愚図が。

 国家における決闘裁判の流れも知らないのか。

 十四歳の貴様の弟、第四王子ブルーノでも知り得ることを知らぬのか。

 今にも縊り殺してやりたいという雰囲気を隠そうともせずに、アレクサンダー王はアーデルベルトの疑問を認めた。

 司教が呆れたような顔で、アーデルベルトに教えることにした。

 

「贖罪金を支払うことによって、アーデルベルト殿下が決闘裁判を避ける権利です。挑まれた側にはその権利があります」

「なんだそれは。権利と呼べるのか?」


 権利であった。

 少なくとも、こんなにも良い話は無いと、老年の司教は考えていた。

 宮廷事情は知っているし、まあアーデルベルト殿下は死ぬべきであろう。

 これから惨たらしく殺されるのであろう。

 それはそれとして、それに巻き込まれる貴族が何人出ることか。

 幾つの混乱が起きることか。

 それを考えれば、司教にとってはここでアーデルベルトが贖罪金を支払うことを呑むことが最善である。

 だが、同時に。


「要するに罪を認め、謝罪金を辺境伯側に支払うことで決闘を避けることができます」


 まあ、無理であろうことも賢い司教には理解できていた。


「罪を認めろと? 謝罪? 馬鹿を言え、謝罪を受けるのはこちら側だ。今すぐ命乞いをすれば許してやらんでもないぞ、ドミニクとやら」


 裁判の流れも理解していない第二王子とやらに、謝る度量と知恵があるはずもない。

 このまま死ぬであろうな、と嘆息づいた。

 だが、やることはやらねば。

 悲しいかな、決闘裁判の取り仕切りは司教の務めである。

 これが第二王子と辺境伯、両者の名誉を扱っての決闘裁判でなければ、他に押し付けることもできたのだが。

 あいにく、王族がらみとなればそういうわけにもいかぬ。

 それに、火事の時には隣家を壊してでも延焼を止めるのが基本である。

 これからの災害を忌避するのであれば、第二王子とその側近を殺して、それでおしまい。

 それが正しいようにも思えた。

 司教の出来ることは、出来るだけ被害を抑えるだけである。

 決闘裁判の受理と、それによる被害を最小限に留めること。

 ただそれだけ。


「ぬかせ。辺境伯令嬢への無礼、もはや貴様の命を以てしか贖えぬと思え」


 司教の嘆息をよそに、ドミニクが挑発した。

 ドミニクが命乞いをするわけもない。

 命よりも名誉が大事なのが騎士であるのだ。

 殺されても自分の筋を曲げることなどなかった。


「私の命? 何を口走っているのだ貴様は」


 アーデルベルトはドミニクの言葉を、鼻で笑った。

 負けるつもりは皆無。

 仮に負けたとしても、ドミニクの刃が自分の首に刺さることはない。

 何故そんな可能性が有り得ると思うのだ、と勘違いをしている。

 それがゆえの余裕である。

 傍に立つアルバンにとっては、ただの慢心だと軽蔑すべき余裕であった。


「よろしい。贖罪金の支払いを、お前は司教の前で拒んだ。もはや二の弁は許されぬ」


 王が結論だけを口にした。

 王が欲しい結論を。

 予定通りだ。

 何もかも予定通りに進んでいると、王は考えている。


「では互いに前宣誓を行え。やり方はわかるか、ドミニク」


 王はドミニクを気遣った。

 元平民が兵士として戦功を上げ、騎士に成り上がった一代騎士である。

 彼が仮に裁判の流れを知らなかったとしても、無理はない。

 笑うつもりなどなかった。

 それゆえに気遣いをする。


「紋章官から委細を伺っております。抜けがあれば、山出しの騎士だなと笑ってお許しください。それでは前宣誓を」


 ドミニクは裁判の流れを把握している。

 王は微笑んだ。

 可能なれば、この場にてドミニクと紋章官を大いに褒めてやりたいぐらいであるが――裁判の流れに従わなければならない。


「では、王と司教の前にて前宣を誓え」


 ただ、前宣誓を促す。

 ドミニクは王の前に立って、口にした。


「はい。忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕。騎士道を聖なるものとしている王に誓って、私は騎士としての完全な権利により、かつ欺瞞や虚偽なしに、またいかなる狡猾さもなく、第二王子アーデルベルトを訴える」


 堂々とした宣誓をである。

 次に司教の前に立った。


「また主に誓って、私ドミニクは、被告であるアッカーマン辺境伯令嬢たるイザベラが、アカデミーにおける男爵令嬢ローゼマリーへの嫌がらせも暗殺も試みておらず、首謀者でもなければ実行者でもなかった。それを信じることで、それを証明するために決闘裁判にて公平に裁かれる事を望む。我が名誉にかけて」


 おそらくそうなのであろうなあ。

 事実そうなのであろう。

 堂々としたドミニク卿の前宣誓を受けて、司教はそう思った。

 アーデルベルトの評判など、ろくでもないものしか聞こえてこない。

 大方、淫逸に耽る男爵令嬢にアーデルベルトが騙されたのであろう。

 溜め息さえ吐きそうになりながら、それを必死に堪えた。


「次に、アーデルベルト」

「はい?」


 はい、ではない。

 今、ちゃんと裁判の流れに従って、ドミニクが前宣誓を述べたであろうが。

 ザクセン王国の法に則って、儀式を行ったであろうが。

 愚図が。


「前宣誓であろうが。早くせよ」

「アルバン」


 アーデルベルトはアルバンを頼った。

 彼が出来るのは側近に頼ることだけである。

 アルバンが、第二王子の代理であるとばかりに、王の前に立った。

 王は、決闘裁判も、これからの策も、何もかも投げ捨てて。

 癇癪のままに、感情のままに、アーデルベルトをこの場で殴り殺してやろうかと本気で考えた。

 それが出来ないから、アーデルベルトはまだ生きることが許されている。

 前宣誓すらできないのか、この愚図は。

 少なくともアルバンからは、事前に覚えるように言い聞かされていたはずだが。

 それを無視したと思われる。


「――」


 アルバンもその空気は読めている。

 だが、仕方ない。

 一応とはいえ、代理宣誓自体は認められているのだから。

 もちろん代理とは本来当事者が行えない場合に認められるべきであり、五体満足で現場に立っている当事者がいるのに本人がそれをしない例など、聞いたことは無いが。

 ハッキリと殺意をむき出しにしている王を前に、俺を巻き込まないでくれと祈りながらも、アルバンは前宣誓を行う。

 アルバンの前宣誓も堂々としていた。 

 代理ではあったが、ドミニクさえもアルバンの前宣誓には感心した。

 もちろん、アーデルベルトには呆れていたが。


「――」


 次に、司教の前での前宣誓が行われる。

 もちろん代理であるアルバンによって。

 これは王が実の血を分けた息子を殺したくなるのも無理はないと、司教は考えた。

 同時にアルバンに同情する。

 明らかに苦労していそうな青年である。

 はて、この明らかに優秀に見える側近を抱えて、何故第二王子はここまで愚かなのかとも疑問に思えたが。


「よろしい、前宣誓は確かに確認しました。人々が確実に認識していることは裁判官の判断に、人々が知らないことは神判に尋ねよ。主は闇の中に隠されている秘密を明らかに出し、人の心の企みをも明らかにされるであろう。こうして決闘裁判の儀式は為されました」


 司教が決闘裁判を受理した旨を口にする。

 こうして、決闘裁判は始まった。


「神の正しい判決が明らかになるように。父である神と子と精霊の祝福が、勝利者に与えられますように」


 司教が決闘裁判に挑む、互いへの祝福を唱える。

 出来ればドミニク卿に勝って欲しいが、国家の混乱も止めて欲しいものだ。

 そう願いながら。


「真の賢者は、如何に優秀な側近を扱えるかである」


 アーデルベルトがいいわけのような言葉を口にした。

 その場にいるアルバンを含めた誰もが呆れかえっていたが、アーデルベルト本人は本気でそうであると信じていた。

 自己中心的な世界認識をしていた。

 何もかも、教育が悪かった。

 ここにはいない王妃の教育がである。


「……では、私が取り決めた決闘裁判の委細を再度伝える。全ての決闘の場所はコロッセウム、全決闘が行われるのであれば、三ヵ月にかけての長い裁判になるであろう」


 王が威厳を以て、すでに通達済みの内容を口にする。

 これも半ば儀礼的なものであった。

 

「双方に尋ねよう。最初の決闘裁判に挑むのは誰だ?」


 王が先鋒を差し出せと口にした。


「黒騎士ヨルダン」


 ドミニクが、誇らしく名を口にした。

 それに対し、アルバンも答えようとするが、アーデルベルトに手で押さえられる。

 人の名前を口にするくらいの児戯に等しい事ならば、アーデルベルトでも出来た。


「剣士シュテファン」


 アーデルベルトも名を口にして。

 王は少し眉をひそめた。

 やはり、ドミニクには剣闘士を先鋒にする選択をして欲しかった。

 だが、それは宮廷側の都合である。

 それを口にすれば、七人の騎士の誇りを穢すことになる。

 死んでも口にはできない。


「おお、哀れなるヨルダンよ。剣士シュテファンの剣の錆になることを許してやろう」


 アーデルベルトが挑発を口にした。

 ドミニクはそれに答えるべく、何かを口にしようとして――止めた。

 すでに前宣誓は行い、言うべきことは口にしている。

 あとは決闘の上で、正義を証明するだけであった。


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