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第6話 Alban is a spy/アルバンはスパイ


 公爵家。

 ザクセン王国の立ち位置としては、一応は王様の次に偉い地位、と子供ならば答える。

 事実、アレクサンダー王の正妻は公爵家が出自であるわけだし。

 何処に疑問の余地が、となるであろう。

 だが、昨今の貴族事情では異なる。

 ではどこの貴族家が立ち位置として王の次に偉いのか、は別な話になるので置いておくとして。

 ひとまずは結論を出そう。

 公爵家はアレクサンダー王に嫌われていた。

 いや、嫌いというレベルではない。

 それは憎悪に近い物であった。

 そんな中でも足掻く二人がいる。


「兄上!」


 アルバンは眠れぬ夜を過ごした後のように目を充血させながら、叫んだ。

 

「クラウス兄さん! 助けてくれ!!」

「少し静かにしろ。部屋中を貴様の声で埋めるつもりか」


 公爵家の屋敷。

 王城での仕事を終え、ようやく屋敷に帰り着いた兄に弟は口にした。


「はっきり答えてくれ。兄さんは俺を殺すつもりなのか! あのアホ王子ごと、側近を丸ごと皆殺しにするつもりなのは見え見えだぞ!?」

「おや、逆の立場だと思っていたがね」


 第一王子アルミン側近、公爵家嫡男クラウス。

 第二王子アーデルベルト側近、公爵家次男アルバン。

 実のところ。


「お前たちが決闘裁判に勝てれば。そうしてあの阿呆が王になれば、お前が公爵家を相続することも出来よう。私を始末することだって可能だぞ」

「仮に、もしアーデルベルトを担ぐことで俺が公爵家を相続できたとしよう。だが、あの阿呆が国王だと? 冗談じゃない。国が持たん! あの阿呆を担いだ俺ごと、周囲の騎士に反感を買って、よってたかって殺されるのがオチだ!!」


 この二人はそう仲が悪いわけではない。

 むしろ、兄弟そろって公爵家を支えようとする柱石であった。


「わかってるじゃないか。それで、先鋒は間違いなくシュテファンなのだな」


 ただ、普通に兄弟としての会話をするには、クラウスの性格はやや陰湿であった。

 どちらかといえば、アルバンの方が「人が良すぎる」と公爵家では言われるほどである。

 和やかな会話とはいかない。


「間違いない。俺が『ロバの耳』に伝えたことは、すでに兄の耳にも入っているだろうが!」

「念のため確認だ」


 クラウスが椅子に座り、アルバンにも正面に座る様に促す。

 アルバンは嫌がったが、それに応じた。

 兄の真意を早く知りたかった。


「教えてくれ、兄さん。兄さんはひょっとして俺を殺すつもりか? 最悪それでも良いと思っているのか?」

「そのつもりはない。だが、少しぐらいは覚悟しておけ。うっかり殺してしまっても仕方あるまい」


 クラウスは考えている。

 さて、アルバンをどうしたものかと。

 アルバンはよくやった。

 今までよくやってきた。

 具体的には、公爵家がアーデルベルトに差し出した側近と言う名の生贄。

 同時に、王家側のスパイとして。

 大事な、とても大事な辺境伯の令嬢であるイザベラの身が傷つかぬようにする配慮もした。

 ローゼマリー嬢とかいう、簡単に股を開きそうな女をアーデルベルトに宛がってもやった。

 まさか、その女が嘘をついてイザベラ嬢の名誉を貶めようとするとは思わなかったが。


「兄さん!」

「お前も無罪とはいえない。止めようとは思わなかったのか?」

「あの阿呆の行動をコントロールできる立場じゃないだろうが!?」


 無罪であるイザベラ嬢の罪、その捏造された証拠証言をアーデルベルトに提出した者。

 それはアルバンではある。

 だが、これもやりたくてやったわけではない。

 貞淑なイザベラ辺境伯令嬢が無罪であることなど承知している。

 証拠・証言を捏造した行為に、アルバンは全く関わっていない。

 ないが、第二王子の側近が揃いも揃って提出してきた証拠を全て虚偽だと跳ね除けることも、またアルバンにはできなかった。

 ここでイザベラの擁護をすればだ。

 第二王子の側近から不信を買う。

 何故、アルバンはそのような事を、イザベラ嬢を庇うようなことを、と。

 スパイなのに、疑われるような行為をできるわけがない。


「イザベラ嬢を庇えば、俺が今まで公爵家のために、あの王太子を僭称する阿呆を破滅させるために数年かけて積み上げてきたことが、全て台無しになるだろうが!」

「まあ、それはそうだな」


 クラウスはもちろん、承知している。

 アルバンは裏切ってはいない。

 今まで、アーデルベルトの動向全てを「ロバの耳」に詳細に報告――愚痴混じりに――してきた内容に嘘はなかったからだ。

 だが、しかしだ。


「戦勝式のパーティーにおいて、イザベラ嬢にありもしない誹謗中傷をした行為。これを止められなかったことは、お前が混ざっていたことは罪だ」


 汝、罪ありき。

 そう言いたげに、クラウスは弟の顔を指さす。

 アルバンはこの宣告を避けなかった。


「わかっている。事情があったとはいえ、行為に関わったことは事実。これについてイザベラ嬢には後日公式に謝罪するつもりであるし、彼女が気に食わぬと言えば、それ相応の罪は背負おう」

「わかっているならば、よい」


 まあ、イザベラ嬢にはクラウスから理解を求めるつもりだった。

 状況的にアルバンだけはどうしようもなかったと。

 彼女も毅然としてこそいるが、優しい性格をしているので許すだろう。

 辺境伯家に謝罪金を積む必要はあるかもしれないが、大した出費ではない。

 どうせ、アレクサンダー王が必要経費であったと認めて出してくれるだろう。


「再度尋ねる。兄さんは俺を殺すつもりなのか? ここまで公爵家に尽くしてきた俺を?」

「そのつもりはない。もし決闘裁判にお前が選出された場合、必ずや阻止しよう。どんな手を使ってでも」

「本当に?」


 アルバンは疑念の視線を隠せないでいる。

 こんな不快なウェットワーク(濡れ仕事)を長年させられた挙げ句、殺されたらたまったものではない。

 そう言いたげに。


「そもそも、お前が不幸を背負っているのは俺のせいじゃない」

「ああ、そうだよ。あの王妃のせいだよ。イカれたクソババアのせいだ。なんでよりにもよって、俺をあの阿呆の側近なんぞに指名しやがった!」

「第一王子の側近が嫡男とあらば、第二王子の側近はせめてそのスペア。当然の流れだ」


 運が悪かったな。

 そう言いたげに、クラウスは自分の手ずからに用意されていた茶を入れた。

 

「俺を憎むのは筋違いだ。せめて、アーデルベルトが仕えるに値する主君であればよかったがな」

「仕える価値があるか、あんな阿呆。俺の次の役職は保証してくれるんだろうな」


 アルバンは、ここで「次の役職」と口にした。

 もはや決闘裁判の決着は見えている。

 そう言いたげに。


「血族である第四王子ブルーノの側近として仕えるか。あるいは王都が嫌ならば、領地をちゃんと配分してやる。その新領主様だ。悪くない報酬であろう?」


 クラウスは、ここで弟に茶と菓子を差し出した。

 この茶と菓子に毒はない。

 これでも弟に不自由させたとは思っていた。


「俺の騎士としての初陣は? あの阿呆に従った結果、まだやってないんだぞ!?」

「それもちゃんと用意してやる。敵国家との戦は終わったばかりなので、残念ながら賊退治への出陣がせいぜいであろうが――」


 賊退治かよ、とアルバンは不満を漏らした。

 賊退治も統治において大事な仕事だぞ、とクラウスは答えた。

 ふと、アルバンが子供の頃に「騎士ごっこ」と称して屋敷で飼っている犬の背に乗っていたことを思いだす。

 その犬も、もう寿命で亡くなってしまった。

 あの時ばかりはアルバンがいい年して、ワンワンと子供のように泣いていたことを思いだす。

 この弟は、少々「お人よし」であった。

 だから不遇を背負うのだ。

 そういう運命をしている。

 クラウスが無理やりに背負わせた運命では決してなかった。

 だから、アルバンが不幸なのは兄のせいではないと断言できる。

 アルミン王太子いわく「お前は人が悪いな」とよく言われることを、クラウスは思い出していた。


「ところで、決闘裁判。お前は負けると踏んでいるのだな」

「負けるね」


 アルバンは断言している。


「アイツらは決闘を舐めている。アカデミーの試合レベル自体がそもそも低い。あんなものはお遊戯だ」

「それでもシュテファンは剣術大会優勝者なのだろう? そこに変わりはない」

「それはそうだ。俺でさえ敵わぬ」


 これでもアルバンは騎士としての素質があった。

 「騎士ごっこ」をしていた幼少の頃から一流の騎士になることが憧れで、公爵家の練兵場にもよく出入りをしていた。

 騎士や兵に良く可愛がられていたことも、覚えている。

 良い意味(息子のように)でも、悪い意味(騎士として育てるためのかわいがり)でもだ。

 だから、そうして育ったアルバンの騎士としての腕前は一流のものなのだ。

 そのアルバンが勝てない相手がシュテファンである。


「でも、剣術に限ってだぞ? 木剣でだぞ? ファーストブラッドでさえない約束組手だぞ?」

「練習試合は大事だ」


 クラウスは真面目な顔でそう呟いた。

 懸念がある。

 ひょっとして、ドミニク卿は。

 七人の騎士側は先鋒を捨て試合と考えていないのだろうかと。

 まずは一人殺してでも、相手の実力を把握することが最上と考えていないだろうか。

 死に番としてすら見ていないだろうか。

 逆である。

 宮廷事情からすれば全くの逆。

 先鋒にコロッセウムに慣れた「剣闘士殿」という札を切って欲しかった。

 彼ならば、確実にシュテファンに勝てる。


「剣闘士殿でなくとも勝てるさ」

「何故そんなことが言える?」


 クラウスの心を読んだようにして、アルバンが言い切る。

 クラウスが狙っているのは、まず「剣闘士殿」の大勝利を喧伝してでの圧力であった。

 アーデルベルトに正義無し。

 第二王子を担いでも益なし。

 命どころか名誉も失うぞ。

 そういった噂を「ロバの耳」を通して流す。

 そうすれば、如何にアーデルベルトが足掻こうと、あの鬱陶しい「イカレたババア」の王妃が動こうとも。

 第二王子派閥に英傑など集まらぬ。

 そうすれば、決闘裁判の結末は決まっていた。

 だから、「剣闘士殿」だ。

 あの札を切って欲しい。

 だが。


「シュテファンは本当にアカデミーのチャンピオンでしかない。『えげつない』手段を知らない」


 取っ組み合いで耳を引き千切られたこともない。

 目玉を指で突かれたこともない。

 絡め手で指をへし折られたこともない。

 『痛み』を知らぬ騎士が、どうして『痛み』を知る騎士に勝てようか。

 アルバンはそう考えている。


「おそらく先鋒は『黒騎士ヨルダン』であろうよ。シュテファンにとって最悪の相手だ」


 アルバンはあの愚かしき断罪パーティーに参加している。

 ゆえに、誰が先鋒であるかを、ある程度確信している。


「何故そう思う?」


 クラウスは尋ねた。

 アルバンは語らぬ。

 菓子と茶を口にしていたからだ。

 アルバンは食事中に喋り、口から食事をこぼすほどの下品ではなかった。

 だから、待つ。

 仕方なくも待ち、アルバンが菓子を食い終えるのを待ってから。

 アルバンはゆっくりと食事を終え、毒は入っていないよな、と兄を疑う失礼な眼で。


「ドミニク卿が言いださなければ、次にイザベラ嬢を庇っていたのは黒騎士だぜ?」


 と言葉を吐く。

 イザベラ嬢を侮辱している間、殺したくて殺したくて仕方ない目で、こちらを睨んでいたと。

 アルバンはパーティーに参加していた立場として、口にする。

 答えになっていない。

 黒騎士ヨルダンがシュテファンに勝てる答えにはなっていなかった。

 続いて問いただそうとするが、アルバンの目はそれを拒否していた。


「試合を見ればわかる。黒騎士殿が何故勝てるのかは、騎士なれば当然わかる」


 とだけ口にして。

 「お人好し」のアルバンは、クラウスの口から自身の安全が確約されたことにほっとして。

 眠れぬ夜を終わらせて、自室に帰り、ベッドに身を沈めた。



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