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第5話 offering a cup/献杯


「――まずは献杯を」


 誰に?

 問うまでもない、アッカーマン辺境伯にである。

 こうして我ら七人の騎士が決闘裁判に挑み、イザベラ嬢の名誉を守ることになった理由。

 彼への献杯以外にあり得なかった。

 各々がワインの入ったグラスを掲げ、それを一息に飲み干す。

 飲み干して――話が始まった。


「誰が話の進行役を務める?」


 主導権を握るのは誰か。

 我ら七人の騎士における取りまとめ役は誰ぞ?

 騎士が七人も集まれば、自然そういう話になるが。


「ドミニク卿がよろしかろう。最初に決闘裁判を言いだしたのは卿であるぞ?」


 処刑人がそう告げた。

 特に反対意見もないようであったが、ドミニクは口にする。


「第二王子の名前も宴席まで、本気で知らなかった者でも構わぬのか? とんでもない間抜けかもしれぬぞ」


 冗談をである。

 くすくすと剣闘士や傭兵が笑うが、他は真面目な顔をしている。

 冗談を口にした、当のドミニクも含めてである。


「他にもまとめ役に相応しい者はいるだろう。たとえば城内の事は紋章官殿が一番詳しかろう。あるいは、この中で一番位階の高い処刑人殿か」

「私には政治がわからぬ」


 処刑人が、仏頂面のまま口にした。

 どうも彼の性格は不器用かつ生真面目であるようだ。

 その職務ゆえに他貴族との関わりが少なく、宴席でも何処かぎこちない。

 そして、もう一人名前の挙がった物が口にする。


「では、取りまとめ役はドミニク卿。この紋章官めは敵方の情報について、わからぬことがあった際の説明進行役をさせて頂きたく」

「つまり補佐か。それが一番よかろう。私など王都の城内に入る事さえ、あのパーティーが初めてであったのだから」


 領主騎士が、賛同の声を上げた。

 東方領地での開拓に明け暮れる日々を送っている彼が、城内に詳しいわけもなかった。

 登城権だって、当然のように持っていない。


「――取りまとめ役はドミニク卿。補佐は紋章官殿。それでよろしい。では話を始める前に、一つ失礼ながら意見が」


 陪臣騎士が手を挙げて、意見があると意思を示した。


「何か?」

「紋章官殿も決闘裁判に参加されるおつもりか? もちろん、貴方を一人の騎士として侮辱しての発言でないことはご賢察頂きたい。荒事なれば他の者に任せてもよいのではなかろうか?」


 それは七名の内、幾人かが内心思っていたことでもある。

 言い方次第では侮辱になるがゆえに、控えていた言葉でもあったが。

 陪臣騎士にとっては、主君の娘であるイザベラ嬢の名誉がかかっている。

 どうしても勝たねばならぬ裁判であった。

 陪臣騎士は、辺境伯家の騎士を呼び寄せることが可能である。


「つまり、誰かほかに代役を立てろと? それについてはご安心くださいというべきでしょう」

「――腕に覚えがあると?」


 懐疑的な視線。

 一人の騎士として名乗りを上げてくれた彼に対しては、あまりに失礼ではなかろうか。

 侮辱に繋がらないかを恐れつつも、陪臣騎士はそれを投げかける。


「確かに私が参陣した理由は、敵国家との交渉役としてです。アッカーマン辺境伯のご遺体の返還要請も、私が行いました。今回はその由縁での名乗りです。ですが――」

「ですが?」

「陪臣騎士殿は知らんだろうが、私は戦場で彼を幾度も観たぞ」


 ドミニクがそう口にした。

 紋章官への擁護ではない。

 ドミニクは嘘を言わぬし、戦場で見知った顔は確かに覚えている。

 ゆえに、単なる事実である。


「一騎士としても戦場に何度も参陣しております。足手まといにはならぬかと」

「これは大変な失礼をした」


 陪臣騎士が頭を下げた。

 そのような礼は不要である、とばかりに紋章官は軽い笑みを浮かべている。


「少し、礼儀がかたっくるしいな。同じ底辺を這いずり回っている騎士同士仲良くしようぜ」


 ぶっきらぼうに傭兵が言う。

 厳密に言えば、この中でも王国における処刑人の俸禄や位階自体はかなり上なのであるが、傭兵はあえてそれを無視した。

 処刑人が職務ゆえに嫌われていることは事実であるからだ。


「そこの傭兵殿の仰るとおりだ」


 一番地位の高い処刑人が先陣を切って同意した。

 誰もがそうすべきだと思っていた。

 しかし、お互いの敬意を無視してはならぬがゆえに、口にしなかっただけである。

 

「お二人の言うこと、ごもっともである。感謝を。これより決闘裁判を果たすまで、我らは戦友のみならず盟友である。願わくば、これを機に悠久の繋がりがあらんことを望む」


 ドミニクが話をそうまとめた。

 陪臣騎士の懸念は晴れた。

 七人の絆も深まった。

 本題はこれからであった。

 こうして集まった理由は、何も親交を深めるためではない。

 彼を知り己を知れば百戦殆からず。

 敵と味方、両方の情勢を知っておくためである。


「さて、アーデルベルトの動向がわかる者は? この中に誰かいるのか?」

「私が把握しております」


 紋章官が名乗りを上げた。


「今回のみならず、動向調査に関しては今後とも私に担当を一任ください」

「任せた」


 とあれば、紋章官殿が決闘裁判に挑むとあれば、最後も最後であるな。

 最後の一人か、もう調査の必要もなくなった時点か。

 勝ち負けはさておいて、死んでしまったり怪我をしたりしては調査もできぬ。

 ドミニクはそう考えた。


「さて――」


 ここで紋章官は、何を口にすべきかを考えた。

 紋章官は、「ロバの耳」という少し間抜けな名前の――どうもアレクサンダー王にネーミングセンスは無いらしいと踏んでいる。

 誰もがそんな感想を抱いている諜報機関に、彼は務めている。

 アレクサンダー王が何をしたいのかも、何を望んでいるのかも把握している。

 だから、ここで口にできることは幾らでもあったが。

 教える情報については、取捨選択をしなければならぬ。


「何からお話しするべきか――」


 アレクサンダー王が、決闘裁判に勝利の暁には格別の褒美を全員に配ろうとしていること?

 言う必要などない。

 ここにいる七人の騎士は、そのようなことを求めて集まったわけではない。

 名誉欲ならあるかもしれないが、金が欲しくてこのようなことをしているわけではなかった。

 アッカーマン辺境伯の娘の名誉を守るために、ここにいるのだ。

 だから、ここで褒美の事など口にしては、紋章官が軽蔑を受けるだろう。

 その話は全てが終わった後に、王からしてもらえばよかった。


「少し迷っています。考えをまとめるためにお待ちを」


 では、アレクサンダー王がアーデルベルトを殺したくて殺したくて仕方ないこと?

 我らの味方であること。

 これを告げることも違うだろう。

 ここで王による介入が少しでも懸念されるならば、口にする必要があっただろうが。

 その心配は欠片もない。

 むしろ、余計な援護を入れられれば、ここにいる七人の騎士は自身を含めて気分を害するであろう。

 私たちは暗殺者ではない。

 確かに国家と王に忠誠を誓ってはいるが、犬畜生とは違う。

 騎士としての名誉と誇りをもってして、決闘裁判に挑むのだから。

 決闘裁判以外のことで王が如何に動こうが構いはしないが、神聖な裁判の邪魔はして欲しくない。


「……」


 要するに、宮廷事情については、ここで何も説明するべきではなかった。

 口にすれば、邪が混じる。

 決闘裁判における穢れのようなもので、かえって意気を消沈させる情報に過ぎぬ。

 だから、紋章官は言葉を選んでいた。

 考えて、考えて、宮廷事情は何も話さないことにした。

 必要なのは、決闘裁判についての内容と、敵であるアーデルベルトの情勢だけ。


「まず、決闘裁判の日程ですが、三か月にわたって行われると思われます」

「長いな。どうにか一週間程度で済まぬか? 息子は領地にいるが、統治を務めるにはまだ幼い」


 長い、と口にしたのは領主騎士である。

 当然である。

 彼は開拓領地を守護している立場であり、戦が終われば本来すぐにでも帰るつもりであった。

 それが分かるがゆえに、紋章官も言葉を濁す。

 

「このように神聖な決闘裁判には、王族ではなく教会の許可も必要です。すぐには……」

「辺境伯家から、信頼できる代官を送るとしよう。すぐにでも伝達する」


 ここで陪臣騎士が救いの手を差し伸べた。

 助かる、と領主騎士が口にする。


「決闘裁判の場所はおそらく王都のコロッセウムにて行われることになるかと。剣闘士殿はよくご存じですよね?」

「嫌と言う程な」


 剣闘士が曖昧に笑う。

 別に、好んで剣闘士なんてやっているわけではないのだと言いたげに。


「日程は、コロッセウムにおいて剣闘試合、騎士の訓練がない日取りを選んで行われることになりましょう」

「決闘方法は? ファースト・ブラッド(先に血を流した方の負け)か?」

「いえ――デッド・オア・アライブ(生死問わず)です」


 ほう、と話を聞いていた六名が感心するように息を漏らした。

 おそらくはファースト・ブラッドになるだろうと考えていたためだ。

 理由は、アーデルベルトが仮にも王族であるから。

 凄惨な試合は行われないと考えていたのだ。

 もちろん、そう考えたのは「王がアーデルベルトとその側近の死を望んでいる」ことを知る、紋章官を除いてである。


「武器の指定もありません。得意武器をお使いください。剣でも鎗でも網でも結構」

「それは助かる」


 傭兵が嬉しそうに頷いた。

 自由な武器を使えるからではない。

 指定武器を用意する金がないからだ。

 別に、アレクサンダー王が喜んで支払ってくれるだろうが、とは漏らさずに紋章官は話を続ける。

 ドミニクの質問があったからだ。


「敵方の、アーデルベルトの先鋒は?」

「シュテファン」


 紋章官が名を口にする。

 口にして、これだけでは全然足らぬなと考えた。

 

「知らんな。誰か知っているか?」


 ドミニクは知らない。

 戦場で見たことがないからだ。

 初陣にも出たことがない、王立学園アカデミーにおける剣術大会優勝者の名前など知る由がなかった。

 なんなら、紋章官さえも良く知らない。

 アカデミーに潜入している「ロバの耳」からの情報しかなかった。


「王立学園の剣術大会優勝者のようです。初陣は済ませておりません」

「では知らんな」


 ドミニクはあっさりと諦めた。

 他の面々も、戦場に出ないものなど知るわけがないという顔をしている。

 まあ、紋章官でさえ知るわけがないのに、他の人間が知るわけなかった。

 それはそれとして。


「だが、強いのだろう?」


 戦場経験者ではないといえ、優勝者は優勝者だ。

 戦場経験などないが強い剣士などいくらでもいるぞ、とばかりに剣闘士が尋ねた。

 たとえ著名でなくても、チャンピオンはチャンピオンである。

 

「ここにいる各々の実力全ては把握しておりません。ですが、剣術という点ではこの中の誰よりも勝るでしょう」


 また紋章官もシュテファンを舐めるつもりはなかった。

 「ロバの耳」の報告書にも「敵を舐めるべからず」と記されている。

 そう記されるまでもない。

 敵を侮るのは馬鹿のやることである。

 はっきりと、少なくとも剣術の技量では、誰よりも優れていると告げるべきであった。

 ザクセン王国最高クラスと考えて差し支えないと。


「なるほど、敵は先鋒から本気と言うわけだ」


 ドミニクは笑っている。

 覚悟はしていた。

 アーデルベルトは愚劣だが、とはいえ王族を敵に回しているのである。

 ザクセン王国中から英傑を集められることさえ覚悟はしていた。

 そして、それはドミニク以外も同様。

 そのようなことで怯えるならば騎士ではなかった。


「こちらは誰が先鋒に出るべきだと思う? もちろん、紋章官殿を除いてだ」


 紋章官殿には調査の仕事がある。

 ドミニクがそう呟くと、心得ているとばかりに誰もが頷いた。

 紋章官も自分の仕事は弁えているので、とりあえず言葉に甘えることにした。

 まずは剣闘士が手を挙げようとして――


「私が行こう」


 その手を抑えて、名乗り出たのは傭兵ゼルトナーであった。

 確かに騎士ではあるが、額ほどの領地さえ持たぬ黒騎士。

 錆防止の黒墨を鎧に塗りたくったがゆえに、黒騎士と呼ばれる存在である。


「うん」


 ドミニクは頷いた。

 まずは多くを問うべきではなく、頷くのが礼儀であるからだ。

 ゆえに頷いてから――静かに理由を問うた。


「名乗り出た理由は?」

「自分より強い剣士と戦ったことなど腐るほどあるからだ。慣れている。それに――ここで剣闘士殿という札を切るのはあまりにも勿体ない。私より強いのだろう?」


 傭兵が尋ねた。

 剣闘士は否定しなかった。

 

「後に、もっと強者が出てくる可能性は高い。ひとまず、私が死に番を務めよう。これで相手の実力の程度が知れるはずだ」

「……死んでくれるか、傭兵殿」

「もちろん」


 ドミニクの問いに、傭兵は笑顔で答えた。


「それでは、そろそろ名を聞いておくとしよう。傭兵殿、名前は?」

「ヨルダンだ。黒騎士ヨルダンと呼んでもらって差し支えない。ドミニク卿」


 ドミニクと黒騎士ヨルダンが握手をした。

 ドミニクは、この黒騎士が何故この決闘に参加したのか。

 辺境伯とはどのような由縁があって、死さえも覚悟して決闘裁判に名乗り出たかは尋ねなかった。

 それが無粋であることは、言うまでもなかったからだ。

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