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第4話 aide alban/補佐官アルバン


 第二王子の執務室。

 ――但しザクセン王国の宮殿にある執務室、ではない。

 第二王子アーデルベルトは宮殿に執務室を与えられていなかった。

 それどころか、確かに王族でありながら寝室さえもない。

 厳密に言えば14歳の成人の儀式まではあったが、今ではすでに別な用途に転用されていた。

 王太子アルミンの側近が宮殿にて仕事を行うための、執務室兼寝室と化している。

 14歳の時に、アーデルベルトが初陣式を拒んだ際に父であるアレクサンダーが怒り狂ったのだ。

 もはや貴様には王族どころか貴種たる資格がない、と。

 城にも宮殿にもいる資格などないと。

 幼少のみぎり、犬猫をいたぶるように湖に沈めているのを見咎めた際に、お前を湖に沈めて殺しておくべきだったと。

 自分が同じ行為を受けても他者の苦しみを理解することが出来ず、反省しない輩であれば、もはやどうしようもない愚劣な生き物であったのだからと。

 いわゆる国家追放を受けたのだ。

 アーデルベルトを酷く殴りつけ、王城から叩き出そうとした。

 そこを庇ってくださったのが、王の正妻である――「正統にして本当の貴種である」王妃たる母であった。


「もはや王族が戦場に出ること自体が時代遅れです。この子は責任もって私が王立学園アカデミーにて教育します。貴方の世話や教育など受けませぬ。それとも――公爵家と争ってでもこの子を虐げますか?」


 と。

 さすがに、王である父であろうとも、王妃にして公爵家が出自の母の言葉は拒めなかった。

 拒めるはずがない。

 王妃の出自である公爵家を粗略にし、敵に回したとあっては正常な国家運営などままならない。

 隙を突かれて、敵対国家の侵略さえ招くことになるであろう。

 愚かな父アレクサンダーはぐうの音も出ずに、私を追放しようとした手を止め、アカデミーに預けた。

 私の寝室も、執務室も、新たにアカデミーにて与えられることになったのだ。

 アカデミーでの生活は楽しかった。

 私たちの誇らしいアカデミーの側近が侍り、何処に行っても私を立ててくれた。

 初陣式を拒んだ私を酷く侮蔑した目で見る、王城の騎士達とは大違いであった。

 私同様、長男のスペアとしての扱いを受け、賢くも戦場に出ることを避けた次男三男たちは。

 確かにスペアではあるが、公爵家や伯爵家の名家出身である確かなものであった。

 誰もが私に忠誠を誓ってくれた。

 もちろん、不満はある。

 あの父が出陣するとあれば、必ずや傍にいようとするアルミン兄様。

 いや、あの余命いくばくもない「足無し」を「兄様」などと呼ぶ必要など、もはやない。

 父アレクサンダーはあの「戦馬鹿」などを好んで、私には見向きもしなかった。

 いくら次男とはいえ、王位継承権は第二位であるとはいえ、正妻たる王妃の子である私を、このアーデルベルトをだ。

 何の価値もない虫けらのような目でしか、今まで見ようとしなかった。

 代わりに愛したのは、戦場にて敵騎士を打ち破ったことさえある女騎士。

 伯爵家の娘にすぎぬ第二夫人の第一子、アルミンであった。

 女だてらに戦場にでる「正統たりえない戦馬鹿の女騎士」、その息子もまた戦馬鹿よ。

 とうとう戦で両足を失いやがった。

 敵の罠に嵌まった父を庇って、戦傷を負って膿んだ両足を切り落としたのだ。

 馬鹿な奴だ。

 愚かとしかいいようがなかった。

 そのまま父を見捨てれば、あのアルミンがそのまま王になる目もあったであろうに。

 そんなことも脳裏に浮かばない、ろくに計算もできない戦馬鹿であるのだ。

 アルミンが王位を継ぐ目はもうない。

 絶えた。

 もうすぐ死ぬであろう。

 医師に弟として心配そうな顔を装って尋ねてやれば、あと三か月も保たぬとのことであった。

 愉快な気分であった。

 恍惚としていた。

 やはり、王族が戦場に出る必要などないといった母が正しいのだ。

 今までは、私はアカデミーに追放された立場であった。

 だが代わる。

 あの「足無しのアルミン」の寝室も執務室も奪い取ってやろう。

 どうせもうすぐ「いなくなる」のだから。

 ああ、もちろんアイツの側近も全て追放してやる。

 「いなく」してやろう。

 長男から三男四男まで、あるいは元平民までおり出自さえ問わぬ。

 亡命者の敵貴族までがいる。

 誰一人としてくだらぬ者である。

 「正統」たる貴種とは言えぬ。

 全員を、私がかつて王城から追放されたように、逆に追放してやるとしよう。

 王城から叩き出したのちは、追っ手として暗殺者を放つのも良いな。

 満面の笑みである。

 アーデルベルトは満面の笑みでそんな妄想に耽りながら、自分にとって輝かしい未来を思い浮かべていた。

 ザクセン王国の第二王位継承者として新たな王太子の座に着き、将来は国王になる夢を。

 戦馬鹿の愚王アレクサンダーとは違い、賢王アーデルベルトとして称えられる夢を見ていた。

 アカデミーにて特別に与えられたアーデルベルトの執務室にて。

 そんな時に――邪魔をする声が。


「今、なんとおっしゃいましたか?」


 青い顔をしている。

 青い顔の男が眼前に立っていた。

 公爵家の次男、アルバンであった。

 私を今まで本当に良く立ててくれた。

 優秀な側近であり、我が正当な婚約者であるローゼマリー嬢を紹介してくれたのもアルバンである。

 ローゼマリーを迫害する元婚約者イザベラ――父である辺境伯が亡くなった今、何の価値もない婚約者。

 彼女の悪事の証拠や証言を揃えてくれたのも、主にアルバンである。

 公爵家長男のクラウスと比較されて、さぞかし今まで辛い思いをし続けたであろう。

 大丈夫だ。

 あの戦馬鹿アルミンの側近であるクラウスなど、このアーデルベルトは重用せぬ。

 公爵家を継ぐのはお前だ、アルバン。

 私が国王の座に着けば、どうとでもなる。

 

「なんだ、心配する必要はないぞ、アルバン。婚約破棄自体は確かに認められ、お前が紹介してくれたローゼマリーを正式な婚約者として迎え――」


 そこまで口にしようとして。

 違う、とばかりにアルバンはかぶりを振った。


「私がお聞きしているのは、決闘裁判にてアレクサンダー王の名を使っての人材集めが出来ぬと言うことです!」

「なんだ、そんなことか」


 私はため息を吐いた。

 なるほど、確かにそれは懸念材料である。

 アルバンは賢い。

 最初は私も懸念を示した。

 ザクセン王国中から、父の名を使って英傑を集めることはできぬ。

 それだけは許さぬと拒否を受けた。

 だが、なんだ。


「確かに、少し決闘裁判の条件が厳しくなったな、それで?」

「それで、と申しますと?」

「父の名を使えないだけであろうが」


 確か、父はアカデミー時代の側近がいるだろう? そちらでも頼れと口にした。

 だからだ。


「アルバン、冷静になって考えろ。父は『自分の力で成し遂げろ』と口にしたのだ」

「そうお聞きしています」


 アルバンの顔は青いままである。

 何を心配しているのだ?


「あの戦馬鹿の王太子たるアルミンが亡くなることが決定している今、次の王太子は誰だ?」

「アーデルベルト様でございます」


 アルバンは青い顔のまま口にした。

 受け答えはしっかりしているので、それほど心配する必要もないか。

 アーデルベルトはそう考えて続けた。


「第二王位継承者である私が、次の王太子である私が『自分の力で』、英傑を集めることには何も問題ないと言ったも同様であろうが」

「……」


 アルバンは考えている。

 考えて、考えて、悩んでいるようであった。

 何を悩んでいるのだ?

 アーデルベルトは本当に不思議で仕方なかった。


「ましてや、私が王太子となったからには、公爵家を継ぐのはお前だアルバン」

「それはそうです。そのつもりでした」


 アルバンが、こくこくと頷く。

 そうであろう、そうであろう。

 公爵家が出自の「正統にして本当の貴種である」王妃たる母も常々口にしているのだ。

 アルミンなどに傅く愚かな公爵家嫡男クラウスなど信用できぬと。

 アーデルベルト、お前の側近たるアルバンに公爵家を継がせる準備は整えておるのだぞと。


「次の王太子である私と、次の公爵家後継者たるアルバン、私とお前が力を合わせて英傑を集めることは何も咎められておらぬ。何、あの父が、戦馬鹿の愚王が何を言い出そうとも、王妃の母が何とかしてくれよう」

「……」


 アルバンは悩んでいる。

 まだ顔は青ざめている。

 何を考えているのか、何を心配しているのか、このアーデルベルトにはわからぬ。


「英傑を集めよう。決闘裁判にて、あの見苦しい底辺たる七人の騎士を惨めに殺せる騎士をだ。まあ、敗北を認めたうえでの命乞いぐらいは聞いてやってもよいがな。次の王太子が狭量と言われてはかなわぬ」


 アーデルベルトは増長していた。

 対して、アルバンの顔は青ざめたままである。

 そこに、割り込むような声がかかった。


「アーデルベルト様。いえ、『王太子殿下』、その英傑の中に私を加えて頂くわけには参りませんか?」


 声をあげたのは、アーデルベルトの側近の一人である。

 アカデミーの剣術大会で優勝できるほどの優れたる者。

 立場こそ低いが、その剣の腕から側近に置いている男爵家の三男たるシュテファンであった。


「英傑を集めるのは簡単だが――そうだな。一人くらいはそれもいいな」


 そうだ、そうしよう。

 元より、アーデルベルトはアカデミー出身者を一人ぐらいは決闘裁判に加えることを考えていた。

 当然、それは剣術大会での優勝者たるシュテファンである。

 アカデミーという公爵家が作り上げた、特別な高等教育機関で鍛え上げられたる最優等生である。


「やってくれるか、シュテファン」

「アーデルベルト『王太子』様の命令とあればいかようにも」


 シュテファンが如何にもわざとらしく、へりくだって答えた。

 その様子をアーデルベルトは気に入った。


「さて、お前の相手は誰になるのかな。事前に調べておこうか?」

「どれもこれも大した相手ではありませぬ。その必要はありませんよ」


 自信をもってシュテファンは答えた。

 それが自分の明るい未来を指しているようで、アーデルベルトは一層愉快になった。


「ふふふ、お前の相手をするやつは大層可哀想な目に遭うだろうなあ」

「大丈夫です。己の立場も弁えぬ哀れな底辺騎士、命乞いぐらいは認めてやりましょうぞ」


 シュテファンのいよいよもって頼もしい答えに、アーデルベルトは笑った。

 手を叩いて笑った。


「いいだろう、まずはお前に先鋒を務めさせよう。アルバン、その間にゆっくりと我々は我々の権力を用いて、ザクセン王国中の英傑を集めようではないか」

「承知いたしました」


 愉快そうなアーデルベルトに、アルバンは答える。

 姿勢正しく、失礼の欠片もないように。

 ただ、その顔色は青いままであった。


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