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第3話 Crown prince's wish/王太子の願い


 ザクセン王国の第一王子アルミン。

 彼には両足が無い。

 戦傷である。

 彼の父親であるアレクサンダーが敵国の卑怯な罠に嵌まった際に、それを救うため側近を率い吶喊し、父の命を救う代償として戦傷を負った。

 両足を槍兵に刻まれたのである。

 傷は膿み、国家最高の医師を集めても癒やすことはできず。 

 結果、両足を切断した。

 それでも良いと父アレクサンダーは考えた。

 いいのだ、足がなくとも、生きてくれさえすればそれでよい。

 治世は行える。

 アルミンの勇気など今更証明しなくとも、誰もが認めている。

 思えばアレクサンダーが前線に出る戦の傍らには、常にアルミンがいた。

 誰もが彼の傍に侍る事を誉れとして、死など恐れず、戦場を供にしたことを自慢話として語った。

 アレクサンダーにとっては敵方である公爵家――正妻の出自ではあるが、もはや誰が見ても国家運営上の障害でしかない。

 その公爵家の令息たる長男すらも、側近として魅了するほどであったのだ。

 だが、残酷な世界は許さぬ。

 アルミンが王として戴冠する日が訪れることを許さぬ。


「アルミンは?」


 宮殿における第一王子の寝室前にて。

 アレクサンダーは、扉の前に立つ従者に尋ねた。


「仕事を」


 喉が詰まりそうな。

 今にも胸が張り裂けそうな声色で、従者は口にした。


「寝室にて仕事をしておられます。ザクセン王国のために」


 従者の目からは涙さえ零れそうであった。

 代われるものなら代わってあげたい。

 何故、アルミン王太子がこのような運命に合わねばならぬのか。

 そんな、苦悶の表情であった。

 

「そうか」


 アレクサンダーは、従者の肩を叩いた。

 友人のように気安く、ではない。

 お前の気持ちは痛いほど判ると、相哀れむ気持ちで叩いたのだ。

 嗚呼、神よ。

 高貴なる神よ、何故このような運命をアルミンに。

 父を救うことが罪だったのでも言うのか。

 両足を失ったアルミンは、やがて病に伏した。

 我が国の医療技術では、あと余命五年も生きられぬと。

 足は人にとって第二の心臓ともいえる物なのですと。

 そう医者に口にされたのは五年前。

 もう余命は尽き果てていた。

 何の罪もない王国最高の医者を、アレクサンダーは思わず殴り飛ばしそうになったほどの絶望である。

 任せられるはずであった。

 我が国家の全てを任せるに値する英傑であった。

 誰もが――そう、誰もが。

 あのおぞましき正妻の第二子、アルミンにとっては異母兄弟である第四王子でさえアルミンを尊敬していた。

 心の底からの尊敬であった。

 通常、ザクセン王国では14歳が初陣である。

 だが、第四王子は10歳にて初陣を望んだ。

 少しでも、少しでも、アルミン兄様の負担を減らしたいのですと。

 ザクセン王国の将来が明るければ、アルミン兄様の心も安らいでくださるでしょうと。

 お願いですから我が初陣式を認めてくださいと。

 出来れば、これからの仕事の分担もと。

 私にできることなら薪割りでも、暖炉の煤払いでもなんでもしますからと。

 必死に頭を下げて、アレクサンダーに嘆願したのだ。

 それほどの男がアルミンであった。


「おお」


 両手で顔を抑える。

 これからアルミンに出会うのだ。

 笑顔でなくてはならない。

 笑顔でなくては、アルミンを心配させてしまう。

 これ以上の負担を愛息に背負わせたくはなかった。


「おおお」


 そうだ、ドミニクだ。

 思い出したぞ、そんな第四王子の初陣式における招聘の際に、ドミニクもおったはずだ。

 あの爽快な一代騎士もいたはずである。

 心が晴れるようであった。

 やはり、あの男には功績にふさわしい褒美をあたえてやらねばならぬ。

 同時に、ドス黒いものも心中に浮かべる。

 アーデルベルト。

 正妻である公爵家出自の息子。

 アルミンとは比べ物にもならぬ愚図。

 アイツがスペアとして少しでも――第四王子のように――役立てば、アルミンが余命いくばくもない状態で仕事をする必要もなかった。

 もういい。

 殺す。

 アイツだけは殺してやる。

 それをアルミンにも伝えるのだ。

 もう何の心配もないと。


「……陛下」

「大丈夫だ」


 心配そうな従士に声をかけ、入室許可を求める。

 従士はドアを叩き、声を張り上げた。


「国王陛下が来られました。入室許可を」

「なんだ、また父はドアの前で嘆いておられたのか。全く仕方ない御方だ」


 かすれた笑い声。

 アルミンの声だった。

 全てを見抜かれていた。

 そういう敏い子であった。


「入ってください。遠慮はいりません」


 息子に許可を得て、入室する。

 アルミンはベッドに身を投げている。

 傍にはアルミンの側近たる公爵家長男が執務席に座り、大量の書類を整理していた。

 アルミンの側近、どこに出しても恥ずかしくない才能が広い寝室に集まっている。

 誰もが複数の戦場経験者であり、長男から三男四男まで、あるいは元平民までおり出自さえ問わぬ。

 なんなれば、亡命してきた敵国の貴族さえいた。

 『才あれば私はそれを抱えよう』というアルミンの方針であった。

 アレクサンダーには当初理解できなかったが、これを許した。

 アルミンが本物の才覚を備えていたからだ。

 それこそ、本当に王としてなるべく生まれてきた――我が愛息であったからだ。

 元は敵貴族でさえも魅了できよう。

 そんなカリスマを備えていた。

 

「アルミン、具合はどうだ?」


 まず、調子を尋ねた。

 少しでも具合が悪いようであれば、アレクサンダーはすぐさま帰るつもりであった。

 本当にくだらぬことで、アルミンの余命を削らせたくはなかった。


「大丈夫ですよ、クラウスが仕事を代わりにやってくれております」


 クラウス。

 公爵家長男にして、アルミンに心の底から忠誠を誓う側近であった。

 アレクサンダーは彼と第四王子にだけは、公爵家が出自であろうとも心を許している。


「それより、父上。ここに来られた理由はこのアルミン、理解しておりますよ」


 それも理解している。

 これからする大事な話のために、アルミンの側近を全員寝室に集めたのであろう。


「そうか。誰が伝えた」

「クラウスが滞りなく」


 そうか。

 公爵家の恥でもある、従兄弟関係たるアーデルベルトが為した愚行を報告したのか。

 彼を見る。

 クラウスは恥ずかしがる様子さえもなく、黙ってアレクサンダーと視線を合わせた。

 ここで恥ずかしがらないのは、恥辱を知らぬからではない。

 すでに実家である公爵家を見限っているからだ。

 より厳密には、公爵家そのものではなく王の正妻、王妃側に好意的な公爵家の一部を切り捨てるべきだと考えていた。

 アルミンがやれ、と言われれば決闘裁判の必要なく、クラウスは即座にそれを実行するであろう。

 自分の命を含めた後先など考えることもなく。

 それほどに、この男はアルミンに惚れこんでいた。

 それは理解している。

 だからこそ、アルミンの命が遂果てるまでは傍にいることを許しているのだ。


「アーデルベルトを殺しますか?」


 アルミンが尋ねた。

 我が愛息は全てを理解している。

 アレクサンダーは答えた。

 

「殺す。必ずや殺す。アイツらはザクセン王国に巣くう害虫に過ぎぬ」


 事実である。

 アルミンが余命いくばくもないことを喜び、戦場に出たこともないアーデルベルトとその側近連中を。

 我こそが次の王太子とその側近であるとほざいている連中などに、生存を許して良いはずがない。

 殺すべきであった。


「そうですか、アーデルベルトも哀れなものです。確かに生まれつきの素地も悪かったでしょうが、教育も悪かった」


 はあ、とアルミンが息を吐いた。

 アルミンは優しい。

 その性格は判っているが、優しさを与える必要があるか、必要が無いか。

 その相手を見極める知性の持ち主である。

 まさに王となるに相応しい人物であった。


「決闘裁判にて殺しますか?」


 クラウスが尋ねてきた。

 目は血走っている。

 一晩、考えに考えたが、それ以外に思いつかぬという表情であった。

 アレクサンダーは答えた。


「決闘裁判にて殺す。幸いなことに、今回集まった七人の騎士は何処に出しても恥ずかしくない、誠に歴戦の騎士どもよ」

「……紋章官殿は?」


 さすがに戦場に出るからには、騎士としての心構えはあるだろう。

 そこは疑っていない。

 だが腕に覚えは? 文官であろう? という意味でクラウスは疑問を示した。

 その懸念は間違ってはいない。

 だが。


「ロバの耳」


 私は諜報機関の名前を一言だけ、口に出した。

 アルミンに譲り渡すはずであった組織の名。

 それはクラウスも当然のように知っており、ならば良しと首肯する。

 ロバの耳。

 今回、決闘裁判に名乗り出た紋章官はその所属である。

 決闘において、何一つ申し分ない働きをするはずだ。


「なれば、大丈夫ですか。何の心配もいらぬと?」

「もちろん、歴戦の騎士とはいえ勝負は時の運。負ける可能性はある」


 それは考えておかねばならぬ。

 おそらくは予想通りに事は運ぶであろうが、何もかも上手くいくと思い込んではアーデルベルトの知能にも劣る。

 次善策は必要であった。

 第二王子アーデルベルトとその側近の全てを惨殺する次善策が。

 今から考えておかねばならぬ。


「七人の騎士に、刃に毒を仕込むように言いつけますか?」


 クラウスは非情な判断を下した。

 それもいい。

 元々は暗殺さえ考えていたのだから、それさえも必要とあればやるべきであった。


「ふふ、クラウスは物騒だな。父上、決闘裁判でそれはないでしょう」


 アルミンが笑った。

 アレクサンダーも優しく笑みを返した。


「そうだな、それは止めておこう」


 だが、決闘裁判だけは「神の審判」である。

 騎士として卑劣な真似は決して許されぬ。

 そんなことができるわけもなかった。

 そして、誇り高き七人の騎士がそれに同意するわけもない。


「クラウスとの他愛無い冗談だ、許せ」

「父上、クラウスは本当に良い男なのです。公爵家を潰すことになっても――」


 アルミンは側近たるクラウスがどうなるかを心配している。

 何の問題もない。


「公爵家は潰さぬ、長男たるクラウスに相続してもらう。ただ悪腫を切除するだけだ」


 まさかクラウスを、アルミンを敬愛する側近を一人たりとて殺せるものか。

 誰もがこれからのザクセン王国に重要な人材である。

 ただ、やるべきことはやる。

 それだけである。


「ならば心配はいりません。後は――何の問題もないように、私が生きられるかどうかですね」


 少なくとも、決闘裁判が全ての決着をつけてくれるまでは。

 アルミンがそう語る。


「……長くはないか」


 ここで誤魔化しても仕方ない。

 アルミンが死ぬことなどあってはならぬと、神に訴えても叶うことはない。

 それは幻想である。

 アルミンの寿命を鑑みなければならなかった。


「大丈夫ですよ。あと三か月は保たせて見せましょう」


 痩せた頬で、アルミンが笑った。

 アレクサンダーは泣きそうになった。

 ならば、三か月だ。

 三か月以内に全ての結果を得る。

 ザクセン王国の悪腫を全て取り除く。


「……決闘裁判の日程及び場所を決めるため、そして側近としてのクラウスの知恵を借りたい。良いか? アルミンは生き延びることだけを考えよ」

「ええ、もはやそれくらいしか私が王国のために出来ることはありませんが――たった一つだけ願いが」

「なんだ」


 アルミンの願いならば、なんでもかなえてやりたかった。

 月が欲しいと言われても、太陽が欲しいと言われても。

 それが本当に叶うならば、何でも叶えてやりたかった。


「第三王子ベルノルト、第四王子ブルーノを我が寝室に招いてください。最期の挨拶と、王太子としての心構えを説いてやらねばなりませぬ。私が育てた側近を手厚く扱うよう言わねばなりませぬ。これからは、あのどちらかが王となり、どちらかが重臣として国家を支えることになりましょう。我が死に際の頼みとあれば、どちらも聞く耳を持ってくれましょう」


 アレクサンダーはその願いを聞いて、また泣きそうになった。

 アルミンは、最期までザクセン王国のことを心配している。

 まさに王太子として相応しい在り方である。

 王として情けない。

 アレクサンダーは国王でありながら、愛息のために何もしてやれぬ自分が、本当に情けなくて仕方なかった。

 ゆえに決意をする。

 アルミンを「足無し」の兄と侮辱した、アーデルベルトを惨たらしく殺すことを決意していた。

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