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第五・五章 entracte trois

 兄が亡くなった。

 私とは十歳以上も離れているから、私が物心ものごころついたときには、兄はもう大人だった。

 年齢的にはまだ成年には達していなかったのかもしれないが、私から見れば立派に大人のひとだった。

 

 兄は昔から絵を描くのが上手で、よく私の絵を描いてくれた。

 デッサン画みたいにリアルな私、いたずら描きでちょこちょこっと描いてあるのにひと目で私だとわかっちゃうもの、見た目が私そのものの女の子がマンガのキャラになってるもの、ネコの絵だけど私にすごく似てるもの。

 どれもこれも私そっくりで兄は天才だと思った。兄みたいに上手に絵を描ける人は周りにいなかったし、まんが雑誌に載っているまんがより、兄の描く絵のほうがずっと上手だと思った。

 子ども心に、きっとそのうち有名なまんが家になるに違いない、そうしたらどうしよう……と思っていたのに、兄はまんが家にはならず、ある日突然、家からいなくなった。

 兄はどうしたのかどこに行ったのか、親に聞いてみたけど、はっきりしたことは教えてくれなかった。親は、兄に芸術の道を歩んでほしくて、大枚叩はたいて兄を美術大学に入れたらしいが、どうやら兄は親の期待した道には進まなかったらしい。

 

 私が中学に入った頃、家でたまたまテレビアニメのエンディングを見ていたら、エンドロールの「原画」という何人かの人の名前が並ぶ中に、兄の名前を見つけた。比売川ヒメカワなんていう苗字は珍しいから、すぐ兄とわかった。親には黙っていた。

 それまでそのテレビアニメはほとんど見てなかったのに、それ以来そのアニメは毎週欠かさず見るようになった。アニメの内容よりエンドロールで兄の名前を確認するのが楽しみだった。

 だから、そのテレビアニメが終わってしまったときはとてもがっかりしたが、それ以降、別のいくつかのテレビアニメでもちょくちょく兄の名前を見かけるようになった。

 海外にも名前が知られている有名アニメ監督の新作アニメ映画のエンドロールに、兄の名前を発見したときは心底驚いた。

 世の中で話題になっているから、と珍しく両親に誘われていっしょに映画を見に行ったのだが、そのエンドロールの中に「比売川敦夫」の名前を見つけたときの衝撃は大きかった。両親も兄の名前には気づいていたようだが、何も言わなかった。

 今思えば、兄が私たちにあの映画を見てほしくて、家族の人数分のチケットを親に送っていたのかもしれない。

 

 それからしばらくして、私が自宅で留守番か何かをしているとき、偶然、兄からの電話を取ったことがある。

 兄と直接話すのは本当に何年ぶりで、私はすごく緊張したが兄は相変わらずとても優しかった。そして私に、今度女子向けのオリジナルテレビアニメで作画監督を務めること、そのヒロインのひとりに私をイメージした性格付けをしていることをこっそり教えてくれた。

 そしてこの仕事が終わってひと段落したら、好きなフランス人アニメ作家の作品に触れるためにフランスに渡りたい、とも言っていた。作家の名前はなんだかタバコみたいな名前だったと記憶している。

 兄が作画したオリジナルテレビアニメは、テレビでそこそこ人気が出たようだった。兄が私をイメージしたというヒロインは、私とは似つかない可愛く優しく強い女の子だったが、名前と、ちょっぴり泣き虫なところは似てるかもしれないな、と思った。

 その後、劇場版アニメが作られたが、何となくそのヒロインと自分とのギャップを劇場の大画面で突きつけられるのがイヤで、私はその映画を見に行くことはなかった。

 映画公開からしばらくして、映画会社から私あてに筒のような郵便物が届いたが、たぶん兄の映画関係だろうと思うと、なんとなく鬱陶しくて、開けずにそのまま放っておいた。

 

 その後、兄は近くを歩いていた女の子を助けて交通事故に巻き込まれ、帰らぬひとになった。

 あれから兄の時間は止まったままだ。

 兄の死後、私は届いていた郵便物を開けてみた。アニメの二人のヒロインを一枚にひとりずつ描いたポスターが入っていた。

 私はポスター用に二つ額を買い、それに入れたポスターを兄の形見として部屋に飾ることにした。

 こんなことになるのなら、兄が生きているうちに映画館に見に行っておけばよかった。

 私は今も悔やんでいる。

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