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プロローグ ~じょにだん(女子が苦手な男子)ができるまで~

 自慢じゃないが、この世に生を受けて十八年、一度も彼女がいたことがない。もちろん、誰かにモテたことなどまったくない。

 思春期ってのが一般的に何歳ごろから始まるのかは知らないが、クラスの女子たちが同じクラスの男子にキャーキャー言い始めたのは、小三か小四だっただろうか。

 その頃の二月のある日、俺の近くで異変が起きた。

 なんとクラスの女子たちが、隣の席のヤツに次から次に間断なくチョコを渡しにくるのだ。

 そいつは最初のうちは受け取るたびに「ありがとう」と言いながらチョコを机の中に入れていたが、途中から机の中には入らなくなり、みるみるうちにチョコは机の上に山積みになっていくのだ。

 至近距離で見たその光景と、半ば恥ずかしそうで、半ば嬉しそうで、誇らしそうなそいつの顔つきは、今でも鮮明に脳裏に焼きついている。

 モテるということがどういうものか、初めて目の当たりにした経験だった。

 確かにそいつは走るのはクラスで一番速かったし、ドッジボールも強かったし、小学生のくせにバタフライまで泳げるような運動万能選手だった。

 おまけに、毎日朝行われる漢字ドリルや計算ドリルはほとんどすべて満点、顔も細面ほそおもての爽やか君で、性格もいいというスーパーハイスペックなヤツだったのだ。

 クラスの女子たちからすれば、身近なアイドルみたいなものだったのだろう。隣のクラスの女子たちも、二人、三人と固まって、ヤツを見ながら楽しそうにヒソヒソ話をする姿を見かけた記憶がある。

 それに比べて、こっちはその辺にいっぱい転がってるひと山いくらのワルガキ小学生だったから、比べるほうが間違っていたのだろう。

 ただ、俺が内心ほのかに恋心を抱いていた女子が、ほんのり頬を染めながら、そいつに手作りチョコを渡しているのを見たときには、子ども心にやっぱり激しいショックを受けたものだった。

 これが俺の初の「精神的ショック(ファースト・インパクト)」と言ってもいいだろう。

 

 以来、夢破れて山河あり、夏草やツワモノどもが夢のあと、といにしえの俳人も言うとおり、俺は一度たりともモテたことも、想いを寄せられたことも、もちろんチョコをもらったこともなかった。

 しいて言えば、ファースト・インパクトの衝撃に凹んでいた俺を憐れみ、当時幼稚園児の妹が、同じクラスの男子に配ったチョコの残りをくれたくらいだろうか。

「お兄ちゃん、クラスで好きだった子が隣の席のイケメン男子に手作りチョコをあげたことに、すんごいショック受けてたもんね」

「あんまりかわいそうだったから、凛香りんか、お兄ちゃんにさくら組のみんなに配った残りのチョコあげたんだよね。あのときのお兄ちゃんの嬉しそうな顔ったらなかったよー」

 この話はわが家ではバレンタインシーズンになると繰り返し語られていて、いまやわが家の風物詩となっている。

 だが、俺が妹からもらったチョコで、大喜びした事実などまったくない。

 少なくとも、俺はそう思っている。

 あまりにも昔の話で、俺自身は妹が面白おかしく話を創作したか、僅かな事実にイースト菌を混ぜ込んで百倍くらいに膨らませたのだろう、くらいに思っている。

 ただ、いまや中学生になった妹に何かインネンをつけようものなら、非常にめんどくさいことになるから黙っている。

 もはや俺は口ではヤツに敵わないからな。

 俺以外の家族には、この話は公式な家族史として認識されているらしく、親戚が集まった際にこの話を親から持ち出されたときには心底閉口した。

 もちろん俺としては「大喜びした事実はない」と全面否定しておいたが、どれだけ信じてもらえたかはわからない。

 それを聞く親戚にとっては、それがホントかウソかは大事じゃないからな。

 自分の甥あるいは従兄弟の面白エピソードを聞いて、それが後日のみやげ話になるほうが彼らにとっては重要だ。

 だからそういう楽しい話ができる、デキが良くて可愛い妹のほうが圧倒的に親戚ウケがいいのだ。

 

 閑話休題。小学生以降、俺の興味の中心は、携帯ゲームでモンスターを狩ったり交換したりするものから、マンガとかアニメへと広がっていった。

 俺自身が脂と栗の花の臭いに塗れる頃には、頭の中は二次元の魔法少女とかスクールアイドル、カッコいいロボットを見事に操縦する儚げな人外美少女なんかでいっぱいになっていた。

 そんな俺が、ファッションとかおしゃれに興味を持つわけもなく――仮に興味をひかれたとしても、ちょっとマンガやゲームや同人誌に財力の大半を注ぎ込んでいる状態では、見た目清潔感にあふれた好青年になれるはずもない。

 せいぜい人並みの容姿、チートスキルもなく、いろんなあやしいモノに囲まれて、いつも男たちとつるんで下ネタで盛り上がるような輩とお近づきになりたい女子なんかいるはずもない。まあ当然のことだろうと思う。

 

 そんなこんなで、モテと無縁の小学校高学年から中学生活を過ごし、気がつくと高校二年。

 俺もマンガやラノベ的にはいちばん甘酸っぱい時期に差しかかった。

 ドラマティックな展開や未経験への憧れやちょっぴりの不安を抱えて、そこら中にワクワクドキドキが溢れる夏休み前。

 周囲を見渡せば、クラス内では美男美女はもちろん、どうしてお互いにそこで妥協する!というものまで含めて、クラスの大半の人間が何かしら誰かしらとカップルになっていた。俺にとっての第二の衝撃(セカンド・インパクト)である。

 周囲のキャッキャうふふの大合唱に居所をなくした、俺と僅かな同志たちは「カップル◯ね!」「リア充爆発しろ!」と口の中でブツブツと真言マントラを唱えつつ、夏の聖地を訪れる巡礼者の列に加わった。

 いわゆる夏コミである。

 日陰のない広い駐車場で夜明け前から待ち、移動して待ち、ゲート前で長時間待ち、入場後には空気の通らない連絡通路に溜まった強烈な体臭の圧力に耐え、ようやく到達した東館。その壁サークルの外行列にも耐えきった俺と同志たちは、その甲斐あって、そこで数多の至福の福音書を得た。

 Tシャツは汗にまみれ、首に掛けたタオルも汗に濡れそぼり、半パンからはみ出した毛ずねからも汗がしたたり落ちて、メガネは顔の脂と汗でドロドロであったが、両肩に掛けた美少女の描かれた紙袋のずっしりした重みと両手に持った袋の中の戦利品が、俺と同志たち一人ひとりに満足の微笑みをもたらした。 

 俺と同志たちは皆、満足に打ち震えながら帰路りんかい線に乗り、JRに乗り換えて、恍惚とした表情のまま地元の駅に到着した。

 余韻に浸りつつ、のろのろとドアから降りようとした俺たちと入れ替わりに、部活帰りの女子高生が数人、車両のドアから入ってこようとした。そいつらは俺たちの姿を見たとたん、ギョッ!と硬直して立ち止まった。

 そいつらの何人かの顔には見覚えがあった。そいつらが着ていたスポーツウェアには、うちの学校の名前が明記されており、その中の何人かは同じクラスの女子だったのだ。

 そいつらは俺たちが降りるのを目をまん丸にし、口をぽかーんと開けて凝視しつづけたが、俺たち全員が降りると、ハッ!として入れ替わりに車両へ乗り込んだ。

 ドアが閉まると同時に、そいつらは車内から一斉に叫んだ。

 「うわぁ、キモオタだった〜、マジきも〜い〜!!」

 「勘弁してよ〜、あーサブイボ立ってんだけど」

 俺たちは、「新たな衝撃サード・インパクト」を受けた。

 その後の俺は、高二の残り半年以上をクラスの奴らから「どーじんくん」とか「ニジオタくん」などと呼ばれて過ごすことになった。

 

 もっとも、高二後半から高三ともなれば、受験が迫ってきてそんな話も次第に忘れられていく。そんなつまらないエピソードより、英単語や年号や化学式を詰め込みたいのが受験生の(さが)というものだ。

 クラスに絶望した俺は、二年の秋ごろから、自宅からある程度遠くて頑張れば何とかなりそうな大学をいくつか選び、勉強を始めた。この環境から脱け出すためだ。

 地元にいる限り、これまでの生活と行状が俺を縛り付けてしまう。自宅通学では、きっと俺は「ニジオタくん」の延長線上で生きていかざるを得ないだろう。

 もう非モテ生活を歩むのは絶対嫌だ。「第四の衝撃フォース・インパクト」なんて願い下げだ。

 俺を新たに始めるために、目指す大学に合格して一人暮らしを始め、今までの生活をリセットしたい。

 俺は絶対合格を心に強く誓い猛然と勉強を始めた。

 これまでマンガやアニメや同人誌に振り向けていた時間の大半を俺は受験部屋に当てた。

 俺のこれまでの非モテ期間は、昆虫でいうなら美しい蝶に羽化する前のさなぎやアオムシみたいなものだ。実家を離れて一人暮らしを始めることで、俺は絶対に蝶に生まれ変わってやる。

 

 俺がじっと見つめていると、その熱い視線に気づき、いったんはハッと目を見開くが、恥ずかしさから慌てて長いまつ毛を瞬かせて目を伏せ、上唇を尖らせて頬を紅潮させながら、ちょっと口惜(くや)しそうに上目遣いで俺に向かって「……ばか」とつぶやく――そういう女性に出会ってやる!

 

 そういうキモくて強い想いが、俺を見事に志望大学合格に導くことになった。

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