甘い教えを私は破る
Thanks20th 用に書いてみました。
誤字、脱字ありましたら教えていただけると幸いです。
主よどうかお赦し下さい。穢れてしまった私の心をお赦し下さい。
そして願わくば、少しばかりの勇気を私に下さい・・・・
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今日も私は神像に祈りを捧げます。
大聖堂に座す創造神アノン様の彫像に後光がさす。光を受けた純白のベールはその輝きを増し、聖女が神託を受けたことを表す。
「お疲れ様です、シスタールチア。足元にお気をつけ下さい」
「ありがとうございます」
黒い修道服を着た少し強面の男性。私の教育係にしてこの大聖堂の神父様、フランシスコ・スコトゥス様はとても丁寧な方です。いつも寡黙で神の教えに忠実・・・正に絵に描いたような聖職者とはこの御方の事なんだと毎日思います。
だからこそ私は引け目を感じてしまいます。こんな立派な方の下で神の教えを学んでいるのにも関わらず、未だ私は聖職者と名乗れるような人物では無いことに・・・・
私、ルチア・ラルテリアには、ある悩みがあります。あまり大きな声では言えないのですが。
穢れを知らぬ16歳。しかも聖職者にも関わらず私は恋をしてしまったようです。
お相手は・・・恥ずかしながら名前は知らないのですが、時たまこの大聖堂に顔を見せる薄茶色の髪をした人。聖職者ではないようですが、同じアノン教徒ということは知っています。
毎朝この大聖堂に顔を出すのも、その人に会うためとは口が裂けてもフランシスコ様には言えません。もちろんアノン様への信仰も薄れてはいないことは、信じて欲しいですが・・・
「どうやらお疲れのようですね。シスタールチア」
フランシスコ様は私の暗い表情をすぐ察してくれます。大事にされているという愛は伝わりますが、私の不純な考えが見抜かれてるのではないかと不安になります。
「すいません・・・少し寝不足で」
「健康にはお気を付け下さい。貴方はアノン教の大聖女。いずれ神の花嫁になるのですから」
そう・・・『大聖女』これが私の悩みの一番の大きな理由です。
今から三年ほど前でしょうか。まだシスター見習いだった私は神託を授かりました。その時はよく分かっていなかったのですが、後に私はアノン教の全シスターのトップ『大聖女』に選ばれたことを教えられました。
創造神アノン様は寛大な御心を持っています。全ての聖職者は神にその身を捧げますが、同時に愛する人に身を捧げることも許されています。聖職者であっても恋愛は自由。その代わり生涯ひとりの人物だけを愛せというのがアノン教の教えです。
しかしここに一つだけ例外があります。「大聖女」神の花嫁となる聖女に人との恋愛は許されません。
だから私は赦しを乞うのです。
神の花嫁でありながら、人に恋をしてしまった私はどう償えば良いのでしょうか・・・
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「だから神を信じてる限り教えなんてどうでも良いの! 男なんて押し倒したらイチコロよ!!」
私がシスター見習いの時の同期にして親友。キャロライン・オリブッドちゃんは、すごい子です。彼女はシスターであるのに関わらず、多くの男性と深い仲にいるそうです。
本当はアノン様の教えに背いた行為なので大聖女として正すべきなのですが、彼女が嬉しそうに「お相手の方達」について話すのが少し羨ましくも思います。
今日もシスターの仕事を抜け出して、お部屋で勉強中の私に会いに来てくれました。
大聖女の恋の相談など誰にもできないので、キャロちゃんのお話は私の心の支えになっています。
「あ〜あの茶髪の男ね。ルチアもなかなか良い趣味してんじゃない」
「でも・・・大聖女の私には恋愛なんて許されないし・・・」
俯く私の頭をキャロちゃんはうんざりした表情で叩いてきます。
「バレなきゃ良いのよ!バレなきゃ! こんな私だってシスターやれてんのよ。逆に神の女が人間の男一人堕とせなくてどうすんのよ?」
「でも・・・絶対バレちゃうよ。そしたら私もあの人も殺されちゃうかも・・・」
「でもでもでもって・・・そんなん言ってたら何もできないわよ。アンタが神の妻になる前に『茶髪の彼』が他の人の男になっちゃうわよ・・・何なら私も狙ってみようかしら。それでいいの?!」
「それは嫌だ!!」
勢いのまま叫んでしまった私に驚きつつも、キャロちゃんは頭を撫でてくれました。
いつもそうです。ウジウジしている私にキャロちゃんは喝を入れてくれます。どんなに神の教えを守っていても、心の強い人間になれない自分に嫌気がさします。
「じゃあ、神に背いてでも気持ち伝えてみたら?・・・もちろん強要はしないし、失敗してもアンタの責任だからね」
「ありがとうキャロちゃん」
「良いのよ。大聖女様も色々と大変ね・・・」
微笑みながら私の髪をくしゃくしゃにするキャロちゃんは、いつか一緒に暮らしていたお母さんのようでした。とても温かい、安心できる手の平と眼差し。
「そんなことより、チョコレート食べる?昨日カレシからもらったの」
「いえ。神の教えにより日に三度の食事以外は摂りません。何より太ります。キャロちゃんは構わず食べて下さい」
「そういうところはハッキリ言うわよね〜」
そう言ってキャロちゃんは取り出したチョコレートを一口も食べずに鞄にしまってしまいました。
別れ際に私のお腹を触ってキャロちゃんは絶望の表情を浮かべていましたが、あれは何だったのでしょうか・・・
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(穢れた聖女は人間に非ず!!死をもって償え)
「!!」
時刻は夜中の2時。最近は眠れない日が続いています。せっかくフカフカのベッドを用意していただいたのに、申し訳なく思います。
悪夢の内容は、私が大聖女としての職務を全うできなかった時の話。大体いつも処刑されて終わっています。夢の中でアノン様は私を赦そうとするも、どうやら世間は許してくれないようです。しかしたまに「彼」も夢の中に現れて、私のことを颯爽と助けてくれます。
悪夢を見るのはいやですが彼と会えるのも夢の中だけなので、最近少し悪夢を見るのを楽しみにしている自分がいます。
罰を躱す自分の姿を嬉しく思っている私は、やはりもう堕ちてしまっているようです。
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キャロちゃんの後押しを貰いながら、ウジウジしているだけにはいかず。今日は違う人に相談してみようと思います。
大聖堂の大きな扉の近くにある古い木彫りの扉。
聖書に書かれる天地創造、創造神アノン様がこの世界をお造りなられた光景を模した彫刻の彫られた扉は、このセイン・トルテム大聖堂の懺悔室に繋がっています。
今日は午前中に全ての仕事を終わらせてまで時間を作りました。何かありがたいお言葉をもらえると良いのですが・・・
周りをよく気にしながら、素早く懺悔室の中に入ります。ここで誰かに見つかってしまったら、一大事です。
「ふぅ」
幸いにも誰にも見つからず入ることに成功しました。懺悔室では相談者の特定は禁止なので、もう安心です。
仕切りを叩いて少し待つと
「どうぞ告解を初めて下さい」
という声がしました。
その声に私は固まってしまいました。何故なら声の主、今日の懺悔室の聞き手役は私の教育係フランシスコ神父だったからです。
どうしましょう。流石に毎日顔を合わせるフランシスコ様には相談しづらい。声の特徴で私だということもバレてしまうでしょう・・・・
日を改めよう。そう思い部屋に出ようとした瞬間、部屋のステンドグラスが目に入りました。
聖書の第六十三章。悪魔と取引をし、神の座を退かされたアノン様は罰を受けると分かりつつも正直に全ての罪を告白して悪魔たちに罪をなすりつけなかった。それに感銘を受けた悪魔たちの魂は浄化され、天使となりアノン様がもう一度神の座につくのに力を尽くした。
私が一番好きな聖書のお話です。私も正直にならなければいけません。
・・・正直ものに神宿る。これは名言ですね。
そんなことを思いつつも私は懺悔室の椅子に座ります。今から恩師に神を蔑ろにしたと伝えるために。
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「私には神に決められた相手がいます。それにも関わらず別の男性に恋をしてしまいました。こんな不純な心を持つ私を神は許すでしょうか・・・」
「神は全てを赦します。人間の心は弱くできている。たった一つの愛だけでは不安になってしまうのは必然です。貴方の本当の伴侶を選び、添い遂げなさい。一回の過ちは永遠の愛で償えるのです」
神父様のお話はとてもタメになります。やはり罪を償うには、無償の愛を与え続けなければないようです。問題はどちらに与えるか・・・
「・・・もしも、もしもですよ。一方が人という枠組みを超えた高貴なる方でも、もう一方を選ぶことを神は許すでしょうか」
私の質問に部屋は静寂に包まれます。神父様のお返事は無く、気まずい時間が過ぎ去って行きます。
「すみません、変な質問をして・・・ありがとうございました。やはり私は神に従います、生涯をかけてでもこの不純な心を償おうと思います」
フランシスコ様を困らせてしまった。
やはり考えられないのです。神の妻が髪よりも一人の人間の男性を選ぶことなど。許されないのです。
懺悔室を出ようとしたその時、後ろで仕切りが開く音がしました。
まさかと思い振り返ると、そこには仕切りを開け顔をのぞかせるフランシスコ神父がいました。
「やはり。シスタールチア、貴方でしたか・・・」
「・・・懺悔室にきた個人を特定するなど許されませんよ」
「大聖女が人間に恋をする方が許されない」
咄嗟に取り繕うも言い包められてしまいました。
覚悟はしていましたが、こんなにすぐバレてしまうとは・・・どうやら私はもう神に愛されていないようです。
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「まあ座りなさい」
神父様に反抗できるはずもなく。私は再び懺悔室に座ります。今度は神父様と面を向かわせて。
「まさか貴方ともあろう方が神の教えに背くとは・・・」
「ごめんなさい」
神父様は大きなため息をつきながら、困り果てたような顔を見せます。こんな立派な方をガッカリさせてしまうとは何だか申し訳無いです。
「でも・・・神父様のお言葉で目が覚めました。この罪を償うために私は神にこの身を捧げます。アノン様が穢れた私を受け入れるかは分かりませんが、生涯をかけて神を愛し続けます」
私の言葉に神父様は顔を上げました。私の決意に安堵の表情を見せてくれると思っていましたが、神父様は未だ険しい表情をしています。
「・・・良いのですか?貴方はその相手に思いも伝えずに、生涯を神に捧げるのですよ」
「はい。もう曇りはありません。私のお相手はアノン様だけです。この恋は試練だったのです。私の信仰のお大きさを、神は試したのです」
まさか神父様の口から「後悔しないか?」と聞かれるとは思ってもみませんでした。私はまた試されているのでしょうか?
仕切りの奥に座る神父様は沈黙します。
そしてその低音で優しい声で私に言葉をかけてきました。いつも聞いている神父様の声なのに、今日は少し雰囲気が違う感じがしました。
「シスタールチア・・・いや、ルチア・ラルテリア。貴方は神の花嫁になる覚悟を決めたのではない。ただ目の前の試練から逃げているだけです」
神父様は何を言っているでしょう。大聖女である私が神の試練から逃げるはずも無く・・・いかに神父様といえ、この物言いは少し心外です。
「私は神の試練から逃げることはありません。訂正をお願いします」
「私が言っているのは神の試練では無い。ただの少女、ルチア・ラルテリアの恋の試練の事を言っているのです」
未だ意味を理解できない私を置いて神父様は話します。
「・・・私はかつて神の教えに背いたことがあります」
「フランシスコ様がですか?」
衝撃的でした。フランシスコ神父様はセイン・トルテム大聖堂の司教。国でも有数の神に選ばれた聖職者が過去に教えを破っていたとは・・・
「・・・私にはかつて婚約をしていた人がいました・・・でもその人は婚儀を結ぶ前に神の下へと旅立ってしまったのです」
「そう・・・だったんですか」
「でも婚約者を失った私に健気に話しかけてくれる人がいました。太陽のように眩しい彼女の笑顔は聖書に登場する女神のようで、私の心を癒してくれました・・・その女性が今の私の妻であり、私の生涯の相手です」
そう言い。神父様はその手袋の下につける指輪を見せてくれました。質素でありながら銀色に輝く指輪は、まるで天使様たち光輪のようにも見えました。
「私はこの生涯で二人の女性と縁を結んでしまった。それでも私の信仰は変わらなかった」
「・・・怖くなかったのですか?二人目の女性を愛すると決めた時、自分の信仰がなくなると思わなかったのですか?」
私の質問に神父様は微笑みます。強面でありながらその綺麗な瞳の奥には、底知れない優しさを感じました。
「怖かったです。何より私が神の教えに背いたことで、愛する人にも罰が下ると思いました。いざ思いを伝えようとも足がすくみ、何度も断念しました・・・でもね指輪を渡すのを諦めようと思ったその時、私の背中を誰かが押してくれたのです」
「誰かとは?」
「私にも分かりません。ただ風が吹いただけかもしれないし、つまづいただけかもしれない。でもね私は亡き彼女が押してくれたと信じています。いつまでもウジウジしていた私に喝を入れてくれたんだと思っているのです」
「きっとアノン様が贈ってくれたのですよ。日頃のご褒美で」
私の言葉に神父様は声を出して笑いました。いつも寡黙なフランシスコ様がこんなに笑うところは初めて見ました。
「ハハハハハ・・・そうです。そうあるべきなのですよ、シスタールチア。私達は常日頃から神を信仰し身を捧げています。たまに教えを破いたからって、見返りを求めたからって私たちの信仰は曇らない。私達は神を信じる代わりに、神の奇跡を受けても良いのですよ」
「でも・・・信仰に見返りを求めるなど・・・」
「別に見返りとは限りません。私達の心の支えになるだけで良いのですよ。神を信じることでで、それに仕える私達も自分の行動を信じることができる。もしかしたらそれが俗に『勇気』と呼ばれるものなのかもしれません」
神父様は未だ笑っています。
そんな神父様の言葉を聞いた私は今、どんな表情をしているのでしょうか。少なからず分かるのは、神父様が私の顔を見て口角を上げたのが見えました。
「曇りなき良い眼差しです。さて・・・ここから先は貴方自身の問題です、ルチア・ラルテリア」
そう言って神父様は仕切りを閉じてしまいました。壁越しに神父様が立ち上がり、懺悔室から出ていく音が聞こえます。
「最後に・・・貴方に言葉を送ります。『バレなきゃ良いのです。もしくはバレても問題ありません、信仰とは行動ではなく心なのですから』貴方の選択に神の導きがある事を願います」
パタン
という音を残し神父様は懺悔室を去りました。一人取り残された私は足の震えを止めながら部屋に背を向けて退室します。ステンドグラスを通過した緑色の光が私の背中を優しく包み込んでくれるような気がしました。
ー
今日も私は聖堂で彼の面影を探します。
・・・今日もいませんでしたか
落ち込みながら聖堂を後にする私を横目に、フランシスコ様はゆっくりと歩きます。
その時。フランシスコ様がいきなり咳き込み始めました。気管に水が入ったのか、息をするのも辛そうです。
「大丈夫ですか?!」
駆け寄る私を手で制しながら、フランシスコ様は私の背後の方を指差しました。
「ゴホッ 私は大丈夫です。ゴホッ それよりあちらの彼がハンカチを落としましたどうか届けてあげて下さい」
フランシスコ様の指差す方向にはひとつの真っ白なハンカチが落ちていました・・・そしてその奥には、茶髪の少し背の高い男性が歩いていました。
「・・・ありがとうございます。行ってきます」
「幸運を」
体の震えを止めながら、熱くなる目頭を拭いながら。私はハンカチへと駆け抜けます。
また少し遠くなってしまった彼の背中に向かって声を出すのです。
「あ、ぁにょ!!」
久しぶりに走ったからか、声が上手く出ません。裏返った声は彼の耳に届くことはありません。
もう追いつけない・・・そう思った時でした。
季節外れの力強い風が私の体に当たります。脆弱な私の体は辛うじて耐えたものの、頭にかけているベールが風に拐われます。
「待って下さい」
目的を忘れて、私はベールを追いかけます。風の勢いがやみ、私の手がベールにかかるその瞬間ー
「わぷっ」
身体が何かにぶつかり、大きな尻餅をついてしまいます。
「すみません!! よそ見をしていま・・・」
顔をあげると目の前に男性の顔がありました。綺麗な翡翠色の瞳と整った茶髪の髪の毛。左手に握るハンカチの持ち主が私の顔を覗き込んできました。
「大丈夫ですか?お嬢さん?怪我は・・・」
「だだ、大丈夫です。あっ、あとこれハンカチ。落としましたよ・・・」
両手で咄嗟に顔を隠します。彼の瞳に映る私は、きっと耳を真っ赤にしていることでしょう。
「ありがとうございます・・・でも差し上げます。どうぞそのハンカチで汚れを拭って下さい」
「・・・そんなの悪いです」
「大丈夫、大丈夫。そのハンカチも貴方のような可憐な人に使われた方が嬉しいに決まってる」
「可憐って・・・・」
顔も身体も熱くなっていくのを感じます。風に飛ばされたベールは探さないといけないろ分かっているのに、彼の顔から目が話せません。
「怪我がないようでよかったです。それでは良い1日を・・・」
そう言って彼は私に背を向けます。夢のような時間はここで終わってしまうのでしょうか・・・・
そんなの嫌だ!!
「あの!! ハンカチのお礼というか何というか・・・少しお話でもしませんか?」
私の突飛な発言に一瞬だけ彼は困惑の表情を見せるも、ニコッと笑いながら答えてくれます。気のせいか、チラッとフランシスコ様が遠くで親指を立てているのが見えました。
「もちろん!! 立ち話も何ですし、お茶をしながらでも・・・何か好きなものはありますか?」
「チョ、チョコレートが好きです・・・・・」
「良いですね。僕も好きです。良いお店を知っています」
ニコッと笑う彼の横を歩きます。彼の横顔は夢の中で度々見るものと全く同じでした。同時に・・・これは気のせいと思いたいのですが、夢の中に出てくるアノン様と彼の声はそっくりでした。
・ ・・嗚呼、主よお赦し下さい。貴方の妻でありながら、人間の男の横を歩く私を。大聖女でありながら、彼と甘味を食べに行く私を、人間との恋に堕ちてしまった私を。
そして・・・勝手ながら少しばかりの勇気をもらいます。彼と一緒に神の教えに背くために。
後学のため評価などしていただければ幸いです。