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番外編3-4

陸がお店を辞めるという話を聞いたのは、9月の初旬だった。マスターからは引越するからと聞いただけであったが、後から詳しく陸本人から聞くと神奈川に持ち家があるのでそこに引っ越すのだと聞いた。年明けには美鈴も越してくるらしく2人が別れた訳ではなく何かほっとした。そんな自分を見て陸は笑った。


「ナオっておもしろいな」


予想外の言葉にナオは戸惑った。


「え?なんで。何かおかしな事言った?」

「いや。だってさ、ナオは俺らの事気にかけてくれてない?」


確かにその通りであった。ナオは人を見ることが好きであった。陸のことも店に入ってから見ていた1人だった。美鈴と会ってからは2人の進展も気になっていたのだ。しかしその事を陸が気がついていたとは知らず何か気恥ずかしかった。


「そりゃあ美鈴さんとも何度か会ってるし気にはなるよ。最初1人で、って聞いた時はちょっと驚いたし」

「ああ…そうだよな。何ていうか、先に行って仕事と場所に慣れておきたいって言うとこかな」

「何の仕事をするの?夜の仕事じゃないんだろう」

「そうなんだけど、落ち着いたら教える」


陸は小さく笑うと誤魔化してしまった。そんな陸を見ていたナオは思わず言ってしまった。


「彼女の為なんでしょう?」


陸は驚いたようにナオを見た。


「陸、本当に美鈴さんの事が好きなんだね」


ナオの言葉に驚くほど素直に陸は答えてくれた。


「そうだよ」


自然にナオの顔も笑顔になっていた。


「大切にしてあげなよ」


陸は小さく何度か頷いた。




陸が『カノン』を辞め、年が明けてから美鈴も引っ越して行った。

陸の後に入ってきたシュウもすっかり店に慣れ、厨房にも年明けから年配の男性コックが入った。カズの要望の若い女性のコックの意見は通らなかったが店もすっかり落ち着いていつも通りの日常が戻ってきていた。


 そんなある日、夜理がやって来た。海人の部下である兼松が一緒であった。店側の入り口から入って来た2人に休憩室でタバコを吸っていたマスターは驚いたように顔を出す。


「あれ?夜理さん、どうしたの?」


マスターと一緒にいたコックの吉田も奥から出て来て顔を覗かせる。


「今日は。突然にすみません。

実は皆さんに早く見せてあげたくて来ちゃいました」


夜理は嬉しそうに言うと鞄の中から一冊の薄い冊子を取り出しカウンターのテーブルの上に置いた。洗面所の掃除をしていたシュウも出て来て驚いた表情をしている。ナオもかけていた掃除機を床に置いた。マスターは冊子を手に取ると表紙を見る。どうやらそれはファッションカタログのようであった。裏面も見てからマスターは不思議そうに夜理の顔を見る。夜理はにこにこしているし兼松も小さく笑っていた。マスターはナオとシュウにも見えるようにテーブルの上に置いた。ナオも覗き込むとそれは若い女性向けの春服のファッションカタログであった。表紙には春らしい小花のワンピースを着た女性が立っている。皆んなが無言で見つめる中、夜理は言葉を続けた。


「とりあえず中も見て下さい」


夜理の言葉にナオは周りを見てからカタログをテーブルに置いたままめくっていく。普通のカタログと変わりばえしなかったが突然『読者モデルカップル特集』という文字が目に飛び込んできた。そこには若い男女が嬉しそうにハグしている写真が載っている。


「夜理さん達が載っているんですか?」


ナオの言葉に夜理は笑顔のままナオを見た。


「さあ、どうでしょう」


あくまでも自分たちに見つけて欲しいらしい。

ナオはページをめくっていく。1ページずつ違うカップルが写っており年齢も10代から20代くらいであろうか。最後のページを開いた時、ナオの手は止まった。誰もがそれが本物であるか信じられなく言葉も出てこなかった。しかしシュウがナオの方を見て確認するように聞いて来た。


「これ、陸さんですよね」


シュウの言葉に夜理が答えてくれた。


「そう。陸くんと美鈴さんです」


今まで黙っていたマスターも驚きの声をあげた。


「本当に陸かよ…信じられないな」


ナオは2人の写真を見つめる。

2人はけん玉で遊んでいた。美鈴がけん玉を入れて楽しそうに笑っている所を陸が見ている写真。ナオが見たこともない陸の優しい表情。美鈴にしか見せない顔がそこに写っていた。


「幸せなんだ…」


ナオがぽつりと言った言葉に夜理は笑う。


「この間ね、2人の新居に行ったんだけどとても素敵な所だったの。たくさんの植木や花に囲まれた家で何だかとても優しい気持ちになれる場所だった。美鈴さんが家族が増えたんだよって、柴犬の赤ちゃんを見せてくれてね、陸くんが手作りの犬小屋を作っていてとても楽しそうだった。2人とも笑ってた」


マスターは口許に笑みを浮かべながら尋ねる。


「籍はまだだって?」

「陸くんが3月に入れるって言ってました」


夜理の言葉にマスターはピンときたらしかった。


「なるほどね。アイツらしいな」

「籍を入れたら挨拶に行きますって言ってました」

「そりゃあ、春が待ち遠しいねぇ」


マスターの言葉にナオも頷いた。


「夜理さん、そろそろお時間です」


兼松の言葉に夜理は頷いた。


「忙しい時間にお邪魔してすみませんでした。パンフレットは置いていきますね。

それじゃあ」


夜理はお辞儀をすると出て行った。

静かになった店の中でマスターは時計を見るとみんなに声をかける。


「後15分で開店だよ。俺らもちゃっちゃと用意しちゃいましょうかね」


その言葉にそれぞれの持ち場へと消えていく。パンフレットを見つめたままでいたナオにマスターは、ぽんと肩を叩いた。


「カズが来たら見せてやれよ。また大騒ぎするぞ」

「本当だ。大変だろうね」


ナオは笑いながらパンフレットを手に取ると休憩室へと向かう。

写真に写っていた陸の表情を見ていると以前聞いた美鈴への思いの言葉を思い出す。

ナオは休憩室の机にパンフレットを置いた。


(ほんと。春が待ち遠しいな…)


ナオから視点で陸の普段のお店での様子などが覗けたらと思いました。

カノンのスタッフはマスターを含めて全員お気に入り。

番外編では彼らのお話しが書けて嬉しかったです。



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