番外編3-2
その日は、マスターが途中から抜けて店を任された日だった。さすがのナオも少し不安があった。マスターが休みをとっている時は、柏木という男が責任者として来ていたのだが今日は急な事でいない。マスターは笑って大丈夫!といって帰ってしまった。帰り際に月島の名前で予約席をひとつ作っていったので馴染みの客でも来るのかと思った。マスターが帰ってそうも経たないうちに1組の男女が入って来た。うん臭そうな40代くらいの男性とどう見ても男性とは不釣り合いな20代前半の可愛らしい女性であった。
「いらっしゃいませ」
ナオが声をかけると慣れた様子で女性をエスコートしていた男性が自分を見た。
「予約した月島だけど」
ナオは男性の声と雰囲気にピンときた。見かけはまったく違うがこの男性は月島、マスター自身だという事に。しかし、何も気が付かないフリをして笑顔を作る。
「はい。お席の方は用意してあります。どうぞこちらです」
マスターが用意していた席はピアノ横の奥まった席であった。2人を案内してから席を離れたがメニューが無かったことに気がつきカウンターにあった予備のメニューを取りに行くとカウンターに入っていた陸が先ほどのカップルを見ていることに気がついた。珍しいことである。
「どうしたの?知っている人?」
ナオの声に陸は、はっとすると首を振る。
「いや」
短く返事をすると止まっていた手を動かし始めた。ナオも特に気にせずメニューを取ると席へ持って行く。月島はサングラスをしていて表情がまったく読めなかったが向かいに座っている女性は笑顔だ。少し厚めの化粧をしており胸元もあいた服をきていたのでつい視線がいってしまった。本人も気になっているのか手で服を絶えず触れていた。
2人の注文を陸に伝えると陸は女性を見る事もなくカクテルを作り始めた。おまかせのカクテルを作る時には相手を見てからイメージにあったものを作るので珍しい事だった。それに気のせいか不機嫌になっているように見えた。
暫く客の対応をしていると陸に呼ばれた。カウンターに戻ると出来上がったカクテルと水割りが置いてあった。
「ナオ、8番」
月島達の注文の品であった。ナオは頷くとお盆にのせた。浅いカクテルグラスには薄いピンクの液体が入っており小さな花が浮いていた。ナオの口元は笑みになる。陸の作るカクテルはお客にも好評であったしナオも好きだった。色々とアレンジをして作り出したこのカクテルも彼女を表しているようであった。注文されたお酒を持って行った後、陸が再び月島がいるテーブルを見ていた。その時陸が見ていたのが、月島と一緒にいる女性だったことに気がついた。月島が一緒と言う事はやはり知り合いの女性だったのであろうか。しかしゆっくり考えている暇もなく客からの声がかかり他のテーブルへと行く。その後も2人が店にいる間中、陸は気にしており機嫌が悪かった。
陸の機嫌の波は日によって違いハラハラさせられたが客に対して喋らないということはなかった。少しずつ雑談をして笑うようにもなってきた。店ではあまり喋らないが実は結構なお喋りらしかった。マスターが笑って教えてくれたのだが陸が変わり、変わろうとしているのは大切な人の為にと言う事だった。