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 フェリシアン様は初めて顔を合わせてからも変わることなく、毎日我が家に来てくださった。

 忙しい身の上だからと最初は遠慮したものの「毎日寝台の上では退屈だろう。少しでも気が晴れてくれたら良い」とお気遣いくださり、強く主張もできなかった私は結局甘えることになってしまった。

 見るからに高貴なお方だとわかる顔立ちと身なりのフェリシアン様。最初は恐れ多く感じたけれど、フェリシアン様は思ったより話しやすい方だった。

 驕り高ぶったところがなにひとつない所作と話し方。

 私の体調に始終目を配られ、少しでも私が異変を見せると体調を気遣ってくれる気くばりの良さ。

 そんなフェリシアン様の優しさに打ち解けて、最初は想い続けた相手と対面する緊張に包まれていた私も、一週間経つ頃にはすっかり普通に話せるようになっていた。

 平民貴族問わずこの国の女性の多くを虜にするフェリシアン様。

 そんな人が私の婚約者だなんて、未だに信じられなかった。


――コンコンコンコン。


 扉がノックされた。

 きっとフェリシアン様だわ。昼を少し過ぎたこの時分にいつもやってくるもの。

 

「はい」


 応えを返して扉が開かれると、予想通りフェリシアン様が現れた。

 フェリシアン様が持ってきた花束を手渡してくれる。


「これを君に」


 あれから毎日、変わることなく花束を持ってきてくださるフェリシアン様。

 ふんわりと花の良い香りが鼻腔をくすぐった。


「ありがとうございます」


「体調は問題ないだろうか」


「はい。おかげさまで」


 フェリシアン様が寝台横に置かれた椅子に腰を落ち着かせる。

 王都警備団の制服に身を包んだフェリシアン様を毎日眺めているけれど、その秀麗さには一向に慣れない。

 上等な白の織物に、美しい金の飾緒。華やかに胸を飾る警備団の団章と襟と袖に施された繊細な刺繍。

 遠くでしか見ることができなかった隊服をこうして間近で見ることができるなんて、少し前までは想像もしていなかった。

 ぼうと見惚れていると、フェリシアン様が口を開いた。


「今日は来る途中、燕が飛んでいるのを見かけた」 


「燕ですか」


「ああ。少し小さい燕もいたから、親子なんだろう」


「まあ。それは可愛かったでしょうね」


 まだ寝台を離れられない私を思ってか、フェリシアン様はこんなふうに外の様子を教えてくれる。

 いついつは、道端でこんな花が咲いていたとか、今日は風が強かったとか。

 愛馬の話をすることもあった。どれも他愛もない話ばかりだけど、フェリシアン様から聞くとどれも特別なことのように聞こえた。

 それに、喋ることが得意でない私では楽しい会話を思いつかないため、フェリシアン様から喋ってくれるのは有り難かった。


 仕事の話をすることもあった。

 警備団では普段どんなふうに過ごしているのか。どんな仕事を受け持っているのか。部下は何人いるのか。

 斥候や諜報部員など耳慣れぬ言葉が出てくれば、その都度尋ねる。フェリシアン様は特に嫌がることなく丁寧に教えてくださる。

 私が今までいた世界はとても小さくて、全然知らない世界のことを聞くのは、興味深かった。

 何よりフェリシアン様のことを少しでも知れた気がして嬉しかった。


 少しでも多くあなたのことが知りたかった。


 今日はフェリシアン様が一団員だった当時の訓練の内容を尋ねる。


「――と腹筋、腕立て伏せをそれぞれ五十回。それが終わると訓練場を――」


 話している途中で、フェリシアン様が急に言葉をとめて、私を見つめる。


「君はこんな話を聞いていて楽しいのか」


「はい。楽しいです」


 当時のフェリシアン様がどんなふうに過ごしていたか思い浮かべられるから。


「そうか……」 


 フェリシアン様は少し奇妙な顔をしたあと、話を続けた。

 私は耳を傾ける。

 こうやって少しずつあなたを知っていけたら、あなたに近付けるだろうか。

 いつか私のことを本当の婚約者だと思ってくれる日がくるだろうか。

 今は『責任』や『償い』の思いしかないだろうけれど。

 話し終えたフェリシアン様が椅子から立ち上がった。


「それではまた明日来る」


 これからまた仕事に向かうのだろう。


「はい。お見送りできなくてすみません」


「いや、まだ無理することはない。今は体を休ませるのが一番だ。あんなに大きな傷を負ったのだから」


 そういえばフェリシアン様は私の傷を見ているのよね。

 あの場で治療してくれたのはフェリシアン様だから。

 傷が残ることに関しては悲しいとは思ったものの、フェリシアン様を助けるためには仕方なかったことだと今は思える。

 私にはフェリシアン様が一番だから。

 でもやはり、お母様が言っていたように『傷物の娘』には変わりない。

 こんな私をフェリシアン様はどう見てるのかしら。

 やはり美しい娘のほうが良いだろうか。

 いつか彼が心惹かれる綺麗な娘が現れるだろうか。

 そうなったらその時は――。


「エレン嬢?」 


 その先の言葉を掴む前に、フェリシアン様に声をかけられた。


「――あ、ごめんなさい。今日はありがとうございました」


「……いや、ゆっくり休んでくれ」


 そう告げると、フェリシアン様は部屋から出ていった。

 静かな部屋にぽつんと残された私は、先程の考えがしばらく頭から離れなかった。




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