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 そして翌日。

 フェリシアン様の訪いがドロシーから告げられ、しばらくしてから扉がノックされた。

 

「はい」


 声が震えていないか気になったけれど、表情だけはなんとか平静を装う。

 緊張で高鳴る心臓を感じながら、扉を見つめる。

 扉が開かれた。

 その瞬間、時がとまった気がした。

 フェリシアン様がそこにいた。

 真っ白に輝く隊服に身を包むそのお姿から気品が滲み出る。  

 見る者の目線を奪うほど麗しいそのお姿。

 光り輝く銀髪に理知的な青い瞳。 

 一目で高貴な方だとわかる秀麗な身なり。

 華やかな隊服を完璧に着こなす均整のとれた体つきと真っ直ぐ伸びた背筋。

 地位も血筋も人望も家柄もすべて持ち合わせた完璧なお方。

 眼の前にいることが信じられなかった。

 私は息がとまったことも忘れ、ただただ見入った。

 私の視線が張り付いていたのに、フェリシアン様は気にする様子もなく、流れるように部屋に入ってくると、寝台の前で立ち止まった。


「初めまして。エレナ・レヴィンズ嬢。私はフェリシアン・サンストレームと申す」


 『初めまして』と言われた瞬間、私は現実に立ち返った。

 彼が覚えていない可能性も考えていたはずなのに、自分の意思とは反対に心が萎んでいくのはとめられなかった。

 一体何を期待していたの。馬鹿ね。

 フェリシアン様は仕事の一環で、助けただけに過ぎないんだもの。九歳の女の子どころか、そんな出来事があったことすらも覚えていないのかもしれない。


「『初めまして』。私はエレナ・レヴィンズと申します」

 

 心の痛みでかえって落ち着いたのか、思ったより冷静に挨拶ができたことにほっとする。

 寝台横に置かれた椅子を勧めようとしたところで、フェリシアン様が突然頭を下げられた。


「この度は本当に申し訳なかった。謝って済む話ではないが、まずは頭を下げさせてほしい。――本当にすまなかった」


「どうして急にそんな――……ッ――!」 


 頭を下げるのをやめさせようと動いたせいで、傷に痛みが走った。

  

「大丈夫か? やはりまだ早かったようだ。無理をさせてすまない。話は今日でなくて良い。また後日改めて――」


「いえ……大丈夫です……」


 支えようと手を伸ばしてくるフェリシアン様に向かって、顔を上げる。


「それより、先程の話ですが――。どうして『申し訳ない』なんて」


「それは当然、君が怪我を負ったのは私のせいだからだ」

  

 なんだか、大きく誤解しているわ。


「いえ、それは違います。怪我を負ったのは、私の責任です。後先考えず飛び出したから……。少し考えれば、こうなることは予想できたのに」


「……いや、我々がしっかり捕まえていれば、あのような事態が起こることがそもそもなかったんだ」

 

 フェリシアン様が辛そうに眉を寄せる。


「我々警備団のミスだ。犯罪者の捕縛をまだ経験の浅い新人に任せてしまったのが間違いだった。捕縛する人数が多く、人手が足りなくてついそちらに回してしまったのだ。まさか、縄が緩むとは――。全ては私の判断力の甘さと、的確に新人を指導できなかった私の至らなさのせいだ」


「そんなことは――」


 フェリシアン様はこれまで数々の功績をあげて、警備騎士団長に任命された方だ。そんな方が判断を誤るとも思えない。単に足りないところに人手を回しただけのこと。それが重大なミスを招くなんて、誰が予想できるだろう。

 新人を指導できなかったことも、警備団の団長がそもそも新人に直接教えるとは考えにくい。きっと他の人を通して、指導していたはず。その指導も真面目に取り組むか話半分に聞くかで、大きく変わってくる。全ては訓練を受ける本人次第。

 だから、フェリシアン様が悪いわけではないわ。


「フェリシアン様のせいではありません。あまりご自分を責めないで下さい。原因が他にあったとしても、やっぱり半分は自分のせいなんです」


「君は……」


 フェリシアン様がなにか言いかけたけど、結局は何も言わずに口を閉じられたので、私は話を続けた。

 

「むしろ、私は感謝しています。こうして生きているのは、その場の的確な処置のおかげだったと聞きました」


 斬られたあとフェリシアン様は必死に私を救おうとしてくれたと、あの場にいたドロシーがあとから教えてくれた。それがなかったら助かっていなかったとも、お医者様が仰っていた。 


「本当にありがとうございます」


 私は頭を下げた。

 フェリシアン様からの返事はなかったけど、受け入れてくれたのだと思う。

 ふとずっとフェリシアン様を立たせていたことに気付いて、私は慌てた。


「申し訳ありません。ずっと立たせたままで。椅子にお座りください」


「……ああ。ありがとう」


 フェリシアン様が椅子に座られたところで、私は思ったことを口にする。


「そういえば、私を斬ったひとは捕まったんでしょうか」 

 

 倒れたため、あのあとどうなったのか、知ることができなかった。


「ああ。あの男は無事捕縛した。君を斬りつけた罪も加わったから、ほかの者より罪は重くなるだろう」


 捕まったのなら良かった。私はほっと息を吐いた。

 今度はフェリシアン様が口を開いた。


「もう聞いてると思うが、私は君の婚約者になった」


 フェリシアン様からの言葉に鼓動が一際高く跳ねた。

 わかっていたことだけれど『婚約者』という言葉を改めてフェリシアン様の口から聞かされると、胸に迫るものがあった。

 夢じゃなかったんだわ。


「君は私のせいではないと言ってくれたが、それでもやはり、君が傷を負った責任を誰かがとらなければならない」

 

 フェリシアン様の真摯な眼差しが一層真剣さを増した。


「君の婚約者になったのは、そのためだ」


 ――え?

 一瞬、なにを言われたかわからなかった。


「その傷のせいで、君の将来はほぼ閉ざされてしまった。君の婚約者となって、その償いをさせてほしい」


 話についていけないまま、フェリシアン様が言葉を続ける。


「本来ならその責任をすぐ果たすべきなんだろうが、君はまだ十四才と聞く。結婚できる年齢になるまで、あと二年かかる。だからその間を婚約期間にして、十六になったら君をすぐ娶ろうと思う。それで良いだろうか」


 フェリシアン様が私の表情を窺うように尋ねてくる。

 『責任』。『償い』。そのふたつが頭のなかでぐるぐると回る。

 そうか、フェリシアン様は私を『責任』から婚約者にしたんだわ。

 先程あった甘い思いが急速に冷えていくのを感じる。

 フェリシアン様の強固な意思を思わせる強い光を宿した眼差し。

 警備騎士団の団長まで登りつめた方だもの。

 責任感もあって、人からなにを言われてもそう簡単には揺るがない意志の持ち主に思われた。

 私のような年端もいかない少女が何を言っても、そう簡単に翻さないだろう。

 それにもう両家のサインが入った婚約書はとっくに役所に提出されてしまっただろう。

 親が決めた相手と結婚するのが当然の貴族社会ならば、反対する余地はどこにもないように思われた。

 私は頷くように首を垂れた。


「……かまいません」  


 あなたと結ばれることを夢見たこともあった。けれど、こんな形ではなかったわ。

 結ばれるなら、お互い想いあった形が理想だった。

 あなたをこんなふうに縛り付けるなんて思わなかったの。ごめんなさい。心の中でそっと詫びる。


「……至らないところがあると思いますが、よろしくお願いします」


「ああ、よろしく頼む」


 顔を上げれば、きらきらと光り輝く私の王子様が見える。

 あなたは何も悪くないのに。

 再び私に優しい手を差し伸べてくれた。

 変わっていないことが嬉しいはずなのに、今は何故か心苦しかった。

 そんな思いを抱いている私とは反対に、フェリシアン様が力強く立ちあがった。


「それと、君にお礼を言わなければならないと思っていた。もっと早く伝えたかったが遅くなってすまない。あの時、――助けてくれてありがとう」


 頭を再び下げるフェリシアン様。後ろで束ねた銀髪がきらりと光って落ちる。


「いいえ。あなたが無事なら良かったです。それだけで、私には充分なんです」


 心からの言葉を言っただけなのに、顔を上げたフェリシアン様の目がなんだか見開かれた気がした。

 しかし、すぐに気を持ち直したように口を開いた。


「辛いところ、長居してしまってすまなかった。今日はこれで失礼する」


「はい。お見舞いありがとうございました」

 

 私も頭を下げると、フェリシアン様が部屋から出ていった。

 フェリシアン様が去ったあとは抜け殻のようにぼうっとなった私。

 『責任』から婚約者となると言った彼。

 『責任』からできた何の取り柄もない婚約者が私。

 あなたにはきっと何もかも揃った素敵な令嬢が寄り添うはずだったのに。

 秀でたところがない私なんて、何ひとつ相応しくない。

 だけど、そう思ってももう仕方がないことだった。

 それならあとは少しでもフェリシアン様の迷惑にならないよう努めるだけだわ。

 そう心に決めれば、落ち込む気持ちを少しだけ紛らわすことができたのだった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] うーん、流石に二十歳で団長は違和感ありますね。 家門とか才能の問題ではないでしょう。 部隊長とかそのくらいで良かったかと。
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