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「本当に綺麗なお花だこと」
ドロシーが、寝台横に飾られた花の水を取り替えながら微笑む。
あれから二週間あまり。
フェリシアン様は毎日お見舞いに来てくださっている。
そして毎回、部屋には立ち寄らず、見舞いの言葉と花束を残して去っていく。
「動けないお嬢様を思って、こうして毎日違う花を持ってきてくださるなんて、優しい方ですね」
「……ええ、本当に」
会わないのなら、遣いの者に届けさせても良いのに、わざわざご自身で届けられるフェリシアン様。
王都警備団の団長ともなれば、忙しい身の上だろうに。
「私達使用人に対しても、全然態度が変わられないんですよ。あれほど高貴な家柄の出では珍しいくらい。本当にお嬢様は良き方の婚約者になられましたね」
嬉しそうに褒めそやすドロシーの姿から、本心からフェリシアン様を讃えているのが伝わってくる。
『婚約者』という言葉が出たけれど、私の中ではまだフェリシアン様の婚約者になった実感が湧かない。
きっとまだ一度もお会いしていないからだわ。
ずっと痛みに喘いだり、熱にうなされたりと、人に会える状態ではなかったこの二週間。
私は贈られた花を見る。
可愛らしいピンクのお花。
昨日は黄色とオレンジのガーベラだった。
怪我を負って運ばれ、一番最初に目覚めた時に見た花も、実はフェリシアン様からのものだったとドロシーから聞かされた。
私の口が自然と綻ぶ。
彼が変わらず、あの頃のまま優しいことが嬉しかった。
お茶会では、フェリシアン様が誰にもなびかない冷たい貴公子と言うひともいるけれど。
――本当の彼はとても優しいひと。
どうして私なんかを婚約者にしたのかしら。
婚約者になったと知らされてから、ずっとぐるぐると頭の中をめぐる疑問。
私には自慢できるところなんてひとつもないのに。
ほかの令嬢のほうが私よりずっと優れているだろうに。
それこそ幼い頃からしっかりと教育を受けた公爵令嬢や侯爵令嬢たちが。きっと博識で、歌や管弦に優れた、多才な方。
我が家は貧しかったから、そんな教育は一切受けれなかったけれど。
お会いして聞いてみれば、答えが聞けるかしら。
もしかして、あの時の子供が私だと気付いたのかしら。
それで婚約者になった理由はわからないけれど、もしそうなら嬉しい。
フェリシアン様の頭の片隅にでも自分がいたのだと思うと、心が浮き立つ。
そう思ったところで、扉がノックされた。
「エレン、調子はどうだい」
扉を開けてお父様が部屋に入ってきた。
「まだ痛みはありますが、最初よりは大分楽になりました。ありがとうございます」
「起き上がれるようにもなったんだね。それは良かった。なら、そろそろこの部屋にフェリシアン様を通しても良いだろうか」
「――え?」
心の準備もなにもなかった私は、突然の提案に心臓が波打った。
「毎日花束だけを届けられて、もう二週間以上経つ。流石にそろそろ顔を合わせても良いんじゃないかと思ってね」
急に高鳴り始める心臓の音。
フェリシアン様に会うことを考えるだけで、臆病になって逃げてしまいたくなる。
ずっと想っていた相手なのに。
なぜこんなにも、私には勇気がないのだろう。
「どうだろうか」
返事を返さない私を訝しがって、お父様が首を傾げる。
「は、はい。わかりました。……お会いします」
いつまでもこのままではいけない。
うまく対応できる自信はこれっぽっちもないけれど、これ以上先延ばしにするのは悪いような気がした。
同じことを思ったのか、お父様もほっと息を吐いた。
「良かった。フェリシアン様はお前が充分回復するまで待つと仰ってはいたんだが、私らより遥かに高い家門のお方だろう。毎日ただ花を受け取るだけでは忍び難くてね」
男爵家の我が家が礼儀を尽くすならいざ知らず、貴族の頂点に位置するサンストレーム家の御子息が、遣いのように毎日我が家に来てくださっていたのだ。
普通なら考えられないことだった。
お父様に気まずい思いをさせていたんだわ。
「それじゃあ、明日お見舞いに来た際に、エレンの部屋に通すからそのつもりで」
「はい。わかりました」
お父様が部屋から出ていった。
私は緊張を緩めるように、ふうと息を吐いた。
――明日、とうとうお会いするんだわ。
私は窓の外を見つめて、拳をぎゅっと握りしめた。