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「お前、成人を迎える女性に対して、ぬいぐるみはないだろ」


 レナルドの言葉が、今の私の心に(こた)える。


「……あのときはエレン嬢が気になっている様子だったし、喜んでくれると思ったんだ」

 

 自分でも言い訳がましく聞こえるが、そう口にする。


「それにしてもなあ……」


 レナルドががしがしと頭をかく。

 例によって、昼の休憩がてら執務室に来ているレナルド。


 あれから数日。初めてまともに頭が働かなかったことに対しての驚きが未だ心を占めている。それから、エレン嬢に告白された事実にも。

 レナルドに話せば、戸惑いも晴れ、多少は心がすっきりすると思ったのだが。

 だが、話せば話すほど、自分がした行動にいたたまれなくなっていく。

 十歳の子供ならともかく、成人を迎える女性にぬいぐるみをあげるなど、あまりに不釣り合いである。

 よく考えれば、そんなもので喜ぶはずはないのに。

 その後もその後で、いつもの自分を見失い。

 気もそぞろだった私を見て、エレン嬢はおかしく思わなかっただろうか。


「あんなこと、初めてだったんだ。これほど自分が動揺するとは思わなかった」


 女性に告白されて、今まで心を揺れ動かされたことなどなかったのに。

 エレン嬢が相手だと、私はどうやらおかしくなるようだった。


「一体どうしたことだ」


 頭を抱える私にレナルドが残念な者を見るような目線をおくってきた。


「未だに自分の気持ちに気付かないのか……。それにしても、告白された返事に『ありがとう』はないな。せめてそこは『嬉しい』とか返すべきだろ。まあ、一番はお前の気持ちを伝えることだ」


 確かにこのままではいけないような気がする。

 けれど――


「私の気持ち……」 


 呟いたきり声を発さなくなった私を見て、レナルドが溜息を吐いた。


「まあ、お前がそうなるのも無理はないけどさ。俺たちのような大きな家の跡継ぎはさ、自分の感情より、その立場に相応しい振る舞いを身に付けさせられる。跡継ぎとしてどうしたら良いか考えて、本当にしたい行動よりそっちを優先させるだろ。もうひとりの自分がいる感じだよな。で、いつからか、そっちの自分でものを考えるのが自然になっちまって、本当の自分の感情には疎くなっちまうんだよな」


 幼い頃からサンストレーム家の次期公爵としての教育を受け、それに相応しい振る舞いをしてきた。

 それに苦痛を感じたことはなかったが。


「お前の場合、元々の素養もあったんだろう。だから余計、自分の気持ちに疎いんだ」


 レナルドが執務室のソファから立ち上がった。


「まあ、でも良かったよ。このまま恋を知らずに行っちまうのかと思っていたが、お前にもようやく春が来たんだな」


 口の端をあげて笑うと、後ろ姿で軽く手を振って去っていった。

 私はレナルドの後ろ姿を見送った形のまま、動かなかった。


 そうして自分の気持ちにじっくり向き直る。

 あの日混乱したのは、エレン嬢が私のことを好きだとは思っていなかったからだと考えた。

 けれど、それ以外にも新たな感情が湧き上がっているのを感じる。  

 そわそわして落ち着かないのに、不快ではない。

 

――これは喜びや嬉しさがないまぜになったような気持ちだろうか?


 それでいて切なく疼くので、不思議に思う。


 何故エレン嬢だと、こんな気持ちになるのだろうか。


 これまでエレン嬢に感じた数々の想い。

 エレン嬢が私に見せる素直さや優しさ、純粋さや奥ゆかしさ。彼女の微笑みを思い出せば、私の心を温かく溶かしていく。

 その奥から見えたものは――……


――ああ、そうか。私はエレン嬢が好きなんだ……。


 ようやく出せた答えは、柔らかく心を満たしていき、これまでにない感覚を私に与えた。



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