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「え? 今なんて……?」
エレン嬢が驚いたように目を丸くする。
「一ヶ月後にあるお祭りに行かないかと誘ったんだ」
今のこの時間、私はエレン嬢とお茶を楽しんでいた。
「お祭り……」
エレン嬢はぽつりと呟いたきり、固まってしまう。
「……騒がしいところは嫌いだろうか」
心配になって訊けば、彼女は慌てて首を振った。
「い、いいえ! 全然っ」
先程の反応などなかったかのように、瞳を輝かせて見つめてくる。
「ぜひ、行きたいです」
私はほっと息を吐いた。
これまでお祭りの日は仕事を休んだことはなかったが、今回初めて休みをとった。
仕事を常に優先してきた私にとって、驚くべき行動である。自分でも内心驚いている。
今回『祭り』と聞いて、仕事の内容よりも、エレン嬢がまず思い浮かんだ。
これまで祭りの巡回中に、たくさんの恋人たちを見かけてきても特に思うことはなかったが、自分たちがあの中の一組になるのを想像したらそれも悪くない気がしたのだ。
何より、祭りを楽しむエレン嬢を見たいと思った。それにたまには婚約者らしいことをしてあげたい。
今回休みの希望をだした時に、部下たちに冷やかされたのは煩かったが。
祭りの前日までは不備がないよう、きちんと仕事を務めるつもりだし、副団長もいる。何度か祭りの日に仕事にあたっているから要領も心得ているだろう。
心置きなく、祭りを楽しめるはずだ。
「良かった。では当日迎えにいく」
「はい。お待ちしております」
エレン嬢が嬉しそうに笑ったので、私も今から祭りが楽しみになった。




