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「フェリシアン、いつになったらレヴィンズ家のお嬢さんに会わせてくれるわけ?」


「またその話ですか」

 

 不平を漏らす母上に向かって、私はため息混じりの返事は返す。


「怪我はもう治ったのでしょ? いい加減、会わせてちょうだい。彼女は私達の未来の義娘でもあるんだから」


 エレン嬢に会わせろと度々せっつく母を私は毎回跳ね除けている。

 不満顔の母上の隣では、(いかめ)しい顔つきの父上。

 だが父上のこの顔は普段と変わらない。

 ソファに座る二人を眺めて、会わせない理由が当の自分たちに寄るものだとは少しも思い至らないのだろう。


 社交界に君臨する母と、同じく貴族階層の頂きに立つ父。

 この二人を相手するには十五歳の少女には酷なように思える。加え、エレン嬢はおとなしく控えめな女性だ。

 昔から自由奔放で我の強い母。この私でさえ、押しの強さに負けてしまうことがあるというのに――良い例がこの長髪だ――あの少女が相手ならいいように振り回されてしまうことだろう。

 きっと茶会やサロンに連れ回すに違いない。

 読書や刺繍が趣味と言った、あの少女の平穏が乱されるのは私の本意ではない。

 そして父上はその風格ある佇まいと威厳のある風貌によって、これまで夜会などで挨拶に訪れる令嬢たちを青ざめさせているところを度々目撃している。

 そんな父上を前にしたら、エレン嬢もきっとそうなってしまうだろう。


 貴族の子女たちは成人を迎えてから婚約を結ぶ者も多い。下位貴族だと尚更一般的である。

 下位貴族でエレン嬢と同じ年頃の女性は今は、和気あいあいと平穏に過ごしているはずだ。

 男爵令嬢でまだ成人も迎えていないエレン嬢の心の負担を早めるような真似はしたくない。

 結婚したら、それこそいくらでも会えるのだ。

 よって、私はいつもの返事を返す。


「まだ会える準備ができていないのです。お待ち下さい」


「それは何度も聞いたわ。一体いつになったら、準備が整うのよ」


「その時が来たら、知らせますから」


 当分はそのつもりはないが。

 膨れ面の母をおいて、私はソファから立ち上がった。



 そのことを近衛騎士団所属で、友人でもあるレナルド・アーキンに愚痴ったら―― 


「へえ。婚約の経緯を聞かされた時はどうなることかと思ったが、心配することなかったな」

 

 ひとの執務室で寛ぎながら、呑気に言った。

 

「今の話を聞いて、どうしてそんな結論になるんだ」


 エレン嬢を両親に会わせるのが心配という話をしていた筈なのだが。

 呆れ顔で執務机から顔をあげる。

 今はちょうど昼の時間帯。

 近衛騎士団とは建物が異なるのだが、レナルドは気が向いたように度々こうしてやってくる。

 公爵家同士という繋がりと騎士団の入団試験を受けた時期も重なって、彼とは昔から交流がある。


「俺が心配してたのはお前のことだよ」


「おかしなことを言う。今の話から何故私の話になるんだ」


「……わからないなら、まあいいや」


 腑に落ちない私の顔を見て、レナルドが頭をかく。


「まあ、とにかく、『氷の貴公子』とも呼ばれるお前が婚約者とうまくやれるか気を揉んでたけど、大丈夫そうで良かったよ」


「『氷の貴公子』? なんだそれは」


「一部の令嬢の間でそう呼ばれてんの。知らなかったか」


「何故そんな名が?」


「決まってるだろ。お前の女性に対する態度からつけられたんだ」


「私は女性に冷たくした覚えはない」


「よく言うよ。以前デートしたコレット侯爵令嬢になんて言ったか覚えてるか」

 

 そう言われて薄っすら思い出す。

 まだエレン嬢と出会う前。婚約者探しに侯爵令嬢と一日付き合った覚えがある。

 その容姿が褒め称えられることで有名な女性で、本人も自慢している節があった。


「着飾ってきた相手に『あら、美しいって褒めてくださいませんの』って訊かれて、お前なんて答えた?」


「『美しいものを見たら、自然と『美しい』という言葉が出てくるものだ。そのように自分から言うのは美しさを損ねるものだから言わないほうが良い』」


 そう言ったら、彼女は閉口して喋らなくなってしまった。

 そのことを後にレナルドに相談したら、ため息を吐かれてしまった。


「私は彼女のためを思って、アドバイスしただけだ」


「あのなあ、女性というものは嘘でも美辞麗句やお世辞を好むものなんだ。お前はもう少し女性の扱いを知ったほうが良い」


「嘘は嫌いだ」


「はあ。そんな調子で、婚約者からいつか呆れられても知らないからな」


「要らぬ心配だ。それよりもう充分休憩はとっただろう。早く自分のところに戻れ。私は忙しいんだ」

 

 私は書きかけの書類に目を戻す。


「はいはい。――お世辞を言ったら、きっとお前の婚約者も喜ぶのに」


 レナルドは肩を竦めて部屋から出ていった。

 最後の言葉が耳に残り、ふとペンを止めて考える。

 喜ぶエレン嬢の姿を想像しようとしたけれど、その前にお世辞を並べたてる自分がやはり想像できなくて、思い浮かべることができなかった。

 



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