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「今日はこの花を君に持って来た」
今日も私は見舞いに訪れ、彼女に花束を差し出す。
「ありがとうございます」
例によって、花束を嬉しそうに受け取る彼女。が、しかし次の言葉で私は一瞬固まることになった。
「花に埋もれてしまいそう」
これまで毎日、花を欠かしたことはなかったため、私が贈った花束はエレン嬢の部屋だけではなく、玄関にまで飾られていた。今まで贈った量を考えると、レヴィンズ家の至るところに飾られているかもしれない。今更ながらそんなことに気づく。
――流石に毎日は持ってき過ぎだっただろうか。
そんな不安が胸中に疼く。
今の言葉はもしかしたら遠回しにそれを伝えているのかもしれない。優しい彼女のことだから面と向かって断れないのだろう。
そう判断した私は内心反省しつつ、椅子に座った。
「調子はどうだろうか」
「はい。お医者様から寝台から降りて良いと言われました」
「それは良かった」
私はほっと息を吐く。医者から許可が貰えたのなら、彼女には特に後遺症はないのだろう。
斬りどころが悪ければ、半身が動かない可能性もあった。
「はい。全てフェリシアン様のおかげです」
健気にそう微笑む彼女に心が温かくなった。
「私はなにもしていない。君が頑張ったんだ」
この少女といると何故だろう。
度々味わったことがない感情に見舞われる。
決して不快ではなく、むしろ心地よいのだが、まだこの感情がはっきりしないでいる。
微笑めば、彼女が柔らかく笑みを返してくれる。また胸がざわついた。
そうしていつも通り、雑談をして帰ることとなった。
「さて、そろそろ行かねばならない」
「あ、今日は私がお見送りします」
私が立ち上がると、エレン嬢は寝台の端に腰掛け立ち上がろうとした。
「――あっ」
声をあげて、彼女が崩れ落ちる。
「危ない」
床につく寸前でなんとか、彼女を抱きとめる。
「大丈夫か?」
腰に手を回しながら、その軽さに驚く。
背中が目に入り、その広さは優に覆い尽くせそうな程小さい。
――こんな小さい背中で私を守ったのか。
改めてその現実が身にしみた。
「ずっと動いていなかったから、すっかり筋力が落ちてしまったんだろう」
「……すみません」
「いや、謝ることはない。これから歩く練習をすればいい」
彼女を寝台に座らせるも、果たして付き添える使用人がいるか気にかかった。
この家に通って早一ヶ月。その間、目にした使用人はドロシーというメイドひとり。ほかは見ていない。
目に入った範囲内だから厨房の方にはもしかしたら料理人がいるかもしれないが、少なくとも、この家の仕事はほとんど彼女が担っているのだろう。男爵夫妻の用事も言い付けられることを考えたら、ドロシーにエレン嬢を見る余裕はない。
私のまなうらに少女がひとりで懸命に歩こうとする姿が浮かび上がり、そんなことはさせられないと思った。
「明日から私と一緒に練習しよう」
気付けば、そう口に出していた。
そもそも怪我を負ったのは私のせいなのだから、彼女の面倒をきちんと見るのが筋だろう。
「……はい」
彼女は俯いたまま顔をあげない。
その消沈したともとれる様子に、歩けなかったことがショックだったのだろうと考えた。
怪我を負う前は普通に歩けていたのだから、当たり前だ。
体だけではなく、心まで傷つけてしまったことに心が痛んだ。
慰めるために、彼女の頭を数回撫でる。
「それではまた明日」
返事はなかったが、今はそっとしておくべきだと思い、私は静かに部屋から辞した。




