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ここ一週間見慣れた扉をノックすると、小さな応えがある。
「はい」
扉を開けると、こちらに目を向けるエレン嬢の姿が目に映る。
私は寝台に近づき、花束を差し出した。
「これを君に」
「ありがとうございます」
ふんわりと笑って、嬉しそうに花を受け取る彼女。
「体調は問題ないだろうか」
「はい。おかげさまで」
この部屋に通い詰めて一週間。
最初は緊張していた彼女も、今では普通に笑顔を見せてくれるようになった。
「今日は来る途中、燕が飛んでいるのを見かけた」
「燕ですか」
「ああ。少し小さい燕もいたから、親子なんだろう」
「まあ。それは可愛かったでしょうね」
外に出られない彼女を思い、道すがら外で見たことを伝えるが、どれも他愛もない話なのに、彼女は嬉しそうに聞いてくれる。
エレン嬢はおとなしい性格のようだった。
進んで口を開くことはないので、自然と会話の内容は私任せとなる。
女性相手に何を喋って良いかわからず、けれどなにも思いつかなかった私は、仕事の話をすることしかできなかった。
けれど彼女はそんな退屈な話も、瞳を煌めかせて聞いてくれる。むしろ、向こうから質問してくることさえあった。
今日は私が一団員だった頃の訓練を尋ねてきたので、答える。
「――と腹筋、腕立て伏せをそれぞれ五十回。それが終わると訓練場を――」
途中で、本当にこんな話に興味があるのか気になって、言葉をとめる。
「君はこんな話を聞いていて楽しいのか」
「はい。楽しいです」
迷いもなく答えた言葉に、私は何とも言えない気持ちになった。
私が知っている女性は皆、お世辞や噂話、最新の流行の話ばかりを好む。国政や仕事の話をしようものならば、乗り気ではない表情を浮かべる。なので、女性を相手にするときは私は聞き役に徹していたのだが。
――こんな女性は初めてだ。
「そうか……」
不思議な気持ちになりつつも、私は言葉を続けた。
そうして質問に答えたあと時間を迎えたことに気付き、私は席を立った。
「それではまた明日来る」
また今から仕事に戻らなければならない。
昼の休憩を使って来ていたため、いられるのはここまでだ。短い時間ではあるが、少しでも、彼女の退屈を紛らわせられていたら良いのだが。
「はい。お見送りできなくてすみません」
申し訳なさそうにする彼女に、また心がざわついた。
「いや、まだ無理することはない。今は体を休ませるのが一番だ。あんなに大きな傷を負ったのだから」
そう言ったあと、何故かエレン嬢は思い悩むような表情になった。
「エレン嬢?」
「――あ、ごめんなさい。今日はありがとうございました」
「……いや、ゆっくり休んでくれ」
少し気になったものの、私は部屋から出ていった。




