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 翌日、私はレヴィンズ家を訪ねた。 

 今回もまた執事ではなく、昨日と同じメイドが出てきた。

 応接間に通されると、程なくして男爵夫妻が足音を響かせてやってきた。

 一応先触れとして、公爵家から尋ねることは伝えておいたのだが、これ程慌ててくるのはもはや男爵の性格のせいだろう。

 

「これは、フェリシアン様っ。お待たせ致しました!」


「いや」


「毎日お勤めご苦労様でございます」


 男爵は私が仕事の一環で来たと思ったようだった。


「いや。今回は仕事とは関係なく。――エレン嬢の具合はどうだろうか」


 今回はこちらから勧めることなく、男爵夫妻はソファに座ってくれた。

 メイドがやってきて、お茶を並べていく。


「実は昨日、娘が一度目を覚ましました」


「そうか」


 私はほっと息を吐いた。


「ですが、血を失ったせいかまたすぐ眠ってしまい――。今は深く眠っているようです」


 男爵が娘の身を案じるように眉を寄せた。


「――男爵、それから夫人」


「はい」


 私の視線に二人が居住まいを正した。


「今日来たのは他でもない。――エレン嬢を私の婚約者に迎えいれたい」


 言った瞬間、ふたりが目を広げて固まった。


「怪我が治っても、普通の令嬢の幸せは望めないだろう。ならば、せめて私が彼女の慰めとなって、本来与えられるべきだった幸せを与えてあげたい」


 突然の申し出に驚いたのか、男爵の額から一気に汗が滲み出てきた。

 

「で、ででですが、そんな大事なことをこの場で決めてしまってよろしいのですか。公爵様の許可も――」


「父と母にはもう許可を貰ってある」


「左様ですか……」

 

 男爵は呆然としたまま、口を開け放つ。


「もしや気が進まないだろうか?」

 

 案じて訊いてみれば、男爵は慌てて手と首を振った。


「とんでもない! このしがない男爵家からしてみれば、願ってもない申し出です!」


「良かった。では、こちらにサインを貰えるだろうか。必要なところは記入し、あとはそちらのサインを書くだけになっている」 

 

 私は懐から一枚の用紙を取り出す。

 役所に提出する婚約届だ。

 名前も必要事項も総て記入し、男爵のサインを記すところだけが空白になっている。

 男爵は啞然としながら、婚約届を手にした。

 しかし、ふと何かに思い至ったのか、心配気に眉を寄せる。


「とても光栄な申し出なのですが、我々には持参金がありません……用意できてもほんの少ししか……」

 

 それまで呆然としていた夫人も一緒になって眉を寄せる。


「いえ、持参金は必要ありません」


 言われるまで念頭になかったことだが、私は即座にそう返した。

 体や容貌に難がある令嬢を嫁に出すときは持参金を高くするのが通常ではある。

 だがどんなに高く積んだところで、たかが知れている。我がサンストレーム家にとってはあってもなくとも同じこと。


「こちらから望んだ婚約です。エレン嬢さえお嫁に来て頂けたらそれで充分です」


「よろしいのですか……?」


「ああ」


「では本当に……。ありがとうございます!」

 

 半信半疑だったような男爵の顔がぱっと明るくなった。夫人も隣で顔を綻ばせる。

 男爵は早速メイドに筆とインクを持ってこさせると、書類にサインを走らせた。


「どうぞ、よろしくお願いします」


 男爵が頭を下げて、書類を私に戻した。


「ああ。ではこちらは私が役所に提出しよう。――これからよろしく頼む」


 こうして、思いがけぬ縁によって、私は婚約者を迎えたのだった。



『体や容貌に難がある令嬢を嫁に出すときは持参金を高くするのが通常ではある。』としていますが、大きな傷を負ってしまったエレンの場合は流石に厳しく嫁の貰い手がありません。

体や容貌に難がある令嬢を嫁に出す家が持参金を積めるということは、家格がそれなりにあり、家同士が結びつく利益も踏まえての上です。

レヴィンズ家はそういった益もないので、エレンが嫁にいける可能性はゼロに近いです。


いつも読んでくださり、ありがとうございます。

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