42
次の日の夜。
仕事から帰った私は両親の居室のソファで、父上と母上を前にして言った。
「エレン・レヴィンズ嬢を婚約者に迎えたいと思います」
「まあ」
母上が目を丸くした。
父上は表情を変えなかった。
二人には事件のことは昨日のうちに話していた。
「王都民を守る立場にも関わらず、私の団のせいで、令嬢に怪我を負わせてしまいました。その責任をとるつもりです」
一日考えて出した結論だった。
このまま何の償いをしないのは人の道に反する。
助けてもらっておいて、このままのうのうと生きるには心苦しかった。
少女にとって、何が一番救いになるか考えたとき、結婚するのが一番良いのではないかと思った。
修道院行きや歳の離れた男の後妻になるよりは、このサンストレーム家に迎えたほうが幸せになるのでないかと思った。
「……そうね。その娘の将来を考えたら、決して明るくはないでしょう。息子を救ってもらった身としては、それはあまりに不憫だわ」
同じ女性として、少女の身の上を母上が一番理解できるのだろう。
眉を気遣わしげに顰めたあと、顔をあげた。
「私は反対しないわ。何より、あなたが婚約に乗り気になったのですもの。この好機を逃したら、またいつになるかわかりませんからね」
私に皮肉を言ってくる。
とりあえず母上の賛同はもらえたことになる。
次に父上の方に顔を向ければ、父上は私にまっすぐ視線を注いでいた。
「ほかにも償う方法はあるのだが――」
金銭的なことを言っているのだろう。
確かにサンストレームの財力ならば、一生困らないだけの金銭的な援助はできる。
だが、それでは誠意が欠けてるように思えた。
我々は忘れることはできても、彼女は一生傷を背負って生きていかねばならないのだから。
「これが私の下した決断です。ほかの選択肢があろうとも変えるつもりはありません」
父上は決して声を荒げたり、手をあげたりする方ではない。だが、時にまっすぐ見つめてくる視線は威圧感があった。
そこに他意がなくとも、父上の視線に萎縮した人々を何度も見たことがあった。
私は慣れた者なので、そんな父上の視線をまっすぐ受け止めた。
「後悔はしないな」
その一言で、父上は私を案じてくださっているのだとわかった。
私の真剣さを測り、私に少しでも迷いがあればやめておけと言っている。
息子に後悔してほしくない故に。
私はまっすぐ顔をあげ、力強く頷いた。
「はい。後悔はいたしません」
これまで多くの令嬢と知りあったが、心動かされた令嬢はひとりもいなかった。
人数を踏まえるに、これからもそれは変わらない気がした。
ならば、いつかは適当なところから婚約者を迎えることになるのなら、それがエレン嬢でも大した違いはない。
婚約が少し早まっただけと考えればいいだけのことだと思えた。
「良いだろう。そこまで言うなら、お前の気持ちを尊重しよう」
「ありがとうございます」
二人から許可を貰えれば、あとは男爵夫妻に話を通すのみ。
明日、レヴィンズ家を訪ねようと思ったところで母上が声を弾ませた。
「それにしても、楽しみね。将来私の義娘になる子は一体どんな娘かしら」
今から男爵家に突入しそうな雰囲気に、私は眉根を寄せた。
「重傷を負って寝込んでいるんですから、今はそっとしておいてください」
「わかってるわよ。私もそこまで非常識なことはしないわよ」
昔から自分の我を通すためなら、周りを巻き込んででも我が道を行く母に胡乱げな視線を向けた。
母上はそんな私の視線に降参したようだった。
「わかったわ。あなたの許可がおりるまで、会いに行かないわ」
私はほっと息を吐いて、胸を撫で下ろした。
「では失礼致します」
私は一礼して、両親の居室から出ていった。




