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 黄色い声援が飛ぶ中、私は部下に指示を出す。

 今は以前より王都を騒がせていた犯罪組織の摘発中である。

 建物から捕縛された男たちが列をなして出てくる。


「フェリシアン様ぁ、頑張ってー」


「きゃあ、今日も麗しい!」


「フェリシアン様、素敵ー」


 声援は有り難いと思うものの、私が応えることはない。

 王都民を守る者として、常に仕事を第一として優先するべきだからだ。

 油断したあまり、王都民を危険に晒すことはあってはならない。


 建物から最後のひとりが出てくるのと入れ替わるように、私は建物のまえに立った。


「ちょっとでもいいから、こっち向いてー」


「フェリシアン様ぁ、お仕事応援してますぅー」


 ひときわ声援が大きくなる。

 周りの音が紛れてしまうその大きさに、私は部下に指示を出す声に集中した。


 その時、歓声が悲鳴に変わった。

 後ろに何かを感じて、振り向いた。

 そして飛び込んできた光景に目を見開いた。


 何かを守るように腕を広げた少女と、その後ろで刀を構えた男。

 

 少女の榛色の瞳と目が合った瞬間、時がとまったように感じた。

 男が刀を振りかざし、少女が斬られる。

 私は反射的に叫んだ。


「取り押さえろっ!!」


 場が一気に騒乱する。

 部下が一斉に駆け寄り、男に飛びかかる。

 抵抗したものの、男は悪態をつきながらも取り押さえられた。

 私はその間、自分の代わりに斬られた少女に駆け寄った。


「医者を呼べっ!! 早くっ!!」


 指示を出している間に、血止めするために自分の制服を脱いだ。

 血の気の失せた少女の顔。その小さな体。

 

「死ぬなっ!」


 もう意識もない少女に必死に呼びかける。


「お嬢様っ!」


 その時、群衆の中から年嵩の女性が出てきた。

 倒れた少女を見て、蒼白な顔をしている。

 私は少女の背中を必死に押さえながら、声をかける。


「知り合いか。どこの者だ?」


「ええ! その方はレヴィンズ男爵家のお嬢様です!」


 貴族の令嬢と聞いて、驚く。

 てっきりどこかの商家の娘だと思ったが。

 程なくして、医者が駆けてきた。


「助けてくれ!! こっちだ!!」


 医者はすぐに状況を判断すると、少女を近くの建物へと運びいれるよう指示する。私は団員たちの手を借りて、少女を建物へと慎重に運びいれた。

 途中だった捜査に関しては部下に指示を与える。

 

 建物の前で待っている間、私は知らず知らずのうちに拳を握っていた。

 眼の前で、団員でもない、何の罪もない少女の命が尽きるかもしれない現実が重くのしかかる。

 何故、あの男の縄が解けたのか、早急に調べなければならない。

 もし不手際があったら――

 頭の中でこれからの算段をつけていると、建物から医者が出てきた。


「どうだ? 助かるか?」


「今日を越せば、なんとか大丈夫でしょう。あとはあの娘の気力、体力次第です」


「そうか、良かった」


 とりあえず一命を取り留めたことにほっとする。

 しかし次に発した言葉によって、その気持ちはすぐに消えた。

 

「しかし、命は助かっても、傷は残るでしょう」


 額の汗を拭いながら医者が続ける。


「もし貴族の令嬢なら、将来は歳の離れた男の後添えか、修道院に行くしかないでしょうな。助けた身とはいえ、少し気の毒です……」


 医者の言葉に罪悪感が胸に広がっていく。

 

「とりあえず、しばらくは自宅で療養です」


「……そうか。わかった」


 少女の行く末をあれこれ考えたところで、今は仕方がない。

 やるべきことがある今は、そちらを優先させよう。

 少女をずっとこの建物においておけないため、私は団員たちの手を借りて、少女を慎重に運び出すことにした。

 医者に付き添ってもらい、彼女の侍女に道案内させて、自宅まで送り届ける。


 着いた先は小さな家だった。

 侍女を先に通し、家の中にはいると、男爵夫妻が出てきた。

 急に現れた我々に目を丸くするも、とりあえず少女を寝台まで運ばせてもらう。

 付いてきた医者が男爵夫妻に少女の容態を伝える。

 男爵夫妻の顔がだんだんと青ざめていくのが見て取れた。

 話し終えた医者と入れ代わるように今度は私が男爵夫妻に身分と名前を名乗り、ことの経緯を説明する。


「娘さんに怪我を負わせてしまい、申し訳ありません」

 

 頭を下げると、男爵夫妻は慌てたようだった。


「そ、そんなっ。頭を上げてください! サンストレーム家のご子息が我々に頭を下げるなど!」


 ご両親は私が名乗るなり、固まっていた。


「……フェリシアン様が悪いわけではありません。全てはその男が悪いんですから……」


 娘が重傷を負ったと知った時のご両親の気持ちは如何ばかりだろう。何の罪もない親子を苦しめてしまったことに、私の胸が痛んだ。

 私はそれから、公爵家から改めて医者をおくることを約束して、その場を辞した。

 付き添ってくれた医者に関してはあとから部下に治療代を届けることを約束した。

 本当はずっとそこにいて少女を見守りたかったが、私にやれることはなかったし、かえってご両親に気を使わせるだけだと思って止めた。

 その後仕事に戻るも、常に少女のことが気にかかり、いつもより仕事が手につかなかった。



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