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 恋なのか。憧れなのか。  

 その後、無事に両親のもとに帰された私。

 あの日以来、彼のことを思い出してばかり。

 寝ても覚めても、何気なく過ごしている時でも、何かに集中している時でも、ふと思い出す。

 彼のことを考えると、心がうずうずと騒がしくなる。くすぐったいような、でも、何かが弾けて飛んでいってしまうような不思議な気持ち。

 初めて訪れた気持ちに、いつもの日常もありふれたものだとは思えない。 

 なんだか、自分の心が塗り替えられてしまったみたい。

 私を届けてくれた彼を見て、お母様はあの制服は王都警備団のものだと言っていた。

 彼についてはそれしか知らない。

 あくまで仕事の一環として保護しただけだからと彼はしきりに頭を下げる両親を置いて、名乗らずに行ってしまった。


 名前だけでも訊けば良かった。 

 そしたらこの気持ちの正体にも名前がつくだろうか。

 幾度目かの後悔の溜め息を吐く。

 会いたいけど、用もないのに屯所を訪ねていったら迷惑だろう。

 そもそも会ったところで、何を話していいかわからない。

 きっとこれきりなのだろうと思っていたら――。





「見て見て、フェリシアン様よ! ここで会えるなんてラッキー!」  


 友人のアデラの買い物に付き合っているときだった。 

 はしゃぎ声をあげたと思ったら、途端にお店の窓にへばりついたアデラ。

 視線を向ければ、馬に乗った五人組が店の前を通り過ぎていくところだった。


 ――あの制服。

 はっとして、顔を確かめれば、あれほど焦がれた彼がその中にいた。


「あの人、フェリシアン様って言うの?」


 アデラの視線の先にいるのが、彼だとわかって思わず尋ねる。


「知らないの? フェリシアン様。もう、本当、エレンはそういうのに疎いよね」


 アデラが呆れたようにこちらを見やる。


「ごめん」


「『フェリシアン・サンストレーム』様。サンストレーム公爵家の御嫡男で跡取りよ。サンストレーム公爵は知ってるよね?」

 

 アデラが窓にへばりついたまま、目で警備隊の姿を追っている。


「うん」

 

 この国の歴史を紐解けば必ず出てくる、格式ある家門だ。

――あの方はそんなすごい家柄だったのね。


「最近、成人を迎えて、王都警備団に入ったんだって」 


――十六歳で成人を迎えるから、ではあの方は十六歳。

 友人の言葉にフェリシアン様に関する情報を頭の中で書き加えていく。


「警備団に入って、まだ二ヶ月しか経ってないのに、見てよあの人気」


 アデラが「気に食わない」とでも言うように、半眼して通りの端に目を向ける。

 見れば、道の脇にはフェリシアン様たちを見つめる町娘たちがそこかしこに立っていた。

 一様に頬を染めて、フェリシアン様を見送っている。中には手を振ってる者までいた。


――人気なんだ。……私だけじゃなかった。

 考えればすぐわかることなのに、その事実を知ってショックを受けている自分がいる。


「でも、いくらきゃあきゃあ騒いだところで、フェリシアン様は相手にしないわよ。ほら、見向きもせず行っちゃった。公爵子息なんて、雲の上の存在だもの。気にかけるわけないのに。話しかけたって、どうせ冷たくフラれるだけよ」


――そんなことない。フェリシアン様は優しい方だった。じゃなきゃ、私みたいな女の子を慰めたり、人形の泥をわざわざ落とすことなんてしない。

 訂正したかったけど、余計な詮索をされるのが嫌で、結局口を開けることができなかった。

 フェリシアン様が視界から消えたことで、アデラが窓から身を離してこちらを向いた。


「それにしても、本当運が良かったよ、私達! 警備団はその都度、巡回のメンバーや道順は違うんだって。だから、フェリシアン様に当たるのは本当に運がないと駄目なの。今日、帰ったら、絶対お姉様に自慢してやるんだから」


「あなたのお姉様もフェリシアン様が好きなの?」


「当たり前じゃん。だって、フェリシアン様の情報をくれたのは全部お姉様だもん。今年デビューした子息の中にめちゃくちゃ美形がいるって、驚いてたの。それで、私も知る機会があったってわけ。私たちみたいな下位貴族はサンストリーム家と繋がりが持てる家柄じゃないから、フェリシアン様が夜会や舞踏会に出席して初めてそのお顔を拝見することができるけど、高位貴族の間ではもっと前から有名だったみたい。だからお姉様、舞踏会で近づきたくても、高位貴族の令嬢たちがみんなフェリシアン様を取り囲んで近づけないって、悔しがってた。こういうとき、本当、自分達の低い家門を恨むよねー」


 アデラががっくりと肩を落とした。

 友人の与えてくれる情報は次々と、私の心に暗い影を落としていく。

 特に秀でたところもない、加えて男爵令嬢の私など、高位貴族の令嬢の前では霞んでしまうだろう。

 お近付きになる前から手の届かない存在だったのだと、言われた気がした。


「でもまだ婚約者もいないから、頑張るってお姉様言ってた。今の所、特別仲の良い令嬢もいないみたいって。あー私達も早くデビューする歳になりたいね。そしたら、フェリシアン様とお知り合いになれるかも!」


 アデラが気を持ち直したように、商品選びを始める。


「今度のお茶会で、これ付けていったらいいと思う?」


 商品棚のブローチをひとつとって、胸元に当ててみせる。


「うん、いいと思う」


 私は微笑んで頷く。


「本当? じゃ、これにしようかな。エレンもなにか買ったら?」


「ううん、私はいい」


「また? この前も何も買わなかったじゃん。オシャレしないと、フェリシアン様みたいな素敵な殿方の目にとまらないよ?」


 アデラが何の他意もなく言った言葉が、心にぐさりと突き刺さった。

 ――そう、私みたいなブローチひとつ買うのさえ躊躇う貧乏男爵家の令嬢がフェリシアン様の目にとまるわけない。

 

「そういえば、今度のお茶会は来るの?」


「どうしようかな」


 困ったように微笑んで、ぼやかす。

 夜会と舞踏会は成人してからでないと出席できないが、お茶会はそれ以下の年齢でも開くことができる。

 主に年の近い令嬢たちで構成されることが多く、交流を深めることができた。その交流も家同士の繋がりがあってこそ。男爵家である私と子爵家であるアデラが出席するのは自然、伯爵、子爵、男爵といった下位貴族の令嬢が主催するお茶会ばかりだ。


「この前もその前の前も参加しなかったじゃない。だから、普通の令嬢が知ってるようなことも疎いのよ。そういうところで、情報交換するんだから。今どきフェリシアン様のこと知らなかったのエレンくらいじゃない?」


「……そうなのかな」


 でも、毎回違うドレスを着ていける程、裕福じゃないから。

 みんな、いつも違うドレスを着ているのに気付いてからは気後れするようになってしまった。

 それからお茶会の席で大抵話に登る、身に着けている宝石や流行しているお店、どこそこのデザイナーが人気だという類の話題は、いつもついていけなくて気詰まりだった。


「次は参加したら? 毎回誘ってくれる相手のことも考えてさ」


「……そうだね」


 私は曖昧に頷いた。




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