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 私は駅馬車の乗り場までくると、最初に目に入った御者台の男性に声をかけた。


「あの、カトレ修道院行きの馬車はどれですか」

 

 いくつか修道院はあるものの、カトレ修道院は持参金がなくとも受け入れてくれると以前聞いたことがあった。

 その分質素で、戒律は厳しいと聞くけれど。

 これまで贅沢したことはないから、きっと大丈夫。

 それに面会も厳しく制限されるそうだから、連れ戻される心配もない。フェリシアン様が万一尋ねてきても会うことはないだろう。


 旅費もなんとかそこまで持ちそうだった。 

 髪飾りや刺繍糸、本を買うためにその都度お願いして貰ったお小遣い。

 毎月貰えるわけではなかったから、お釣りを少しづつ貯めておいたのが幸いした。


「ならあの馬車がそうだよ。遠いから何回か乗り継ぎをしないとなんないがね」


 御者の男性が答えてくれた。


「ありがとうございます」


 私は言われた馬車に向かうと乗せてもらった。

 私のほかに乗客が五人。

 皆窮屈そうに足を曲げて黙り込んだまま座っている。身なりから貴族の人間はいないようだった。

 しばらくすると馬車が動き出だした。

 私は口元をきゅっと引き結んで膝のうえに荷物を抱えると、小さく縮こまった。

 



 

 馬車がガタガタと揺れながら一本道を進む。

 舗装されていないのか、たまに馬車は弾むように激しく上下に揺れる。

 そのたびにお尻を強か打ち付けて、私はため息を吐いた。

 馬車の窓からあたりを伺う。


――目的地までもうそろそろかしら。


 出発したのが昨日。

 最後の宿駅に着いたのが夕方のことで、それ以降は次の日にならないと走らないとのことだったので、私は近くの安宿に泊まって、またカトレ修道院に向けて出発した。

 その後、乗り換えのため、三度馬車を変えた。馬車を待っている間、少し時間をくってしまったけれど、無事カトレ修道院に着きそうだった。


 遠くに視線をやると、建物が小さく形を見せた。尖塔のある建物。

 きっとあれがカトレ修道院だわ。

 それ以外の建物は見当たらない。

 出発した頃にはたくさんあった民家も進むに連れ、数を少なくしていき、今では完全に見えなくなった。

 ぽつりぽつりとあった畑も荒れ地に変わってしまっている。

 乗り合せる乗客も数を減らしていき、今は自分ひとりだけ。

 カトレ修道院行きのこの馬車に乗り込むとき、御者のおじさんが気の毒そうな目で見てきたけど、特に何か言われることはなかった。


 石ころが転がるあたりのもの寂しい光景が、この先に待っているカトレ修道院と結びついて侘しい気持ちにさせる。


「でも、きっと大丈夫」


 私は膝の上にあるうさぎのぬいぐるみに目をやる。馬車に乗るのが自分ひとりだとわかってから、鞄の中から取り出していた。


「あなたがいるもの」


――それからフェリシアン様との思い出が。


 このうさぎのぬいぐるみを見るたび、思い出されることだろう。

 また馬車が跳ねた。

 私はお尻をぶつけた。  

 揺れるたび、ぎしぎしと音を立てる板張りの座席。

 サンストレーム家の馬車に初めて乗った時のことが思い出された。 

 

「この馬車とは大違いね」


 ふわふわだった座席。向かいに座ったフェリシアン様。

 もう遥か遠くのことのように思える。

 懐かしさに思わず微笑んだ。

 ひとつひとつの思い出。

 決して色褪せることはないだろう。

 私の心のなかにいつまでもとどまって、喜びをもたらす。

 外の景色に目をやる。

 カトレ修道院に目を止め、あそこが私の生きていく場所だと心に定めようとしたとき、どこかから蹄の音が聞こえてきた。

 この馬車の音ではない。

 これよりもっと激しく、切迫したような蹄の音。

 しばらくまえから人も馬車も見ていない。

 こんな辺鄙なところに用があるのは私だけではなかったのね。

 蹄の音が後ろから聞こえてくることに気付いて、私は振り返った。




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