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 その日、昼過ぎにサンストレーム家から三人のメイドがやってきた。 

 彼女たちはそれぞれ大きな鞄を二つも手に提げていた。


――お化粧道具って、そんなに必要なものが多いのかしら。

 まともに化粧をしたことがないからわからなかった。

 予想外の荷物の多さに目を丸くしながら部屋に通せば、彼女たちは早速てきぱきと動き出した。

 私を椅子に座らせ、持ってきた大きな鞄を広げる。

 中にはたくさんのお化粧道具が入っていた。

 お(しろい)はもちろんのこと、眉墨や口紅。たくさんの色が付いた脂粉。ほかにもパフや大小のブラシ。

 お粉は一つだけではなく、少しづつ色が違うものが揃っていた。

 私は今まで使っていたお粉はお母様からのお下がりで、色味はそれしかないと思っていたから驚きだった。

 彼女たちはその中から私の肌色と同じものを見つけたようだった。

 

「これね」  


「目元はどうする?」


「淡い色がいいんじゃないかしら。派手より清楚な感じね。そのあたりとかは?」


「いいわね。このあたりも良さそうだけど。じゃあ、頬紅はこれかこれ――」   

 

「じゃあ髪も合わせて結ってくわね」


「お願い」


 お化粧のことなどまるでわからず目を白黒させる私を尻目に、彼女たちが素早く決めていく。 

 経験を積んで腕が確かなことを裏打ちするように、彼女たちの動きには無駄がなかった。

 流石、格式あるサンストレーム家に勤めるメイドたちだった。

 化粧が終われば、今度はドレスへの着替え。

 

 腕を通すときはとてもドキドキした。

 

――本当に私が着ても良いのかしら。


 光り輝くその色と施された刺繍の色を見るにつけ、夢を見ている心地になった。


「すごくお似合いですわ」


「……ありがとうございます。すごく助かりました」


 褒められたことに顔を赤くして、身支度を手伝ってくれた彼女たちにお礼も込めて伝えれば――


「まだ終わりではありませんわ」


 彼女たちが、まだ開けていなかった鞄を開け始めた。

 そこに入っていたものは――


「公爵家からお持ちしたネックレスにイヤリング、髪飾り、ブレスレットです」


 それぞれの鞄のなかに、同じ種類のアクセサリーがいくつも嵌め込まれ並んでいた。

 

「ドレスの色を念頭に合いそうなものをいくつか持っていくようにと私どもに若様が」


「フェリシアン様が――?」


「はい。いずれも歴代の公爵夫人が集めたれっきとした名のある名品ばかりですわ」


――そんな素晴らしいものを私に。

 ドレスだけではなく、アクセサリーまで。


 フェリシアン様の心遣いに胸が熱くなった。

 なぜ、こんなにもあなたは優しいの。

 その優しさに溺れて、いつか息ができなくなるのではないかと思った。


「この中から気に入ったものがあれば、仰ってください」

 

 持ち運ばれた宝飾品はどれも素晴らしいものに思えた。

 宝石に疎い私でも想像もできないくらいの価値がありそうなことだけはわかった。

 きっと過去の公爵夫人が何代にもわたって身につけた品もあるかもしれなかった。


「……どれも素敵で選べそうにありません」


 胸が詰まったのと、本当に何を選べば良いかわからず、そう答えた。


「では、私どもが選んでもよろしいでしょうか」


「……はい」


 三人のメイドがアクセサリーを代わる代わる手に取り、釣り合いを考慮し始めた。

 私は体に宝石を当てられながら、彼女たちが私に合うものを真剣に選んでいるのがその空気から感じられた。


 そして、ようやく全てのアクセサリーを身につけおわると――


「できましたわ。ご覧下さい」


 メイドのひとりが私の全身を姿見に写し出した。私は啞然と口を開いた。


「……これが私――……?」


 そこにいたのは見知らぬ少女だった。

 ほつれ毛ひとつない繊細に結い上げられた髪。陶器のような滑らかな白い肌。人を惹きつけるような印象深い瞳。ふんわりと染まった可憐な頬。艷やかなふっくらした唇。

 どれも自分のものではないような気がした。

 大人の女性になる前の、けれど子供でもない、大人びた美しさと少女特有の初々しさが共存するような、不思議な魅力を放っていた。


 身につけた宝飾品も素晴らしかった。

 パールにダイヤにサファイア。

 今まで身につけることを想像したことさえなかった宝石たちがきらきらと繊細な輝きを首元や耳元で放った。

 そしてそんな価値あるものたちでさえ霞んで見えてしまうほど美しいものは――。


 私は鏡の中のドレスを見て、ほうとため息を漏らした。

 銀色の絹のブロケードに、スカートの下部分を埋め尽くす緻密な青銀色の刺繍。

 スカート部分が揺れ動く度、銀の光が波打ち、花模様の刺繍が繊細に揺れる。


――フェリシアン様の髪と瞳の色と同じ色。


 初めてこれを見たとき、幻ではないかと思わず目を疑った。

 まさかご自身と同じ髪と瞳の色の物を贈られるなんて。普通なら恋人同士でしかやらないこと。色事に疎い私でも、そこに込められた意味をなんとなく察することができた。


――でも、私には特別な感情を何も抱いていないことがこの前はっきりした。


 だからこれは『婚約者』に対しての特別な配慮なのだろう。  

 フェリシアン様はお優しい方だから。

 他意はなくとも、フェリシアン様の髪と瞳の色を纏えることが光栄だった。

 私は少しだけ気持ちを落ち着かせて、鏡の中の自分を見やる。

 以前贈られたピンクと黄色と水色のドレスは花飾りやフリルが使われていて、可愛らしいものだったけれど、今着ているドレスは無駄な装飾がない分、洗練されていて大人びている。

 その凝っていない分を補うように、上質なブリゲードが作り出す銀の輝きとふんだんに施された刺繍がドレスを魅力あるもに引き立てていた。


――この姿なら、子供っぽく見えないわよね。フェリシアン様に少しでも釣り合いますように。


 それだけが、唯一の心配事だった。


「さあ、最後にこれを髪に挿して終わりですわ」


 メイドのひとりが私の髪に白いデイジーを挿した。

 社交界デビューする貴族の子女は白い花を身につけるのが習わしだった。

 男子ならば胸に、女子ならば髪に飾ることが多い。


「若様が自らこのお花をお選びになりましたのよ」


「フェリシアン様が……」


 白い可憐な花が髪の上で揺れる。

 私はそっと花に手をやると、微笑んだ。

 その時、扉がノックされた。



 

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