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 今の気持ちが抑えきれず出てしまったのか、私の足は馬車のステップを弾むように踏んだあと、軽やかに地面に降り立った。

 

「では行こうか」


「はい」


 フェリシアン様の腕に手をかける。

 一回目のお出掛け以来、何度かお茶を重ねたあと、フェリシアン様は再び私を街に誘ってくださった。

 今日がその二回目のお出掛けの日。

 例によって、私は朝からバタバタで、寸前になってようやく格好が決まった。

 前回は髪をおろしていたから、今回はハーフアップ。後ろで結んだ青いリボンは前回フェリシアン様に買って貰ったもの。

 耳にはもちろんピンクの貝殻のイヤリング。

 ドレスは前回と同じではないものを選んだ。

 

「こういう場所に行きたいとか、希望はあるだろうか」


 私は小さく首を振ってからフェリシアン様を見上げた。


「ありません。お任せします」


 前回は服飾店などが集まる商業地区だった。けれどその後の家でのお茶の席で、私があまり街に行ったことがないことを知ると、フェリシアン様は次は街を案内しようと言ってくれたのだ。

 一回だけでも夢みたいだったのに、まさかまたデートできるだなんて。

 嬉しくて、約束をした日からずっと心待ちにしていた。


「では、このあたりから見て回ろうか」


「はい。おねがいします」


 それからフェリシアン様は私を街に案内してくださった。

 工芸品を扱うお店が連なる区域から芸術家たちが住まうアトリエ、大聖堂に歴史ある建造物など、持っている知識を披露しながら説明してくれる。

 フェリシアン様の説明はすごく聞き取りやすくて、その上、私が興味を引くようなものを選んで話されているようだった。

 

「フェリシアン様はどうしてこんなに街にお詳しいのですか」


 感嘆の眼差しを込めて見上げる。


「歴史が関係している建物は子供の頃に習った中に出てきたし、他は昔、警邏をしているときに詳しくなった。どこにどんなものがあるか、知っておくのも仕事のうちだから」


 そうか。私は警邏中のフェリシアン様を二度ほどしか見かけたことがなかったけれど、フェリシアン様は何度も街を回ったのだろう。

 なら、今辿った道は全部フェリシアン様が警邏中に辿った道なんだわ。

 そう思うと、同じ道筋を歩いたことに胸がときめいた。


「今はもう警邏はされないのですか」


「ああ、下の者に任せている。――あれは」


 フェリシアン様の視線がふと少し離れた先でとまった。


「どうかしましたか?」


「警邏中によく買って食べた屋台を見つけたんだ。――まだあったんだな」


 フェリシアン様が懐かしそうに微笑んだ。

 見れば屋台では何か串に刺して焼いているようだった。


「あれを食べてたのですか?」


「ああ。昼に警邏が重なったときにな。手軽に腹を満たせて良かったんだ」


 フェリシアン様が屋台から視線を外して、あたりを見た。


「さて、案内はここくらいにして、どこかお店に入ろう。なにか食べたいものはあるか」


「あれが食べたいです」 

 

 私は屋台を指差した。

 フェリシアン様は驚いた顔を向けた。


「……あれでは座って休憩もできないぞ。第一、君の口に合うかどうか」


「構いません。フェリシアン様も立って食べたんですよね。フェリシアン様が食べたものを私も食べてみたいです」


 あなたが食べて美味しいと感じたものを私も食べてみたかった。

 同じ気持ちを共有してみたかった。


「――あ。……でも、フェリシアン様はちゃんとしたお店のほうが良いでしょうか……」


 しかし、すぐにその考えに思いいたって、尻すぼみになりながら言葉を紡ぐ。

 わがままをつい口にしてしまった自分の浅はかさを反省して、首を下げれば――


「いや、君が良いなら私もあれでかまわない。――では、そうするか」


 フェリシアン様がそう言ってくださった。


「……良いのですか」


「ああ。食べたいんだろう?」


 顔を上げれば、優しさに溢れたフェリシアン様の目があった。


「――はい!」


 嬉しくなって、勢いよく返事を返してしまった。


 フェリシアン様は屋台に行くと、串焼きを二つ頼んだ。受け取ると、一本を私に渡してくれる。

 鶏肉を刺したものらしく、一口大のものが四つ並んでいた。こんがりと焼けている。

 

――立って食べるなんて初めて。それもこんな外で。

 初めての経験と、フェリシアン様が当時何度も口にしたものを食べられる喜びで、いつもより鼓動がざわつく。

 思い切って齧りつくと、肉汁が溢れ、香辛料の香りが鼻に広がった。


「どうだ?」

 

 フェリシアン様が少し心配気な表情で伺う。


「美味しいです」


 私が笑顔で答えると、フェリシアン様がほっと息を吐いた。


「だろう? ここのは美味しいんだ」


 フェリシアン様も串焼きを口に運んだ。

 フェリシアン様の銀髪が日にあたってきらきらと光り輝く。

 それ以上にフェリシアン様の存在が眩しくて、私は目を細めた。


――きっと貴族の御令嬢がこの光景を見たら、卒倒してしまうかも。

 天下のサンストレーム家の御嫡男が道端で串焼きを食べているんですもの。


 でも、私はそんな飾らないところもあなたの一部なのだと知る。

 遠くで見ていた時は高潔な雰囲気に圧倒され、ひとから聞く清廉なあなたしか知ることができなかったけれど。

 あなたの新しい一面を知るたび、どんどん大好きになっていく。

 この気持ちに果てがなくとも、どこまでも果てない先に行ってみたいと思った。


 


 

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