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 みんなからの質問攻めがおわると、騒がしかったお茶会はちょうど時間も迎えたため解散となった。

 始終話の中心に自分がいるのが慣れなくて、まごまごしてしまったところもあるけれど、大方みんなの質問にはちゃんと答えられたと思う。

 今までで一番喋ったんじゃないかしら。

 初めはみんなに恨まれているんじゃないかと思って、お茶会に行くのが怖かったけれど、みんな好意的で良かった。


「帰ろう」


「うん」


 帰り支度を終えて、アデラと一緒に部屋を出ようとした時だった。

 部屋の入り口に立っていた二人の令嬢が私たちを待ちかまえていたかのように、声をかけてきた。


「エレン・レヴィンズ、すこし良いかしら」


 少し険のある口調と表情。

 ふたりとも確か子爵家の令嬢だ。

 特に親しい間柄ではないけれど、何の用だろう。


「なによ」


 アデラがかわりに返事を返す。


「あなた、フェリシアン様の婚約者になれたからって舞い上がらないでよね。たかだが貧しい男爵家の出のくせして」


「そうよ。フェリシアン様もなんで、あんたみたいな娘を婚約者にしたのかしら。あんたよりも相応しい令嬢はほかにもいっぱいいるのに」


「あんたたちねえ……」

 

 みんながみんな、好意的にとらえてくれたわけじゃなかったんだわ。

 このふたりは私が部屋に入ったとき取り囲んでもこなかったし、お茶会の席でも質問してくることはなかった。

 ふたりが言った言葉は至極当然のことで、返す言葉が見つからなかった。

 

「エレンの事情は知っているはずでしょ」


 アデラが庇ってくれるのは嬉しいけれど、背中の傷に触れられるのは複雑だった。

 きっとこの話に及ぶたび、みんながこの傷を知っていることを認識する。


「そうだったわ。()()()()()()()()て、フェリシアン様の婚約者になったのよね」


「そう、()()()()()()のよ。だって、あの場にいた貴族の令嬢はあんたひとりだけだったって聞いたわ。私の従兄弟が警備団にいて教えてくれたの」


「平民が貴族を助けても『婚約者』にはなれないけど、貴族は違うわ。貴族の令嬢が自分ひとりしかいないと気付いて、しめたと思ったんじゃない?」 


「ち、違います――」


 そんなの思う余裕もなかった。

 ただ、フェリシアン様が危ないと思ったら、自然に体が動いていた。


「私もあの場にいれば良かったわ。そうすればフェリシアン様をお助けして私が婚約者になれたかもしれないのに。男爵家の令嬢より子爵家の私のほうがフェリシアン様に相応しかったはずよ」


「フェリシアン様も今頃、あんたを婚約者にして、後悔してるんじゃないかしら」


 言葉がぐさりと心に突き刺さる。


「それにしても、背中に大きな傷があるなんて、鈍くさい証拠よね。私だったら、もっと華麗にお助けし――」


「あんたたち、いい加減にしなよ! フェリシアン様は進んで、エレンを婚約者にしたんだよ! あんたたちがひっくり返っても、フェリシアン様があんたたちに靡くことはないから安心しな! いらない心配だよ!」

 

 顔を俯かせた私の横で、何故かアデラが怒りだした。


「な、なによ! あんただって羨ましがってたくせに!」


「そうだよ! 羨ましかったよ!!」


 思わぬ告白に私は顔をあげた。


「でも私はあんたたちみたいにねちねち陰険なこと言わない。そりゃあ、少し意地悪なことをするかもしれないけど……」


「ほら、ご覧なさい」


 アデラがきっと睨むと、ふたりは気圧されたように黙った。


「あんたたちのおかげで目が覚めたよ。嫉妬深い人間はこんなに醜いんだってね。教えてくれてありがとう!」


 アデラの皮肉に、ふたりは鼻白んだようだった。


「な、なによ。貴族の令嬢にしては口が悪いんじゃない」


「そうね。あんな令嬢を友達に持ってるんだもの、やっぱり同じ穴のムジナで、エレン・レヴィンズもきっと碌な人間じゃないわ。行きましょう。これ以上関わったら、私達まで染まってしまうわ」


「ええ」


 令嬢ふたりは去っていった。




 部屋の中に静寂が訪れる。

 俯いたまま動かないアデラ。そして、この場に相応しい言葉がみつからない私。


「………かっこ悪いこと言うとね、私」


 沈黙の中に取り残されたように感じた頃、アデラが口を開いた。


「エレンとフェリシアン様の婚約を知った時、エレンに嫉妬したの。私たちの話題にもついていけない地味で目立たない子がなんでって」


 私は言葉を返せなかった。


「……本当は傷のことなんて知られたくなかったよね。でも、私、あのときエレンのことが羨ましくて、このくらいなら良いだろうって思ったの。……お姉様に話したら喋るって知ってたのに」


 アデラが慌てて顔をあげた。


「あ、でも、フェリシアン様が言った『責任』云々のことは言ってないから」


 思わず合ってしまった目を、アデラが気まずそうにそらす。


「ごめん……。私のせいで、嫌なこと言われちゃったね」


 こんなに弱気なアデラは初めてだった。

 慰めたくて、私は首を振った。


「ううん。庇ってくれたじゃない。……私、ずっと、アデラが羨ましかったの。アデラは自分の気持ちを素直に言えるから。私は……すぐ押し込んじゃうから。私の代わりに言ってくれてありがとう」


「……エレンッ。……ごめん、本当ごめんね」


「もう謝らないで」


「私、もう今はエレンに嫉妬してないよ。あの二人のおかげで目が覚めた。エレンは私と違って嫌なこと絶対言わないし、優しいし、控えめな所も、男性から見たらきっと可愛いんだろうなって思うし。……馬鹿だよね。友達の良いところに今更気づくなんて」


「……アデラ」


「そういうエレンなら、フェリシアン様の婚約者って言われても悔しいけど納得する」

 

 少し本心を混ぜて言うのがアデラらしかった。

 私が散々あのふたりに言われた言葉を思って慰めてくれている。


「ありがとう」


 今度こそ目が合うと、どちらともなく口の端をあげた。

 もう気まずい空気は流れていなかった。


「それにしても、腹立つよね、ああいうの。私が言うのもなんだけど……。今度会ったら盛大に文句言ってやる!」


 私はくすくすと笑う。


「私なら大丈夫。今日、アデラが怒ってくれただけで充分」


「またあ。そんなんだから、舐められるんだよ。もっと強気でいかないと。エレンとフェリシアン様が婚約したのは、エレンの行動と勇気に心打たれてフェリシアン様が婚約を望んだからだって思ってる令嬢もいるんだよ」


「ええ?」


 事実とあまりにかけ離れた勘違いに、戸惑いの声をあげる。


「だから、『私がフェリシアン様をお助けしたの。文句ある?』って堂々とした態度しとけば良いよ」


「無理よ。そんなの」


「ああ!! ほんとエレンは控えめなんだから!」


 私を責めるアデラの言葉。

 いつもは自分が駄目な人間だと言われているようで、重しのようにのしかかってきたけれど、今日はなんだか心を軽くしていく力があった。

 きっと私のことを想って言ってくれているからだわ。

 アデラと心からの友達になれた気がして、心に暖かさが沁みていった。





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