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フェリシアン様がそろそろ来る頃だわ。
予想通りノックされたあと、扉が開いた。
「フェリシアン様」
部屋の真ん中に立っていた私を見て、フェリシアン様がやや驚いた顔をしたあと優しく微笑んだ。
「立って待っていたのか」
「はい」
少し前まではフェリシアン様の補助なしでは立ち上がれなかった私。
今ではひとりでも立ち上がれるし、動けるようにもなった。
全てはフェリシアン様のおかげ。
そうなると、フェリシアン様が来るのをただじっと座って待ってなんていられなくて。
浮き立つ心につられて、立ち上がってしまっていた。
「これを君に」
フェリシアン様が私に近づき、手に持った物を差し出してくる。
「ありがとうございます」
受け取ったのは小さなお菓子の箱。綺麗にラッピングされていて、とても可愛らしい。
毎日違うお店に行くのか、ラッピングもお菓子も毎回違っていた。
手の中におさまるほどの、小振りの箱。中身も同じように可愛い見た目のお菓子ばかり。
フェリシアン様みたいな立派な男性が、こんな可愛いお菓子を買っている姿を想像するとなんだかおかしくて、つい笑みがこぼれそうになる。
「さて、庭にいこうか」
「はい」
フェリシアン様の補助なしでも歩けるようになったけれど、フェリシアン様は相変わらずエスコートしてくれる。
曲げた腕に手を回し、リハビリを始めてからの決まった流れで、庭へと赴く。
リハビリという名目はもうないように思われた。
散策するにはあまりに小さな庭だけれど、私たちは何回か回ったあと、決まった場所に腰を落ち着かせた。
ドロシーがお茶を運んできてくれる。
――今日こそ言わなくちゃ。
ずっと甘えてきてしまったけれど。
「フェリシアン様、私、もうひとりで大丈夫です。こんなに元気になりました」
フェリシアン様はずっと仕事の合間に来てくれていた。隊服を着たフェリシアン様は私と会ったあとまたすぐ仕事に戻っていく。
昼を少し過ぎたこの時間帯。
もしかしたらフェリシアン様は休憩を犠牲にして会いに来ていたのかもしれない。責任感の強いお方だもの。
そんな方の負担にいつまでもなっていたら、駄目だわ。
「もう充分お力になって頂きました。ありがとうございます」
「だが、まだ外には出歩けないだろう」
背中の傷に障るため、まだドレスを着られない私。
ぴったりした生地が擦れて痛いのだ。
貴族の令嬢が外に出るときは、必ずドレスを着用する。
今着ている緩めのワンピースも本来なら客人相手では失礼にあたるが、私の事情が事情なだけに、フェリシアン様は気にしないでいてくださる。
「君の気晴らしになるなら私はこれからも足を運んでもかまわないが――」
「いいえ!」
フェリシアン様にこれ以上迷惑をかけると思ったら心苦しくなって、つい強い口調になってしまった。
「……私はこれまでもあまり外に出ることはありませんでした。私は家で本を読んだり、刺繍したりしてるほうが好きなんです」
「……そうか。……なら、君の言葉に甘えてそうしようか」
「はい……」
フェリシアン様が来るのが毎日楽しみだった。もうそれがなくなるかと思うと寂しいけれど、仕方ない。
フェリシアン様の優しさにつけこむような狡い人間にはなりたくなかった。
「毎日はやめるが、時々君に会いにくることはかまわないだろうか」
「はい。お待ちしております」
その日をきっと一日千秋の思いで待つのだろうけれど。
そうして見舞いを兼ねた毎日の交流が終わりを告げ、私たちの新しい関係が始まった。




