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「エレンッ!! フェリシアン様の婚約者になったんだってっ!?」
友人のアデラが鬼気迫る勢いで、寝台に向かって乗り出してきた。
急に訪ねてきてなにかしらと思ったら、アデラは部屋に入るなり開口一番にそう言った。
「……どうして知ってるの?」
「お姉様から聞いた! 今や知らない人間なんていないわよ! みんなショックを受けて、傷心してるわ。もう大騒ぎなんだから」
聞いているうちに、血の気が引くのを感じた。
そんな私など構わず、アデラは言葉を続ける。
「寄ると触るとその話ばっかり。泣き崩れるのはまだいい方。ショックで寝込んじゃったひともいるとか」
自分のことで精一杯で何も考えてなかった。
どうしよう。フェリシアン様はあんなに人気者なんだもの。少し考えれば、こうなることは予想できたのに。
私だって、もし人づてにフェリシアン様の婚約を知ったら、ショックで立ち直れなかったかもしれない。
罪悪感が胸に湧き起こる。
私さえ傷を負わなければ、こんなことにはならなかったのに。
「ねえ、どうしてそんなことになったの? それに体調も良くないって聞いたわ。大丈夫?」
「うん。大丈夫。これでも大分良くなったの。――それより、どうして噂が広まったのかしら」
お父様もお母様もここ最近出掛けた様子もないし、誰か訪ねにきた感じもしなかった。
フェリシアン様も御両親にしか伝えてないと仰っていたのに。
「ああ、噂の発端はね、フェリシアン様が三週間ほど前に役所を訪れたのを見た人間がいたのよ。フェリシアン様がこんなところに何の用かと気になって、ちらっと手元を見たら、婚約届の文字が目に入ったんだって。最初は何かの間違いかと思ったらしいんだけど、やっぱり気になるじゃない」
まるでその場に居合わせたかのように話しだすアデラ。噂の内容が内容だけに、噂の出どころもきちんとしているらしい。
「その人、知り合いに頼んで、サンストレーム公爵に訊いてもらったんだって。内容があれだから、尋ねるひとも限られるでしょう。天下のサンストレーム家に失礼なことはできないもの。で、一週間前の舞踏会に公爵が参加した際に尋ねたら、なんと肯定したのよ。訊いた本人も好奇心を抑えきれなくて、相手のことまで尋ねたら教えてくれたんだって。で、そこからはもうあっという間。水が上から下に流れるように最初は上流貴族から始まって、私達子爵家や男爵家にまで伝わったってわけ。お姉様も知り合いの知り合いの知り合いが聞いた侯爵家の令嬢からの話を聞いたらしいわ。私もお姉様から聞いたけど、まだ半信半疑よ」
アデラがずいっと身を乗り出した。
「さあ、教えたから、今度はあなたの番。フェリシアン様の婚約者になったって本当?」
「……うん」
「なにそれ! どんな奇跡が起きたらそうなるの。で、どうやってなったの」
私は正直に全部話した。
事件のこと、傷のこと、フェリシアン様が『責任』と仰ったことまでも。
「ふーん、そんなことがあったんだ。大変だったね。でも良かったじゃん。フェリシアン様が婚約者になってくれたんだから」
「でも望まれてなったわけじゃないから……」
「それでも、フェリシアン様の婚約者になりたいってひとは五万といるんだよ。あれこれ言うのは贅沢過ぎ」
「……そうかな」
私はどうなっても良いの。
でも、フェリシアン様を縛り付けてしまったのが苦しいの。
「そうよ」
アデラが言い切って、この話は終わりとなった。
「とにかく早く元気になって! お茶会も一緒に行こう。みんな、エレンから話聞きたがってるよ」
「うん、わかった」
「それじゃあ、また来るわ。またね!」
アデラは来た時と同じように騒がしく帰っていった。




