星屑の魔女
おそくなりましたが新年あけましておめでとうございます。
流れ星を集めてアクセサリーに加工し販売している魔女がいる。
魔女の名は知れない。魔女の店がどこにあるのかも知れない。店は不意に現れて気まぐれに消えるからだ。そして魔女は流れ星を集める旅に出て行っている。
出会えたら幸運な魔女の店。噂を聞いたコルネリアは祈るような気持ちでその扉を開けた。
「ごめんください……」
香を焚いているのか店内は甘い香りがした。夜空を模した天井や壁は濃紺で、昼にもかかわらず薄暗い。ぽつぽつと光っているのは噂の流れ星だろうか。時折瞬くように点滅する。
魔女らしき姿は見当たらなかった。不安げに店内を見回したコルネリアは、しわがれた声に驚いて肩を揺らした。
「なに突っ立ってるんだい。ひやかしなら帰りな。客ならさっさとお入り」
「はっ、はいっ」
コルネリアには壁が動いたように見えた。濃紺の、店と同化するローブと先が折れたとんがり帽子、星のアクセサリーをジャラジャラとつけた魔女がむっくりと起き上がったのだ。
やっと店内に歩を進めたコルネリアをじろじろと不躾にみて、魔女が笑った。歯がいくつかなくなっている。足元には砂粒が落ちていた。おそらく星屑だろうそれを容赦なく踏みつけてコルネリアに近づいてくる。
「そんなに怯えなくたって取って食いやしないよ」
「も、もうしわけありません……っ」
コルネリアは星屑か砂かわからないものから目を離せなかった。よく見れば光るものと光らないものがある。
「それが流れ星なのですか?」
コルネリアの素直すぎる問いに魔女が「ヒヒッ」と笑う。
「そうだよ。流れ星にも良いものと悪いものがあってねえ。きちんと選別しないと粗悪品になっちまうのさ」
よくある質問なのだろう。よどみなく答えた。
魔法で宝石を光らせることもできるが、流れ星を集めて宝石のように加工するのは魔女だけだ。
いかにも少女向けの、眉唾物の安いおまじないアクセサリーの謳い文句ではある。持っているだけで幸運が舞い込む系。片思いが実った。宝くじに当たった。就職が決まった。詐欺とまではいかないが、アクセサリーを持っているだけで願いが叶うなら苦労しない。
「それで? 何が欲しいんだい?」
魔女が懐からコブレットを取り出すと、光る液体がたちまち満ちた。一息に飲み干す。客をもてなす気のない魔女に、コルネリアは意を決して喉を鳴らした。
「魔女様。……人が死なない……いえ、死んでもよみがえるアクセサリーを、ください」
コルネリアの願いを聞いた魔女はいかにも愉快そうに金の瞳を細める。長く伸びた髪が人魂のように青白くうねった。
コルネリアの婚約者は魔物討伐部隊第三部隊第三小隊の小隊長ハンスである。魔物が出たと聞けば遠征に行き、長期間帰らないのはざらだった。当然ながら常に命の危険が付きまとい、永遠に帰ってこない可能性が高い。
「そりゃあまたずいぶんたいそうなものが欲しいんだねえ」
ヒッヒッ、と肩を揺らして魔女が笑う。おとぎ話に出てくる、お姫様をだます悪い魔女そのものだ。コルネリアは震えそうになる足を励まし、魔女をにらみつけた。
ハンスと婚約する前、コルネリアには婚約寸前の恋人がいた。しかしその彼は三年前に起きた魔物の大氾濫――スタンピードで死んでしまったのである。
その彼、リーヌスも魔物討伐部隊に所属する騎士であった。当時はまだ一騎士だったハンスとツーマンセルを組んでいたのだ。
スタンピードを治める功績を立てたら小隊長に出世する。帰ってきたら結婚しよう。そう約束していたのにリーヌスは帰ってこなかった。泣き暮らしていたコルネリアを慰め、前を向かせてくれたのがハンスである。コルネリアとリーヌスとハンスは幼馴染でもあった。
あんなに強かったリーヌスでさえ、魔物の大群で混乱に陥り命を落としてしまった。三年前のスタンピードは史上最悪の死者数を出し、七日間の激闘の末に収束した。
「三年前か……たしかにあの時は星がたくさん流れたね」
コルネリアの話に魔女は笑うのをやめ、考えるように相槌を打った。
「今度はハンスが小隊長として遠征に行きます。もしハンスまで……となったら、わたし、もう、生きてはいられません」
さめざめと泣くコルネリアに魔女は、
「そうだね」
否定しなかった。同情のかけらすらない。泣き声が激しくなった。
「婚約寸前の恋人と結婚間近の男が立て続けに二人も死んだら結婚なんざできやしないね。不吉な女のレッテル張られる前に愛を貫いて殉死でもしたほうが無難だろう」
ついでに容赦もなかった。
コルネリアが泣いている間に魔女は星の選別に入る。
魔女は客の事情など気にしない。コルネリアが勝手に話し出したから聞いただけで、本来は客に感情移入するのは避けていた。そもそも不定期に開店するアクセサリーショップなのだ。こんなに重い女が来るとは思っていなかった。
これも運命かねえ。魔女はひときわ輝く星の入った小瓶を手に取った。
「渡す相手が騎士なら指輪やネックレスはやめたほうがいいだろうね。耳飾りも外れやすいか」
「はい……」
ハンカチをびしょびしょにしたコルネリアがようやく顔を上げた。
指輪は剣の握りに影響するし、ネックレスや耳飾りは戦闘中に外れないか気がそぞろになりやすいだろう。そんなんで死んだら本末転倒だ。
「なら腕輪だね。太めにして二の腕に装着しとけば防御にもなるだろ。星はコイツだよ」
未完成品の入った箱を無造作にあさっていた魔女は、太い金のバングルに星をはめ込んだ。
コルネリアが手に取ると、星は歓喜するように輝きを増した。
「それをつけとけば死んでも甦るよ。ただし、一度きりだ」
それから、と魔女は付け加えた。
「船頭は気まぐれで、気難しいって話だ」
「何の話でしょう?」
「死んで生き返った者が、まるで人が変わったようになるって話さ。まあ、よくある話さね」
古今東西どこにでもそういうおとぎ話は転がっている。神は死人が生き返るのを許さない、ようするに死者への冒涜はするなという話だろう。
不吉な予言に立ち尽くすコルネリアを魔女はシッシと追い払う。
「金を置いたらさっさと出ておいき。また星が降るからねえ、取りに行かなくちゃ」
外に出たコルネリアはハッとした。
そこは見慣れたいつもの街で、今さっきのことが夢のように感じられた。握りしめた腕輪が奇妙なほど重たい。
そもそも自分はいつ魔女の店に入ったのか――見つけたのか。噂話にしか過ぎなかった星屑の魔女の店を本気で探していたわけではない。ただ彼を失いたくない一心で、何かできないかと街を歩いていただけだ。慌てて財布を確認する。全額とはいかないが、相応の金がなくなっていた。
ドキドキする心臓に急かされるように走り出す。魔女の店を確認しようとして、やめた。振り返ればそれこそ夢のように腕輪が消えてしまう気がした。
「ハンス!」
コルネリアが走って向かったのはハンスの家だった。引退した元騎士の父と男爵家出身の母とハンスは同居している。二人は幼馴染から婚約者になったコルネリアを歓迎していた。
「コルネリア、どこに行っていたんだ……」
コルネリアを見たハンスはほっとした顔になった。
今回のような大規模遠征前の騎士には一日休暇が与えられる。家族、あるいは恋人と過ごすためだ。
どんなに強い騎士でも万一ということがある。戦場なのだ。何が起こるかわからないのが戦場というものだった。
「お守りを買いに行っていたのよ」
剝き出しのままでは何なので、雑貨屋に立ち寄りギフトボックスと青いリボンを買ってラッピングした。
青はコルネリアとハンス、そしてリーヌスの瞳の色だ。三人にとって大切な色だった。
「リーヌスだけではなくあなたにまで何かあったら……。だからどうか、肌身離さず身に着けていてね」
「腕輪か? 大きいな」
「二の腕用ですって」
コルネリアがリーヌスを忘れていないことに、ハンスは一瞬苛立ちをその青い瞳に乗せた。
しかし幼馴染であり息子の親友でもあったリーヌスを悼み、涙ぐむ両親の前では何も言うことはできなかった。両親はリーヌスを忘れないコルネリアにむしろ同情的であった。
「防具にもなるからちょうどいいでしょう? きっと、魔物から守ってくれるわ」
コルネリアはキラキラと輝く瞳でハンスを見つめた。
騎士団御用達の薬種問屋の娘と騎士団員の息子二人は魔物が発生する『境界の森』近くにある街の騎士団ではたいそう可愛がられた。騎士団にも治癒術師はいるが、物資の限られる討伐遠征はともかく訓練での怪我は回復薬が主流である。擦り傷程度なら少量で済み、使い回しがきくからだ。むろん、予算の問題である。なお治癒術師は本人の魔力限界があるので欠損などのここぞという時の出番となる。
コルネリアは騎士の真似事をしてしょっちゅう怪我をするハンスとリーヌスに、手製の回復薬を分けてくれた。幼い少女が作ったものなど大して効果はなかったが、ハンスとリーヌスにはよく効いた。それは恋という効き目であり、騎士になる夢を貫く努力となった。
やがて三人は大人になり、コルネリアはリーヌスを選んだ。ハンスに許されたのは二人の幸せな姿を指をくわえて見ることだけだった。
だから、ハンスは行動した。結果、リーヌスは死に、嘆き悲しむコルネリアを慰めたハンスが彼女を手に入れた。
そう、リーヌスは死んだのだ。もうリーヌスがハンスの邪魔をすることはない。
利き腕である右の二の腕に腕輪をつけて、ハンスは笑みを作る。
「ありがとう、コルネリア。大丈夫、絶対に帰ってくるよ」
「絶対よ?」
「絶対。帰ってきたら結婚式だ」
リーヌスと同じことを言っている自覚はハンスにはなかった。コルネリアは息をのみ、潤んできた瞳をまばたきでごまかして笑顔を浮かべた。
「……ええ!」
翌日ハンスたち魔物討伐部隊は出陣していった。斥候の情報から今回の魔物は『境界の森』深部で複数発生しており、徐々に集結しつつある。そのため第一部隊から第三部隊までが出動、集結前に討伐の予定となっていた。
魔物の住処である『境界の森』に手紙は届かない。出征を見送る騎士団員の家族は帰りを祈るしかなかった。
魔女は箒で空を飛ぶ。
先の折れたとんがり帽子には星の飾り。夜空に染まったローブは魔女の姿を地上から隠していた。
「ヒヒヒッ、どうやら今夜は大漁だねえ」
夜空を横切る流星を、箒にまたがったまま手に持った網で器用にキャッチする。星を捕まえるたびに箒には花が咲いた。
今回の遠征は実に一か月にも及んだ。
『境界の森』には大規模に発生した魔物だけではなく、そこに生息する魔物もいる。生存を脅かす行動をとらなくても、縄張りを荒らされたと判断して襲ってくるものや、戦闘に反応して乱入してくるもの、もっと単純に人間を餌とみなして食べようとしてくる魔物もいる。そのため行軍は慎重にならざるを得ず、休憩や野営時も哨戒が必須だった。
戦闘はもちろんだが疲労による脱落者も出てくる。魔物討伐部隊はまさに命がけの職務であった。
「ハンス!!」
無事帰ってきたハンスにコルネリアが抱き着いた。
「ただいま……コリー」
抱きしめ返したハンスはコルネリアの長い髪に指を絡め、頬にすり寄った。伸びた髭が痛い。酷い臭いもするがそれが生を感じさせる。さりげない仕草で耳にキスをされた。
「帰ってきたよ。約束通り、結婚しよう」
「ハンス……?」
「二人で暮らす小さな家を建てよう。犬を飼うんだ。やがて子供ができて、僕と君で幸せな家族になるんだ」
コルネリアはハンスを凝視した。
彼女を「コリー」と愛称で呼ぶのはハンスではなくリーヌスだった。小さな家に、犬と子供。コルネリアは猫がいいと言って、リーヌスが犬がいいと喧嘩をするのは幸福なじゃれあいだった。
「犬……? 猫がいいわ」
なぜ、それをハンスが言うのか。信じられない思いで彼を見つめる。
抱きしめ方も、ただいまのキスを耳にするのも、リーヌスの癖だ。
「またか。絶対犬のほうが良いって」
ハンスが笑う。どこからどうみても、彼はハンスだった。
「ハンス……腕輪は? お守りの腕輪はどうしたの?」
「ああ」
ハンスは軍服のポケットから腕輪を取り出した。星が砕けてしまっている。
「バディとはぐれて魔物に襲われた際に壊れてしまった。ありがとう、コリー。コレのおかげで帰ってこれたよ」
ガツンと頭を殴られたようにコルネリアは目の前が真っ暗になった。三年前、リーヌスが死んだ時、彼のバディはハンスだった。魔物との戦闘中にリーヌスが見えなくなり、見つけた時にはすでにリーヌスは死んでいた。そうハンスは言った。リーヌスに何があったのか証言したのはハンスだった。戦場では何が起こるかわからない。だから、なぜ二人が部隊からはぐれたのか疑問に思う者はいなかった。
――死んで生き返った者はまるで人が変わったようになる。
魔女の腕輪はたしかにハンスをコルネリアに返してくれたのだ。愛する男が帰ってきた。
「おかえりなさい……あなた。愛しているわ」
コルネリアは涙を流して愛する男の生還を喜んだ。
後味の悪い話(注:この場合の後味とは「今食べた肉は何の肉だったのだろう?と想像するケースを指す)でした。某ペットショップと某少女の店がモデル。幸せかどうかはその人次第ってやつです。
この魔女の話はもう一つあるのでそのうち書きます。