部下であり家族だから
――大事な息子。
彼女はそう言った。
確かに俺は神流の子どもだ。
血の繋がりはないが。
そのことについて語り出すと、とてつもない時間を要してしまう。彼女に聞かれたら答えるとしよう。
「そうだね。確かに俺は神流の部下であり息子だ。けれど、それだけが理由で長が必死になって動くとは思えない」
「どうして?」
「神流は組織のトップに立つ人間だ。俺みたいな何も持っていない人間のためだけに、時間と労力を使うなんてありえない」
「それが有り得たらどうするの?」
「1度、長を病院に連れていく。それか一日仕事を休んでもらう。それくらい、ありえないことだ」
そう、ありえない。ありえてはならない。
俺なんかのために、そんなことをするのは間違っている。俺は――生きていてはいけない人間なのだから。
「どうやら隼人は自己肯定感が物凄く低いようだね。もっと自分を好きになったら?」
「自分を……好きに?」
その言葉に、心の中に閉じ込めていた何かに、ヒビが入った気がした。
自分を好きになる。
そんなこと、一生かけても出来ない。
何故なら、俺のせいで妹は――
「いつその瞬間が来るのかなんて、誰にも分からないよ」
「え?」
「今、妹さんのことを考えたでしょ? 自分のせいでこの世界を去ることになった。だから自分を好きになるなんてこと、出来るはずがないし、していいはずがない。そう思わなかった?」
「どうして――」
「自分を好きになるなんて難しい。自分のせいで大切な家族を失ったら尚更に。けれど、それは神流も同じ。大事な息子が死ぬかもしれないと分かっているのに、動かない父親はいないよ」
まるで自分のことのように話す彼女に、俺は違和感を覚えた。過去に何かあったのだろう。そうでなければ、こんなこと言うはずがないし、あんな頼み事をしてくるはずがない。
けれど、過去に何かあったのか、と訊ねられるだけの勇気と、出会ってからそこまで経過していない現実とが混ざり合い、聞くことは出来なかったが。
「まあ……自己肯定感を高くしろって言われて、ホイホイできる人がいたらそれはそれで怖いけど。多分、あなたは低すぎると思うから、時間をかけいいから好きになってあげて。せっかくいい素材なのに、自分から背を向けちゃったら可哀想だよ」
「誰が可哀想になるんだ……?」
俺の質問に彼女は少し間を開けたあと、困ったように口を開いた。
「あなたのことを大切に思ってる人達……かな」
俺を大切に思ってる人……?
それが神流だと言いたいのか……?
大切に思ってくれて人たちが可哀想……?
今ひとつピンと来ない……が、とりあえず心に留めることにしよう。
「自己肯定感を高くする方法は分からないが、考えてみるよ」
「うん。何にせよ、神流朱門は現在、あなたを生かす方法を模索中。忙しい彼に代わって、その作戦が決まるまでの間、私があなたを守ることになった。神流のために。そして何より……私自身の目的のために……少しの間ね」
「ああ、殺してほしい……ってやつか。それについて、もう少し詳しく話をしてくれないか? 殺してやる……と言えないが、どういうことなのかだけ把握しておきたい」
「うん。分かった」
それから彼女は言葉を選ぶような素振りを見せて、ゆっくり事の経緯を話し始めた。
話さなければならないことが沢山ある。
順番がおかしくなってしまうかもしれないし、別の話が入るかもしれないけど、許してほしいと言って。
俺は構わないと返事をした。
「私は……この世界の人間じゃない。別世界から来た者なの」
その言葉に、早速俺の頭がパンクした。
ぱっと頭の中に浮かんだのは、所謂異世界転生というものだ。
けれど、言い方的にそうではないような気がした。混乱しているだとか、そういった現象もみられない。望んでこの世界に来た……ということだろうか。
「こちらの世界と、私が元々いた世界。世界と世界を繋ぐ道を通ってこの世界に来た。あなたに殺してもらうために」
その言葉で、異世界転生という単語は消えた。
召喚されたわけでもないから、それも違う。
自らの意思でこの世界に来た。
「俺に殺される。それは君の本当の望みなのか?」
気になることを質問した。
彼女はグッと何かをこらえるように「そうだよ」と頷いた。
彼女の様子に嘘だな……と思ったが、今はまだ言わないでおこう。最後まで彼女の話を聞くのが先だ。俺は彼女に話の続きを頼んだ。
その後に言われる言葉を予想すら出来ていないのに。