墓参りの前に
少女の口から出された言葉に、俺は息を飲んだ。
自分が殺し屋だということを知られていること。妹が自分のせいで亡くなったということ。全てを知られ、心臓を鷲掴みにされた気分になった俺の頭の中に、処分という単語が思い浮かんだ。
何もされていない。
けれど、何もされていないとはいえ、その情報を知られていることは、1番あってはならないことだ。下手をすれば少女だけでなく、自身の首も飛ぶ。
妹の元へ行きたいのは山々だが、それは今ではない。そんな気がする。
「……君、それ以上話したら、どうなるか分かっているよな?」
「ふふふ。そんなに怖い顔しないでよ。大丈夫だよ。あなたに仕事を斡旋している神流朱門は、私のことを既に知っているから」
「……は?」
何を言われたのか分からず、俺は素っ頓狂な声を出した。そんな俺に少女はくすくすと笑う。
「その反応、斬新で面白いね。どういうことか説明したいけど、今はそれよりもやらないといけないことがある」
「やらないといけないこと……?」
首を傾げる俺に、少女は突然のように口を開く。
「その花、妹さんのために買ったんでしょ? 行ってあげないと可哀想だよ」
全てを見透かされているようで、俺の背筋は凍った。神流朱門が少女のことを知っているというのは、本当ということなのだろうか。
聞きたいことは沢山ある。
今すぐにでも神流に電話をかけて、少女について問い質したい。いや、出来れば直接、このことについての答えを聞きたい。
だがまあ……少女の言うことも一理ある。
今は少女の言葉通り、妹の眠る墓へ行こう。
「君は……どうする? このまま俺と一緒に墓参りへ行くのか?」
「どちらでも。あなたがいいと言うなら一緒に行くし、ダメだというなら此処で待ってる」
「此処で待つって……君、傘は持ってないんだろう?」
「うん、ないよ。持っていたら既に差しているよ」
何当然のこと聞いてるの、と言いたげに首を傾げた少女。俺は小さく溜息を吐いて少女を自分の方に寄せた。
「それならもっとこっち来な。これ以上濡れないように」
俺の行動に目を見開き驚いた様子を見せた少女。
俺の事をガン見する。
「な、なに?」
「いや? 結構優しいところあるんだなって思っただけだよ」
「君ねぇ……」
この状況でそうしないのは、それは逆にヤバいだろ。自分よりずっと年下であろう少女のことを、この降り続ける雨の中、傘の中に入れず更にずぶ濡れにさせるなど……そんなことをしたら社会的に俺が死ぬ。
「そういえば、君は神流と知り合いなんだろう? 俺の事を探していたのなら、あんなところで待っていないで、神流の所にいれば確実に会えたと思うんだが、そうしなかったのには理由があるのか?」
少女は考えるような素振りを一瞬見せた。
そう、一瞬だけ。
「私は神流朱門のことが嫌い。だから一緒にいたくなかった。ただそれだけ」
それ以上の理由はない。
そう言いたげに、少女はその問いについて、それ以上口を開かなかった。
「なら君はどうして――」
「――千尋」
「……え?」
「私の名前は朝倉千尋。君という名前じゃないから、これ以降君呼び禁止!」
突然禁止命令を出され、俺は苦笑するしかない。
俺に用がある以上、少女は俺についてくる。後ろに神流がいると考えると、怒らせない方がいい……だろう。
「――分かったよ。これからは千尋って呼ぶ。どうせ、朝倉さんって呼んでも怒るんだろう?」
「うんっ!」
元気よく返事をした千尋に、怒るのかよ……!と内心思ったことは彼女には内緒だ。
このまま墓参りへ行こうかと思ったが、びしょびしょの少女が隣にいては、変な風に思われるだろう。俺は墓参りの前に服屋へ寄った。
「別に構わないのに」
そんな言葉をこぼす千尋に、お前が良くても一緒にいる俺がダメなんだよ、と心の中でボヤいたりした。服屋に着いた俺たちは、店員に少し説明をした。店員の優しさからか、買ったものをすぐに着替えさせてもらえることになった。
「――千尋、欲しいやつ選んでいいぞ」
「え、でも――」
「俺の奢りだ。選んで着替えてこい」
その言葉に、最初こそ戸惑っていた千尋だが、すぐに気に入った洋服を手に取った。
行動が早いな。
奢るとは言ったが、そんなに高い物は買えないぞ……? そんな言葉を言うタイミングなどあるはずもなく……千尋は予想通り高い洋服を選んだ。
目をキラキラと輝かせる少女を前に、買えないなどと言うことは出来ない。嘘をついたことになってしまうからだ。
「……それでいいのか?」
俺の言葉に少女は満面の笑みで頷いたのだった。