全ての始まり
終わりと始まり。
それは誰もが経験すること。
突然の別れ、突然の出会い。
それらはいつも不規則で、俺たちの心を惑わせる。それはまるで、悪魔の所業のよう。
いつも出会いと別れを繰り返す俺たちのことを、笑っている。
2年前、1人の少女が車に轢かれて亡くなった。その事故は大々的に報じられた。
1人の少女が亡くなったから、ということもある。けれど、一番の理由はそこではなく、日本中を震撼させるほどの出来事が、その後に起きたからだ。
次の日、少女を轢き殺した犯人は死亡した。
鋭利な刃物で喉元を引き裂かれて。
犯人を殺した者は言わずもがな。
橘隼人。少女の兄だった。
少女を轢き殺した犯人は、警察に連行された後、こう供述している。
『自分はただ、復讐をしただけ』
『大切な家族を、先に奪われたのは自分だ』
『今回、自分が轢き殺した女の兄の手によって、自分の家族は殺された。報いを受けるのは、女の兄の方だ』
犯人は隼人に恨みを抱いていた。
ではなぜ、その兄の方ではなく、妹のことを狙ったのか。
警察の問いに、犯人はこう供述している。
『大切な家族を突然奪われる悲しみや苦しみ。それら全てを味わわせてやろうと思った。ただそれだけだ』
それが答えだった。
確かに、犯人の言葉は正しいと、隼人は納得した。やられたからやり返した。先に始めたのは隼人であり、犯人はただやり返しただけ。そう言われてしまうと、確かにその通りだ。間違っていない。それは認めよう。
だが――
やられたからやり返した、ということがありなのなら、またやり返しても問題ないよな? それをするということは、やり返される覚悟があるということなのだから。
隼人の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
必死にそれを行う理由を探した。
そして、妹を失った次の日、犯人を殺害した。無表情のまま、心に殺意だけを忍ばせて、犯人の元へ向かったのだ。
テレビでその事が報道されたのを見た時、隼人は嗤っていた。警察は犯人を捜したが、遂に見つけることは出来なかった。証拠が何1つとして、残されていなかったからだ。
普通に考えれば、犯人の供述で兄がいると分かっているのだから、兄である隼人に捜査の矛先は向くはず。だが、警察はそれをしなかった。少女に兄はおろか、兄弟はおらず、家族とはずっと前に疎遠となっている、という嘘の情報を警察に流していた。そのため、操作の手が隼人の元まで来ることはなかった。
テレビを消すと、痩せこけた男がそこにいた。真っ黒な黒髪に、目の下の隈が酷い男。身なりはそこそこ良いようだ。誰だろう、と隼人は思ったが、隼人が立ち上がるとそれも一緒に立ち上がり、そこでようやく気が付いた。
「ああ、これが今の俺か」
橘紅葉がこの世界を去ってから、橘隼人は随分と変わってしまった。
橘隼人を知る者は皆、口を揃えて言った。
『紅葉が死んでから、隼人は死んだように生き続けている。死に場所をずっと探しているかのようだ』
事実、隼人もそのことは自覚していた。
隼人は死に場所を探している。
まともな死に方はできないと思っている。それでも、一日でも早く妹の元へ行きたいと。
自殺するという選択肢もあった。
妹がこの世界を去って2年の間に、試したことが隼人にはあった。
けれど、それは叶わず隼人は今も息をしている。人を殺すことは出来ても、自分を殺すことが殺し屋にはできなかったのだ。
隼人は傘を持って家を出る。
外は雨が降っていた。
5月14日。
この日は決まって雨が降る。
橘紅葉がこの世を去って2年が経つが、この日は必ず雨が降る。
降り続ける雨の中、隼人は仕事には行かず、花屋へ寄った。行かなければならない場所があるからだ。この2年間、足がその場所へ行くことを拒み、行くことが出来なかった場所。
今回、仕事ではなくその場所へ向かうよう指示をされた隼人は、震える足を必死に動かしその場所へと向かう。
隼人の中に恐怖があった。
妹に恨まれているのではないかという恐怖が。その恐怖が隼人を襲い、今まで行くことが出来ずにいたが、ようやく行く決心がついた。仕事を斡旋している神流もそれを認めており、寧ろそれを応援するような言葉を隼人にかけた。
隼人は足を前に進める。
自分自身のために。
過去と向き合うために。
隼人は歩いた。
その場所へ向かう道中、隼人は傘をささずに、洋服のフードを被り、ただ立っている少女に目がいった。
どうしたのだろうか。
隼人は声をかけるか迷った。
迷った末、声をかけることにした。
けれど、そんな迷いも意味無く、少女の方から隼人に声をかけた。
「見つけた」
キュッと隼人の服の裾を掴み、そう呟いた少女に隼人は首を傾げる。
「君、俺とどこかであったことがあるのか?」
「うん、あるよ。いや……正確に言うならこの世界で会ったのは今が初めて。私たちは別の世界で会ったことがある。いや、合わなかったらおかしいか」
独り言を呟く少女に、俺は警戒心を強めた。
それを察知したのか、少女はからからと笑う。
「そんなに警戒しないでよ。ただ本当のことを言っただけなんだから」
「それが本当だったら尚更に警戒するだろ」
「ふーん? そういうもん?」
「そういうもんだろ」
「ふーん?」
不思議なものを見るような目で俺の事を見た。けれど、途中で考えることをやめたのか「まあいいや」と肩を竦めた。
「今、そのことは置いておこう。後で説明すればいいことだからね。私はただ、あなたのことを探していた」
「俺を……?」
「うん。そうだよ」
人違いではないか。隼人がそう言おうとした時、その少女は隼人の腕を掴んだ。
「……ッ!」
驚きのあまり、声を出せずにいると、少女はにたりと笑った。
「いいや、私はあなたを探していた」
まるで心が読まれたような気持ちになり、不気味に思った隼人は思わず後退した。
けれど、腕を掴む少女の力が強いせいで、隼人は後ろに退くことが出来ない。
「――ッ!」
「人違いではないし、何故逃げようとするの? あなたなんでしょう? 2年前に自分が原因で、唯一の家族を失った――殺し屋隼人さん?」