魔法の杖は真実を語らない 1
何でもありのファンタジー世界の話ですが、本格ミステリです。この物語の謎を解き明かす手がかりはすべて提示されています。もし、よろしければ、本格的な謎解きに挑戦してみませんか?
Chapter 6まで読み終えた時点で、いったん手がかりを整理し、自分なりの推理を展開してください。解決編のChapter 7が驚きに満ちた章になれば、作者としては幸いです。
Chapter 1
1
盛んに炎が立ち昇っている。
狭い部屋だった。炎はその部屋を自らで埋め尽くそうと踊り狂っていた。炎の乱舞である。あらゆる生命をも焼き尽くすであろう狂乱の舞。そこから逃げ出すには部屋にひとつしかない窓と反対側の扉からよりほかはない。しかし、窓側は完全に炎の支配下にあった。炎の熱は窓ガラスを破壊し、外へあふれ出す黒煙が窓の格子を撫でていた。格子の幅は非常に狭く、たとえ炎にまかれていなかったとしても、窓からの脱出は不可能だろう。
扉の近くでは少女がひとり倒れていた。少女は魔法使いの服装で、手には細長い箱があった。少女に意識はない。頬はすすで汚れており、顔色はうかがえないが、微かに開いた口がわずかに動いていた。まだ生きているようだ。
「お父さん!」
外ではひとりの女性が叫んでいた。乱れた長い髪が半分隠しているが、そこから煤で汚れた顔とずれた眼鏡がのぞいていた。かなり離れた窓の炎をつかもうとするように腕を伸ばしている。
「だめ! 近づいちゃ! 今、とっても危険な状態!」
女性を背後から羽交い絞めするように、小柄な女性が行かせまいと抑えている。くりくりとした目が特徴的な、愛らしく幼い顔立ちでまるで少女のようだ。しかし、彼女も頬などが煤で汚れており、真剣なまなざしで女性の耳元で大声をあげている。
「あなたがじっとしてくれないと私が動けない! ここは私に任せて!」
小さな身体のどこにそんな力があるのか、羽交い絞めされた女性はまったく屋敷に近づくことができない。むしろ、ずるずると後ろへ引きずられているほどだ。
「いや! コーデリアさん放して!」
女性は振り払おうと必死にあがく。聞く耳を持つ様子がない。いや、正確にはそんなことに気が回らないほど動揺しているのだろう。コーデリアと呼ばれた背後の女性は顔をしかめた。
「放せるわけ、ない!」
コーデリアは女性の足を引っかけると、そのまま地面に押し倒した。衝撃で息が詰まった様子の女性を上から押さえつけながら屋敷に目をやる。早く助けに戻らなければならない。屋敷にはこのひとの父親だけではない。メルルも残っているのだ……。コーデリアの目に焦りの表情が浮かんだ。
その瞬間だった。
窓から勢いよく大きな炎が噴き上がり、屋敷を見つめるふたりを強く照らしたのだ。さきほどまで暴れていた女性も、コーデリアと同様に呆然とした表情でその大きな炎を見つめるしかなかった……。
2
――事件の2日前――
「もう、こんなのばっかだぁああ!」
短い脚を懸命に振って、メルルは細い路地を走り抜けていた。魔法使いのとんがり帽子は奇跡的にメルルの頭の上に収まっている。汗で前が見えづらくなりながらも、その先を走っている影を見失うまいと必死だ。
とある仲買人の屋敷に盗賊が侵入するという極秘情報がもたらされ、『メリヴェール王立探偵事務所』からヒルディーたちが警戒に当たっていた。事務所唯一の男性であるレト・カーペンターは出張で不在だった。そのため、現場に出向くことの少ないヒルディーも任務に就いたのだ。ヒルディーは事務所の所長を務めている。切れ長の目が特徴的な美しい女性であるが、軍隊あがりらしく、戦闘の危険程度で怯むことはない。現場では誰よりも頼もしい存在である。そのほかはヴィクトリア、コーデリア、そしてメルルの3名である。
ヴィクトリアは白衣を上着のように引っかけているが、服装で無造作なのはそこだけで、白衣の下は豊満な身体をぴったりと包むドレスを身につけている。細いフチの眼鏡をかけているが、穏やかで柔らかい印象の瞳と、ぷるんと肉感的な唇のせいで理知的というより性的な魅力にあふれている。本人は周囲の視線を気にしていない。無自覚にその魅力をまき散らしているのだ。
コーデリアはレースで縁取られた黒衣のドレスを着ている。非常に小柄で、周りから「お人形さん」と評される愛らしく幼い顔立ちと、この少女趣味の服装で10代前半にしか見えない。しかし、実際には所長であるヒルディーと同い年の女性である。彼女は幼少のときから軍の養成所に入ってヒルディーとともに訓練を受けていた。いわばヒルディーの戦友である。2年前に除隊するまで彼女に服装の自由はなかった。軍を離れてようやく好きな服装ができるようになり、彼女は幼少のころに着てみたかった服装をするようになったのだ。
メルルはこの『メリヴェール王立探偵事務所』の中でもっとも新米の少女だ。かつて魔法使いの見習いだったこともあり、魔法使いがまとう濃紺のローブを身につけている。くるくると巻き癖のある髪に、それをむりやり押し込むようにして魔法使いの三角帽子をかぶっている。ある魔法使いの元で魔法の修業をしていたのだが、その師である魔法使いを魔族に殺されてしまった。その事件を解決したのがレトである。メルルはレトの探偵としての実力に心酔し、自分も探偵になろうとレトの事務所に押しかけたのだ。現在、『探偵助手見習い』として探偵の修業中である。
「レトがいなくても問題なく事件を解決できるところを示すぞ」
ヒルディーは3人に檄を飛ばすようにいって事務所を出た。
夜も更けたころ、盗賊は情報通り屋敷に現れた。屋敷の中央にある宝物庫である。その現場へ探偵事務所の面々が踏み込んで盗賊と対峙した。盗賊は顔に銀の仮面を着けていた。黒く艶やかな髪は仮面の人物が若者だと思わせる。しかし、マントなどで体型がわからず、男性なのか女性なのかを判別するところまではできなかった。
「おとなしくするんだ!」
ヒルディーが剣を抜き放ち、切っ先を盗賊に向けた。盗賊は少し首をかしげてみせると、マントを翻して天井に飛び上がった。仲買人の屋敷は天井の高いものだったが、盗賊は難なく天井に取りつき、天板を外して天井裏に姿を消してしまった。経験豊富なヒルディーでさえもあっけにとられるような鮮やかさだった。
ヒルディーはすぐに我に返ると、「全員、屋敷の周辺に展開。屋敷の外に賊が現れたら確保しろ!」と命令した。
ヒルディーの命令を受けて、ヴィクトリア、コーデリア、メルルの3人はすぐさま屋敷を飛び出し、三方から周囲を見張ることにした。屋敷の周囲は、もともと憲兵たちが取り囲むように警備に就いていた。しかし、3人が外へ出ると、警備していた憲兵たちは正体をなくしたように眠りこけている。賊から何らかの薬を嗅がされたようだ。
一方、ヒルディーは同行していた憲兵たちとともに、屋敷内をしらみつぶしに捜索を行なっていた。ヒルディーは屋敷の外の様子は知らなかった。屋敷の外へ逃げ出せない状況にすれば、盗賊は捕まえられる。ヒルディーはそう読んで、屋敷内に残って捜索していたのだった。外の警備が敵に眠らされていたと知っていれば、別の対応をしていただろう。
賊はメルルが立っている側の屋根から現れた。
「こっちに来たぁ……」
メルルは情けない声を出した。指示通りに外へ飛び出したものの、できれば賊と対峙することは避けたかった。天井裏へとすばやく逃れた賊の身のこなしはしっかりと見ている。ああいうのを自分が相手にする自信がなかったのだ。それなのに、よりにもよって、賊はメルルのほうへ現れたのである。
賊はメルルを見下ろし、彼女を認識したようだった。そして、大きく跳躍すると、庭どころか塀までを飛び越えてしまった。
「皆さん! 賊はこちらです! 裏道に逃げました!」
メルルは叫びながら、裏の通用口に取りついた。急いで扉を開け、裏道へと飛び出す。裏道はしばらく直進の道で、賊の背中がまだ見えている。メルルは追いつける自信はないが、とにかく全力で走り出した。「四の五の」いえる状況ではなかった。
こうして、メルルは賊を追って王都の路地を駆けていたのである。ギデオンフェル王国の王都メリヴェールは、王国の中心だけにもっとも栄えている街だ。夜の時間だが、路地は明かりで照らされている。人通りも多く、路地のかたわらではまだ営業中の屋台が並んでいた。賊は器用に通りの人びとを避けながら走り抜けていく。メルルは小柄な身体をさらにすぼめるようにして走り続けた。勢い余って屋台のひとつに激突しそうになる。
「わっ! ごめんなさい!」
メルルは叫びながらなんとか激突だけは免れた。店主らしい若い男は驚いたように持っていた花束を放り上げた。その店は花屋のようだった。屋台に並べられた花が踊って、台から落ちそうになるのを必死で押さえている。本当は手伝いところだが、今はそれどころではない。メルルは後ろ髪引かれる思いで走り抜けた。
……今ので、かなり遅れてしまった。もう、見失ってしまっただろう……。
メルルは最悪の事態を覚悟した。しかし、仮面の賊は路地を抜けていなかった。その直前で足を止め、こちらを見ている。
……まさか、私を待っていた? どうして?
大きな疑問符が頭に浮かんだが、それを詮索している暇はない。メルルは走りながら杖を掲げ、呪文を唱えようとした。そのとき、賊が仮面に手をかけた。ゆっくりと仮面を取り外して顔を見せる。仮面に隠されていたのは若い男の顔だった。メルルに向けて笑顔を見せた。しかし、それは一瞬のことで、男は身を翻すと路地の角を曲がって姿を消した。
「あっ! 待ちなさい!」
メルルは叫びながら路地の角を曲がった。そして、立ち止まった。
路地の先は大通りだった。深夜にもかかわらず、大勢の人びとが行き交っている。先ほどの若者の姿はどこにも見当たらなかった。メルルは途方に暮れて、あたりをキョロキョロ見渡した。
「メルちゃん、見失ったの?」
背後から声が聞こえ、振り返るとヴィクトリアが息を切らせながら駆け寄ってきた。かつて魔法学院で研究者をしていたことがあり、魔法の知識で彼女の右に出る者はいない。しかし、今回のような捕物は得意といえず、メルルの前で苦しそうに息を吐いていた。まぁ、こんなにヒラヒラした服装をしていたら、自分だって走りにくかっただろうと、メルルはヴィクトリアを見つめながら思った。コーデリアはどうしたかとあたりを見ると、コーデリアはすでに自分の前に立っていた。ヴィクトリアが追いつく少し前にメルルをヴィクトリアごと追い越したらしい。
コーデリアは、フリルのスカートをはためかせながら大通りに飛び出した。鋭い視線をあたりに向けて気配を探る。しかし、思った以上のひとの多さに、コーデリアも追跡を断念するしかなかった。無表情で首を振ると、メルルたちの元へ戻っていった。
「賊の顔は見たのですが、結局見失って……」
メルルは悔しそうにいった。賊がなぜ顔を見せたのか疑問は残るが、今こうして見失ったことを考えると、メルルをからかうつもりで素顔をさらしたのかもしれない。そもそも、とっくに路地を抜けられていたはずなのだ。相手におちょくられていたのは間違いない。
「被害がなかったのが、せめてよね。屋敷に戻りましょう」
ヴィクトリアはメルルをうながして路地へ戻った。
さきほどは一瞬で駆け抜けた路地だったが、戻りは長いものに感じられた。メルルは重苦しい気持ちで歩いていた。捕物がからむと、自分はからきしだ。所長に何て報告したらいいんだろう……。
花屋の屋台を通りかかったとき、メルルは思わず足を止めた。花屋の若い男が台の花を並べ直しているところだった。メルルの目はその男の顔に釘付けになった。
「あーーーーっ!」
メルルの大声に、若い男は花束を落としそうになった。「な、なんだ、なんだ!」
「どうしたの、メルちゃん?」
ヴィクトリアがメルルと男を交互に見やった。男は訳がわからない様子でぽかんと口を開いている。メルルはその若い男の顔を指さした。
「さっきの盗賊!」
3
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
メルルはペコペコ頭を下げる。花屋の男は不機嫌な表情でそっぽを向いた。
男の無実はすぐさま明らかになった。事件の前から花屋はここで営業していて、メルルが賊を追っている最中に、メルル当人が花屋とぶつかりかけたのだ。この花屋が賊であるはずがない。
「でも、本当に仮面を外した賊の顔は、このひとと同じだったんです……」
メルルは自信なさそうにつぶやいた。花屋が「まだいうか」というような冷ややかな視線を向ける。
「メルちゃん。あなた、賊に『幻惑魔法』をかけられたようね」
ヴィクトリアがあごに手をかけて、考え込むようにいった。メルルが驚いた表情でヴィクトリアに顔を向ける。
「ええ? 『幻惑魔法』?」
ヴィクトリアはうなずいた。
「メルちゃんが驚くのも無理ないわね。あんな難度の高い魔法。逃げながら使ってみせるなんて信じられないもの。でも、状況からみて、そう考えるのが妥当よね」
「ヴィクトリア、どういうことだ? 詳しく説明してくれ」
ヒルディー所長が姿を現わし、ヴィクトリアに尋ねた。賊を逃がしたことはすでに伝わっている。メルルはヒルディーに向かうと頭を下げた。「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「静かにしろ」
ヒルディーは表情を変えずにいった。シュンとうなだれるメルルをそのままにヴィクトリアに顔を向ける。「いいぞ、説明を聞こうか」
「ええっと、幻惑魔法は相手の脳に働きかけて幻覚を見せたり、知覚を誤認させたりする魔法です。人間の脳はけっこう複雑なので、だましやすい部分とだましにくい部分があるのです。視覚に関する部分は特にそうです。人間の目はだましやすく、だましにくいものなんです」
「だましやすく、だましにくい。もう少しわかりやすく説明できないか?」
「そうですねぇ……。人間の多くは左右にひとつずつ目が並んでいます。それによって遠近感が生まれ、視覚で距離を測ることができます。一方、優れた風景画は平面であるにもかかわらず、奥行きが感じられ、立体的に見えるものがあります。それは画家がそう見えるよう、消失点などを絵の構図に組み込んで描いているからです。人間は絵で遠近感を惑わされることがあるんです。一方で、絵と実際の風景を見誤ったりはしません。絵は絵として認識され、実際の風景は実際の風景として認識されます。それは絵が下手とか、そういう違いではなく、人間には視覚から多くの情報を読み取り、一瞬で解析する能力があるからです。これは絵だ、こっちは実際の風景だ……こうした判断は、実は高度な知能によって判別されているんです。判別する能力に問題があると、絵と実際の風景の区別ができなくなるのです」
「幻惑魔法は、その判別する能力に干渉する魔法だということだな?」
ヴィクトリアはうなずいた。
「そのとおりです。さきほどの絵画を例にすれば、絵の風景を実際の風景と思い込ませるのが幻惑魔法ということになります。もちろん、絵画でも描画技術の高いものであれば、実際の風景と区別のつかない作品も現れるでしょう。ですが、人間はおおむね絵と実際の風景を見誤ったりはしません。おおむねといいましたが、人間の認識、あるいは判別能力には個人差があります。ちゃちな絵でもだまされる人間は皆無ではないのです。逆に、どんな精巧な絵でもだまされない人間もいる。幻惑魔法は、かかりやすい人間とかかりにくい人間があるのです。すべての人間を幻惑できるのであれば、その術者は相当な使い手です。個人差も超越してしまうのですから」
「メルルなら術をかけやすいと判断したのではないか?」
「可能性はあります。でも、それは賭けになります。逃亡の最中に、自分の素顔を見られる危険を冒してまで使う魔法ではありません。そんな魔法を使うぐらいなら、メルちゃんめがけて炎を飛ばすほうがよっぽど目くらましになります。私も学生のときは幻惑魔法を勉強しましたが、モノにはできませんでした。幻惑魔法は土台となる呪文に、対象者の特徴や傾向を盛り込んだ術式を合わせて構築しないといけません。ほとんどの魔法使いが幻惑魔法を使わないのはそういう難しさと面倒さがあるからです。さっき、使わないと申しましたが、使えないに訂正します。それぐらい難度が高いんです。それに呪文の詠唱時間の問題もあります。走って逃げながら、賊は呪文を唱えたことになります。それって、けっこう大変なことですよ」
「だが、君はメルルが幻惑魔法にかけられたと考えた。どうしてだ? それに、賊はなぜ、そんな面倒な魔法を使った?」
ヴィクトリアは首を振った。
「申し訳ないのですが、賊がその魔法を使った理由については見当もつきません。ですが、メルルが仮面を外した賊の顔を、花屋の主人の顔と認識しました。これは単純な見間違いで起こることではありません。そう誤認させられたのです。賊はおそらく大勢の人間が行き交う大通りに、仮面姿で飛び出すと目立つと判断した。そこで仮面を外す前にメルルに幻惑魔法をかけて、さきほど見かけた花屋の主人の顔を認識させて大通りに逃げ込んだ。術が解けたメルルは大通りで賊を探しても、賊の顔はすでに花屋の主人の顔でありませんから、たとえ目の前を歩いていても、メルルにはそれが賊だと認識できなくなっていたんです」
「ひょっとしたら、あのとき私の視界の中に、賊がまだいた可能性も……」
メルルが呆けたようにつぶやいた。
「あったかもね」
ヴィクトリアはあっさり肯定した。メルルは再びうなだれた。「やだ。もう……」
「追手を確実にまくためには効果的だとは思う。しかし、ヴィクトリアの説明では、賊がその方法をとるには失敗の危険がともなうのだな。それをあえてやった……」
ヒルディーはうなだれているメルルの頭を見つめた。
「ずいぶんと奇妙な事件に出くわしたな、我々は」
4
「さて、奇妙ついでに、これを見てもらおうか」
ヒルディーはふところから1枚の紙切れを取り出した。ヴィクトリアは紙切れに顔を近づけた。
「何ですか? 新聞記事の切れ端……?」
「賊が逃げ去った後に落ちていたのだ。我々が警戒を始める前に落ちていなかったことは確認している。つまり、これは賊の落とし物ということだ」
「新聞記事の切り抜きを持ち歩いていたんですか、あの賊は? あの屋敷に関わる記事ですか?」
ヒルディーは首を振った。「違う。魔法記念博物館に関する記事だ」
「魔法記念博物館?」
コーデリアがヒルディーの手から記事を受け取ると、すばやく記事に目を通した。記事の切り抜きは小さいもので、コーデリアはすぐに読み終えた。
「何か、珍しい魔法の杖が見つかったって。記事は、博物館がそれを手に入れたというもの」
コーデリアは切り抜きをヴィクトリアに手渡した。
「こんな記事を切り抜いていたということは……」
ヴィクトリアが記事を見つめながらつぶやいた。
「そうだ。賊は、その魔法の杖を次の獲物として狙っているのかもしれない」
ヒルディーはうなずきながらいった。
「そう?」
コーデリアは首をひねった。
「こんなにあからさまな手掛かり、盗賊が残したりするのか疑問。わざと落としたように思える」
メルルもコーデリアの意見に賛成だった。いくらメルルがお人よしでも、これが盗賊逮捕につながる手掛かりだと手放しで歓迎などできない。怪しすぎるのだ。
「たしかにな」
ヒルディーはヴィクトリアから切り抜きを受け取ると、それをひらひらと揺らした。
「こちらをまんまと撒いてみせた手腕から見て、この盗賊は生易しい相手ではない。そんな者が簡単に足のつくヘマをするか疑問だ。しかし、現時点で犯人につながる手掛かりはこれしかないのも事実だ。これが偽の手掛かりであるにせよ、それを確認する手間を惜しむわけにはいかない。今後の捜査の方針だが、これより二手に分かれて捜査を行なう。ほかの手掛かりがないかを調べるためにここに残る者。この切り抜きの手掛かりを追及する者。この二つに分かれる。この件には魔法がからむ見込みが強い。そこで、魔法が扱えるヴィクトリアとメルルは班を別にして捜査を行なってもらう。私はヴィクトリアとこの屋敷の捜査を続ける。コーデリアはメルルとともに博物館を当たってくれ」
「わかった」
コーデリアは素直にうなずいた。ヒルディーの決めた班分けに疑問を抱いている様子はない。一方、メルルは新鮮な班分けだと思った。これまで班ごとの捜査といえば、メルルはレトと組むか、ヒルディーの下で動くかだけだった。コーデリアとヴィクトリアは不動の二人組だったのだ。今回、レト不在の中で班分けをするにあたって、ヒルディーは能力の均等わけを意識したようだ。コーデリアはかつて所属していた王国軍内で、『ギデオンフェルの雌豹』と呼ばれる格闘の達人だった。もし、犯人と戦いになることがあれば、コーデリアほど頼りになる存在はない。同時に、自分が戦闘能力でまるで所長の計算に入っていないことを思い知らされた。だが、それを嘆いている場合ではない。メルルは気持ちを切り替えるようにコーデリアに尋ねた。
「で、魔法記念博物館って、どこにあるんです? 私、王都に出てきて1年も経っていないので、よく知らないんです」
コーデリアはメルルに小さな顔を向けて首を振った。
「知らない」
コーデリアの反応を見て、ヴィクトリアがふたりの前に進み出てきた。
「その博物館は王都にないの。でも、あの切り抜きにはちゃんと書いてあったわよ。カージナル市の郊外って。カージナル市って、あなたが以前住んでいたケルン市に近い都市じゃなかった?」
ヴィクトリアはヒルディーが手にする切り抜きを指さしながら説明した。メルルは少し驚いた。「あんなところにあるんですか?」
「あんなところって……」
ヴィクトリアが苦笑を浮かべる。
「だって、ケルン市もそうですけど、カージナル市も田舎ですよ。そこに魔法の歴史を管理する施設を置くものなんですか?」
メルルが疑問を口にすると、ヴィクトリアが手をひらひらと振ってみせた。
「メルちゃん。勘違いしてる。魔法記念博物館って、王立じゃなくて私立の施設よ。個人の研究者が建てたものなの。王立の魔法博物館は、王立魔法学院の隣に『マーリン魔法博物館』という名前であるのよ」
「個人名の入っているほうが王立なんですか」
「そうね。もともと、マーリンが個人的に始めたものを、王国がそのまま引き継いでいるから名前が残っているの。あなた、本当に魔法使いの見習いだったの?」
最後は呆れ口調だ。メルルは恥ずかしさで顔を赤くしてうつむいた。
「だって、先生はそういう知識は教えてくれなかったから……」
「あなたの先生ってカーラ・ボルフさん……だったわね。彼女だったら、そうなのかもね」
メルルは弾かれるように顔をあげた。
「ヴィクトリアさんは先生のことをご存知だったのですか?」
「直接は知らないわ。ただ、彼女は以前、魔法教育についての論文を発表していたの。私も読んだことあるけど、現在の魔法学について教育方法に疑問を呈していたわね。彼女はザバダック派と見られていたわ」
「……ザバダック派……? どこかで聞いたような……」
メルルは思い出そうと、あごに手をかけた。
「レトちゃんの師匠よ」
ヴィクトリアが先に答えをいった。メルルはそれを聞いて、こぶしをぽんと手のひらに打った。
「そうでした。レトさんは王宮魔導士ザバダックのたったひとりの弟子だったんですよね?」
ヴィクトリアはうなずいた。
「ザバダックって魔導士は相当な変わり者みたいで、魔法学院で学んだひとを決して弟子に取ろうとしなかった。何か、変なクセがついちゃってるという理由で。一方、レトちゃんは魔法学院で学ぶどころか、魔法の基礎の基礎すら学んでいなかった素人以前の子だったの。どういういきさつかは聞いていないけど、ザバダックってひとはレトちゃんにだけ魔法を教えてあげたみたい。その修業方法はとんでもなく個性的で、魔法学院の指導方針にまるで沿っていないやり方だったそうよ。だから、レトちゃんは魔法の知識が偏っていたりするの。修得している魔法もまるで体系化されていないしね。そのせいで、レトちゃんの使える魔法の種類はバラバラで訳わかんないわ。カーラさんもザバダックと似た考えで弟子の教育をしていたようだから、やっぱり基本指導方針に沿っていない教え方をしていたかもね」
いわれてみれば思い当たるふしはある。カーラの教え方は自力で学び取るというやり方だった。それは、体系的な魔法学や、それに付随した知識は、なかなか身につきにくいものだ。しかし、そのことをメルルは不満に思ったことはない。メルルは学問そのものより大切なことを教わってきたと思っているからだ。
「そうかもしれません。ですが、私は特別なものを教えていただきましたから、ほかのひとより恵まれていたと思います。それに、今はヴィクトリアさんから教えていただいています。ヴィクトリアさんのおかげで、私、どんどん成長している気がします」
ヴィクトリアはメルルの答えに目を丸くしたが、うれしそうな表情に変わるとメルルの頭を自分の胸に抱きしめた。メルルは豊かな胸に顔を埋められ、目を白黒させてもがいた。息ができないのだ。ヴィクトリアはメルルが苦しんでいるのに気づかない様子で、両腕に力を込めた。
「可愛いこといっちゃって、もう! お姉さん、抱きしめたくなっちゃったじゃない!」
「もう抱きしめてる」
コーデリアが冷静に突っ込む。ヒルディーも静かな表情でヴィクトリアの肩に手を置いた。
「特別授業はもういいだろう。仕事に戻るぞ」
5
――事件のおよそ1日と17時間前――
がたがたと身体を震わせる馬車に揺られながら、メルルはコーデリアとともにカージナル市を目指していた。わずかな手掛かりである『魔法記念博物館』を訪ねるために。
馬車の振動が気になるが、王都からカージナル市へ直接行けるのはこの便だけだ。贅沢はいっていられない。
メルルは振動で帽子がずれ落ちそうになるのを片手で押さえながら、外の景色を見つめていた。このあたりでは珍しくない田園風景だ。麦の穂が柔らかな日差しを浴びながら揺れていた。ここから見える風景は、かつて故郷からケルン市に向かったときの風景に似ている。あのときは魔法使いに弟子入りし、希望に胸をふくらませながら風景に見入っていた。何もかも新鮮に映ったあのときと違い、今見える風景に特別な感慨は湧いてこない。ただ、「あのとき見た風景と似てるな」と思ったぐらいだ。ただ、そのことで自分は都会に毒されて感性が鈍ったのではと少し心配になる。
「もうすぐ、カージナル市か……」
メルルと同じように外の景色を眺めていた男の声だ。50歳を過ぎたぐらいに見える。裕福そうで、お腹が肥えて大きくふくれ上がっていた。丸々としたぽっちゃり顔で、全体的に脂ぎっているようだ。鼻の横に豆ぐらいの『いぼ』が目立つ。メルルたちと同じように、王都からの乗客だった。これまでに会ったことのないひとだ……。メルルは男を観察しながら思っていた。男のことを観察していたのには理由がある。
「幻惑魔法について、『使用可能条件』について説明するわね」
出発前、ヴィクトリアはメルルに話しかけた。メルルは首を傾ける。「『使用可能条件』?」
「昨日、メルちゃんが誤認させられた顔は、花屋の主人のものだったでしょ? このように、幻惑で誤認させる顔は、術をかけられる人物の記憶にある顔と限定されるの。それが『使用可能条件』。つまり、いちども見たことのない、記憶に存在しない顔を幻惑魔法で見せられることはないの。術者によって、見たことのない顔をでっち上げられることはないってことね」
「そうか」メルルは理解が追いついてきた。「今後、私が出会う人物で、見覚えのない、まったく初対面のひとは……」
「怪盗『ダーク・クロウ』ではない、ということね」
怪盗『ダーク・クロウ』とは、先日の事件により名付けられた盗賊の仮称だ。事件も、『ダーク・クロウ事件』と呼ばれている。
「逆に、そこにいるはずのない、顔見知りの人物が不意に現れたら……」
メルルがいいかけると、ヴィクトリアはメルルの鼻先にピッと人差し指を伸ばした。
「そいつが『ダーク・クロウ』かもってこと!」
「あくまで『かも』、なんだ」
コーデリアは冷めた表情でかばんを持ち上げた。小さい身体には大きすぎるかばんを軽々と持ち上げている。
ヴィクトリアは顔をしかめて腰に手を当てた。
「少しでも幻惑されないための用心を教えてあげているのに」
「幻惑魔法を見破るのは難しいものなのか?」
ヒルディーが3人に近寄りながら尋ねた。ヴィクトリアは首を振る。いかにも自信のない表情だ。
「幻惑魔法にかかっている状態って、いわば夢を見ているのに近いんです。ひとって、夢を見ているときに『これは夢だ』って気づくことって少ないでしょ? 目が覚めて『ああ、あれは夢だったんだ』ってようやく気づくものじゃないですか」
「たしかに……」メルルはうなずいた。夢を見ているときに『これは夢だ』と認識した記憶がない。もっとも、夢から醒めると、そのときに見ていた夢などほとんど覚えてもいないのだが。
「初対面以外の人物には用心しろ、ということか……」
ヒルディーは小さくため息をついた。「面倒だな」
メルルには同乗者である男に、面識の記憶がなかった。ということは、この人物が『ダーク・クロウ』である可能性はない。メルルは安心して男に話しかけた。
「どちらまでのご旅行ですか?」
男はメルルに顔を向けた。あどけない姿のメルルに、まるで愛娘を見つめるような笑みを浮かべる。
「やぁ、旅行というより、出張っていうのかな? この街のはずれまで行くつもりだよ。君、『魔法記念博物館』って、知ってるかな?」
思わずメルルはコーデリアと顔を見合わせた。
「『魔法記念博物館』に向かってらっしゃるのですか?」
「そうだよ。やっぱり君もそうか。その格好だから、もしかしたら、と思ったんだよね」
男はうれしそうな声をあげた。メルルは三角帽子に濃紺ローブの、いわゆる魔法使いの服装だ。メルルは顔を赤らめてうつむいた。
「恰好は魔法使いですが……、魔法使いじゃ、ないんです……」
男はメルルの答えを不審に思わなかったらしい。大きな腹を揺すらせて笑い声をあげた。
「はっはっは! 魔法使いじゃないって? 君はあれか。魔法使いに憧れて、そんな恰好をしているのかな?」
持っている服がそれぐらいしかないということと、かつての師匠カーラから贈られたお気に入りの服でもある。しかし、そんな事情を説明するのは抵抗があった。大切にしている部分を、いきなり初対面のひとにさらす気がするのだ。メルルはあいまいな笑顔で答えた。
「ええ、まぁ……」
「まぁ、芸事にかぎらず、何事も格好から入るのは悪いことじゃない。君に実力がついてくれば、『恰好だけ魔法使い』ではなく、『本物の魔法使い』になれるよ」
男は笑いながらメルルの肩を叩いた。メルルは苦笑するしかなかった。
「私はヒース・ブッチャー。貿易商をしている。君は?」
男が名乗ったので、メルルは慌てて帽子を取って頭を下げた。
「わ、私はメルルといいます。で、こちらはコーデリアさん……です」
ヒースはメルルとコーデリアを交互に見やった。コーデリアは、フリルのついた、いつもの黒いドレス姿だ。愛らしい顔立ちも相まって、まるで、そこに人形が座っているようだ。メルルもコーデリアも実年齢より若く見える。知らない人物から見れば、ふたりとも10代前半だと思うだろう。
「ふたりだけかい? 遠くまで来たねぇ」
ヒースの反応も、子どもを見るようなものだった。慣れてはいるがいい気はしない。メルルは気分が重くなった。
「そんなに遠くじゃないです」
ヒースは再び笑い声をあげた。メルルのすねたような表情を面白がっているようだ。
「そうか、そうか。子ども扱いしてごめんよ。でも、女の子だけで旅行ってのは危ないんだよ。特に君たちのように可愛らしいとね。最近は盗賊の取り締まりが進んで、人身売買のひとさらいは減っているが、完全になくなったわけじゃない。盗賊だけじゃない。強盗や、魔物に襲われる危険だってあるんだよ」
ヒースのいうとおり、この世界は安全であるとはいい難い。街を離れれば、盗賊や魔物に襲われる危険はある。しかし、この馬車でそんな心配は無用だ。なにせ、2年前の『討伐戦争』で活躍した、『ギデオンフェルの雌豹』が同乗しているのだから。そこらの盗賊はもちろん、魔物など瞬殺してしまうだろう。メルルはコーデリアをちらりと見ながら口を開いた。
「ご心配ありがとうございます。ですが、大丈夫です」
ヒースはそれを根拠のない自信と捉えたらしい。初めて顔を曇らせると、
「そうかい? でも、やはり心配だな……。どうだい、行先は同じなんだし、これからも一緒に行かないかね? 街についたら、乗合馬車を探さないといけないだろ?」
と申し出てきた。
駅馬車が向かっているのはカージナル市の中心だ。行先の博物館は郊外にあるから、馬車は乗り換えないといけない。メルルはコーデリアに顔を向けると、コーデリアは小さくうなずいた。メルルはヒースに向かうと、こくんとうなずいてみせた。
「ありがとうございます。では、ご一緒させていただきます」
「決まりだ」
ヒースの顔に笑顔が戻った。
6
――事件の発生までおよそ24時間――
カージナル市の駅で馬車を乗り換え、『魔法記念博物館』に向かう間、メルルはヒースと話しを続けていた。彼は貿易商として成功して、かなり羽振りがいいらしい。今回、博物館に向かうのは、ある魔法道具を手に入れるためだという。彼は、王国中から魔法道具の蒐集をしているのだ。職業は「貿易商」だが、本当の肩書は「魔法道具蒐集家」なのだと説明した。
「かなり、魔法道具を集めてらっしゃるのですか?」
メルルが質問すると、ヒースはうれしそうな顔でステッキを持ち上げてみせた。
「もちろんさ。実は、このステッキも魔法道具なのさ。いわゆる護身用のステッキでね。握りの部分を襲撃者に向けて……」
ヒースはステッキの握り部分を窓の外に向けた。ステッキの握りには、大きな紫色の模造宝石がはめ込まれている。
「親指をステッキの縞部分に押し当てながら『麻痺魔法』と唱えると、対象の者に麻痺の魔法攻撃ができるんだ。私が蒐集家になったきっかけがこれでね。商売を始めてすぐ、これを手に入れたんだが、魔法道具の素晴らしさに心を奪われて、以来、魔法道具の蒐集に力を入れるようになったんだ。いずれ、これから向かう博物館に負けないほどの博物館を建てるのが夢でね。そのときは、こんな不便な片田舎ではなく、王都とか、もっと大勢のひとに見てもらえる場所にするつもりだよ」
王都には『マーリン魔法博物館』という王立の博物館がすでにある。少なくとも、王都に建てるのは意味がないように思える。しかし、メルルはそんなことは『おくび』にも出さずにうなずいた。「そのときは私も見たいです」
ヒースはメルルの「おべっか」に心底喜んだようで、「そのときは君を特別優待客として招待するよ」と請け合った。
それからは、ヒースはどんな魔法道具を持っているのか、そんな話ばかりするようになった。メルルは少し後悔したがもう遅い。博物館につくまで、延々と聞かされるはめになってしまった。
「ついた」
馬車が停まると、ヒースに付き合っていないコーデリアが落ち着いた声でいいながら立ち上がった。ヒースは満足げな表情で席を立つ。メルルだけがふらふらしながら座席に倒れ込んだ。
3人が降りたのは小高い丘の上に立つ大きな館の前だった。赤く燃えるような色の屋根に白い壁。建てられた当時、その色彩は際立って見えたことだろう。しかし、かなりの年月で壁はすすけ、ところどころ壁材が剥がれているところもあった。窓にはいずれも頑丈そうな黒い鉄柵が取り付けられていたが、それらもいたるところで赤さびが浮いていた。全体的に古ぼけた印象だ。
館の正面には森や林などはなく、きわめて見晴らしのいいところだった。丘の上に森はあるが、それは館の背後に広がっている。丘を見下ろすと、丘を降りた先が森になっていて、その先にカージナル市の街並みが見える。
「うーん、実にいい眺めだ。いいところに建っているじゃないか、ここは」
ヒースは大きく伸びをしながらいった。この様子だと、自分の博物館も街の郊外に建てたいといい出すかもしれない。
「ここ、初めてなの?」
コーデリアがヒースに尋ねた。ヒースはコーデリアに笑顔を向けた。
「そうだよ。カージナル市は商売とも接点がなくてね。なかなか足を運ぶことができなかったんだ。でも、あの杖があると聞けば話は別だね」
「あの杖……?」
馬車からよろよろと降りたメルルがつぶやいた。ヒースは力強くうなずく。
「そうさ。あの偉大なる大魔導士、マーリンが遺したという魔法の杖が見つかったって話さ!」
「マーリンが遺した魔法の杖……」
コーデリアが感情のない声でつぶやく。本当は、「ダーク・クロウ」の残した手掛かりにある名前だから無関心でいられないのだが、コーデリアの反応はまるで関心がないようだ。メルルは思わず感心してしまった。幼く見えても、コーデリアは百戦錬磨の戦士だと思う。この程度のことは駆け引きですらないのだが、メルルでは難しいことなのだ。
「知らないのかい? 新聞の記事になったんだよ。マーリンは近代的な魔法研究の先駆者だけど、その範囲は広くてね。何といっても術式魔法の文法化は大きいね。これによって、魔法が秘術ではなく、ちゃんとした学問だと認識されるようになったんだから」
ヒースは饒舌にしゃべる。このままでは博物館に入ることもできそうにない。
「そろそろ、博物館、入りたい」
コーデリアはさらりとヒースの演説を断ち切った。ヒースは感情を害した様子はみせなかった。むしろ、自分でも気づいたように「しまった、ここで時間を取っている場合じゃなかった」とつぶやいたぐらいだ。
「つき合わせて悪かったね。それじゃ、私はこれで」
ヒースは例のステッキを掲げてみせると、そそくさと館の中へ入ってしまった。結果的にふたりは置いてきぼりにされた形だ。
「最近は元気なおじさんが多いみたいですね……」
まだ体力の回復していないメルルが疲れた声をあげた。
「そうかも。メルル、行こう」
コーデリアは短く応えて館の扉を開いた。
館の中は独特の匂いが漂っていた。カビともほこりともつかないが、何かしら古さを感じさせる匂い。ふたりは館の中を見渡した。
もともとは一般的な住居のための館だったらしい。正面に2階へ昇る大階段がそびえ、左右には対照的な配置で扉が見える。右手の扉は開放されているが、左側は閉じられている。右手の扉の前には小さな机が置かれて、ひとりの女性が座っている。そこが入館料を払う受付らしい。ふたりは受付の前に立った。
受付の女性は30代後半あたりか。度の強い眼鏡をかけている。短い髪を頭の後ろに束ねていた。服装は落ち着いた黒基調のスーツで、全体的に生真面目さがうかがえる雰囲気だ。女性は口をまっすぐに閉じたまま、ふたりの顔を見上げた。
「私、メリヴェール王立探偵事務所のコーデリア・グレイス。ある事件の捜査で来たの。この博物館の責任者の方、会える?」
コーデリアが身分を明かす銀のメダルを見せながら話すと、受付の女性の顔がみるみる変わった。幼い少女にしか見えないコーデリアが、王都で名高い探偵事務所の探偵であると名乗ったのだ。女性の驚きも倍増だろう。実際には、コーデリアは20代後半なのだが、見た目との落差は大きい。
「せ、責任者って、か、館長のことですね? ええと、お、お待ちいただけますか?」
女性は立ち上がると、出入口に目をやる。受付には彼女ひとりしかいないので、ここを離れて別の客が来たときのことを心配したらしい。
「ここで待ってる」
コーデリアは静かに答える。受付の女性は出入口を気にしながらも背後の部屋へ入っていった。急いで対応しなければと焦っているようだ。
……貫禄あるなぁ、コーデリアさんって……。
メルルは感心することしきりだ。口調は幼いのに、大人をたじろかせるほど堂々としている。これを「年の功」というのだろうか。
「メルル。今、ちょっと失礼なこと考えている」
コーデリアはメルルに背を向けたままつぶやく。メルルは背筋が急に伸びた。
「い、いえ、何も、か、考えていません!」
……しかも、カンも鋭いですぅ……。
メルルは額に汗を浮かべながら思った。
受付の女性がもうひとりの女性をともなって戻ってきたのはそのときだった。メルルはほっと胸を撫でおろした。
「お待たせしてすみません」
それほど時間が経っていないのに受付の女性が詫びると、かたわらの女性が前へ進み出てきた。
「あいにく、館長はほかのお客さまの応対をしていまして、私が代わりにお話しをうかがいたいと思います。私はアリス・チェンジャーと申します。この博物館で学芸員を務めております。どうぞよろしくお願いします」
そういうと、アリスは頭を下げた。受付の女性ほどではないが、やはり度の強そうな丸いメガネをかけ、ややくせのある長い髪を肩まで垂らしている。声が若々しくて美しい。20代前半ぐらいだろうか。
この博物館にはヒースが先に入っている。館長の客というのは、おそらくヒースのことだろう。コーデリアはゆっくりとうなずいた。
「メリヴェール王立探偵事務所のコーデリア・グレイス。こちらはメルル。あとで館長ともお話ししたい」
アリスはうなずいた。「もちろんです。では、こちらへよろしいでしょうか。別室までご案内いたします」
アリスは先に立って歩き出す。向かっているのは扉が閉じられた左側だ。博物館は玄関を中心に右棟と左棟に分かれていて、魔法道具を収めた展示室は右棟にある。これからアリスが案内する別室、つまりは応接室になるのだろうが、そうした部屋は左棟にあるらしい。コーデリアはメルルにうなずいてみせると、アリスの後について歩き出した。メルルは受付の女性に向かってぴょこんとお辞儀をすると、コーデリアの後を追った。
扉を開くと、狭い廊下が奥まで続いていた。窓はその突き当りにひとつあるだけだ。窓からの明かりだけでは心もとないのだろう。廊下の左右にいくつかの部屋が分かれているが、南側に面する左側の扉はすべて開かれて、それらから柔らかな明かりが差し込んでいた。廊下の暗さを和らげるためだろう、すぐかたわらには青々と葉を茂らせた鉢植えが置かれていた。植物の種類はわからない。太くて濃い緑の葉が、廊下の弱い明かりのなかでも存在感を放っていた。メルルがその鉢植えにけつまずかないよう気をつけながら廊下に入ると、アリスは扉が開いている一番手前側の部屋を示した。
「どうぞ、こちらへ」
中へ案内されると、そこは応接室のようだった。ゆったりと腰かけられるソファが向かい合わせになっており、間に置かれた背の低いテーブルは天板がガラス製のものだった。ふたりがソファに腰を下ろすと、アリスも向かいに腰を下ろした。そのしぐさは礼儀正しく美しいものだった。メルルは、ああいう所作ができればと思ってしまった。
「さっそくですが、王都の探偵の方がどういったご用でしょうか?」
アリスは不安そうに尋ねる。コーデリアはこの博物館を訪ねた理由を説明した。
――魔法の扱える怪盗が、この博物館が所有する魔法の杖を狙っている……。
コーデリアからの話を聞いたアリスの顔は蒼ざめた。
「それは……たしかな話なのでしょうか……?」
コーデリアは首を横に振った。
「わからない。でも、この情報を放っておくのもできない。だから、その確認に来た」
今度はメルルが身を乗り出した。「アリスさん。最近、何か身の回りで変なこととか起こっていませんか? たとえば、見知らぬ人物が博物館の周りをうろついていたとか……」
アリスは首を振る。「いいえ。そんなことは起きていません」
アリスは窓を指さした。ふたりは釣られるように窓に目を向ける。
「ご覧ください。ここは魔物も姿を見せない平和な田舎です。不審な人物がうろつくなど……」
そのとき、冗談のようなことが起きていた。アリスが指さす窓から、中をのぞきこむ影があったのだ。メルルはあまりのできごとに口がぽかんと開いてしまった。コーデリアが弾かれるように立ち上がる。
「コーデリアさん!」
メルルが声をかける間もなく、コーデリアは部屋を飛び出していた。メルルが窓に視線を戻すと影はすでに消えている。メルルは呆然としているアリスに、「そこで待っててください!」と叫ぶと、コーデリアの後を追って部屋から飛び出した。
メルルが廊下に出ると、大広間へ通じる扉は大きく開かれたままになっていた。メルルは扉を駆け抜け、館の出入り口へと走る。受付の女性が棒立ちになってメルルを見つめていた。おそらく、コーデリアが走り抜けるのを見て、思わず立ち上がったのだろう。コーデリアの脚力はとんでもないものだ。目の前を、服が剥ぎ取れるのではと思うような速度で走られたら、誰もが目を丸くするだろう。メルルはそう思いながら玄関から外へと出た。
外は気持ちのいいほど明るく、そして爽やかな空気に支配されていた。メルルはその落ち着いた雰囲気をぶち壊す勢いで飛び出したものの、あたりを見回して立ち止まるしかなかった。
コーデリアの姿が見えない。左右に視線を走らせたが見つからない。館の間取りを頭の中に描くと、さきほどメルルたちがいたのは、すぐ右手に見える窓の部屋だ。メルルはそこへ寄って、少し背伸びすると、部屋の中をのぞき見ることができた。思ったとおり、そこは応接室でアリスが不安そうな表情で立っている。アリスと目が合ったメルルはアリスにうなずいてみせると窓から離れた。
……裏へ回ったのかな?
メルルが考えていると、左手の角からコーデリアが姿を現わした。あっという間にメルルのそばまで駆けてくると急停止した。
「逃げられたみたい」
コーデリアはぽつりとつぶやいた。さきほどまで全速力で走ったとは思えないほど呼吸が穏やかだ。
「コーデリアさんの脚でも追いつけないのですか?」
メルルは驚いて尋ねた。コーデリアは首を横に振る。
「外へ出たとき、もう姿がなかった。この見晴らしなら、正面の森に逃げても姿が見える。そうじゃないということは裏手に逃げたと思った」
コーデリアは淡々と説明する。走ることで乱れたドレスのすそを整えながら。
「館の裏は大きな池と林があった。池や林のすそは茂みでいっぱいだったから、相手はそこに潜り込んだのかも」
「相手はこの周囲の地形とかを把握していた?」
コーデリアはうなずいた。「たぶん」
メルルは頭をかいた。「いきなり面倒臭くなったですぅ……」
7
ふたりが館の前で立っていると、遠くからがらがらと車輪の音が聞こえてきた。音のする方角を見ると、森から馬車が近づいて来るのが見える。馬車は1台ではなかった。大小の種類が違うものが2台、列になっている。大きいものは、さきほどメルルたちが乗っていたものと同じ型の乗合馬車だ。馭者が違うので自分たちが乗っていたものとは別の馬車だろう。もう1台は馭者台まで幌の広がった、いわゆるひとり用の小さな馬車だ。1頭立てで、自分とわずかな荷物を運ばないときに使うものだ。2台の馬車はまっすぐにこちらへ向かっている。丘の上にはこの博物館しかないのだから目的地はここに違いない。ふたりはそのまま馬車が近づくのを見つめていた。
思ったとおり、2台の馬車は博物館の前で停まった。大きな馬車から背の高い男が降りてくる。ぱりっとした背広で身を包み、いかにも紳士然とした男だ。品よく整えられた口ひげなど、そこかしこに上品さが漂う。メルルはひと目で「貴族だ」と思った。
男は馭者が差し出すかばんを受け取ると、もう1台の馬車に目をやった。もう1台の馬車からは、さきほどの男と変わらないほど大柄の男が降りていた。乗っていた荷台から水桶を下ろすところだ。見ていると、男は馬の前に桶を置いて、馬の首を優しく撫でた。馬は桶に鼻を突っ込んで水を飲み始める。男たちはふたりとも年齢は40代後半ぐらいに見えた。顔立ちが似ているから兄弟かもしれない。ひとり用の馬車から降りた男のほうが年上に見えた。
「兄さんはあいかわらず、その馬車なんだね」
貴族らしい男は馬に水を飲ませている男に声をかけた。思ったとおり兄弟のようだ。声をかけられた男は顔をあげて弟に目を向けた。
「これとはもう30年の付き合いだ。今さらほかのものに変える気になれないよ、ジャック」
男はそういいながら馬車の幌に手を当てる。男は博物館の前で立ち尽くしているメルルたちに目をやった。
「やぁ、可愛らしい見学者の方がお見えだね。君たちは魔法学園の学生さんかい?」
ギデオンフェル王国では、18歳以上から本格的に魔法を学ぶ魔法学院があるが、それとは別に18歳未満に魔法の基礎を教える学校がある。学院と区別するために魔法学園と呼ばれているが、数学や歴史なども学ぶので、一般的な学校とそれほど変わらない。メルルであれば年齢的にはそこで学んでいても不思議でないが、コーデリアはすでに卒業している年齢である。見た目では誰もコーデリアの実年齢を見破れない。
「博物館関係のひと?」
コーデリアは銀のメダルを持ち上げて見せながら尋ねた。落ち着いた口調と態度、それに存在感たっぷりに輝く銀のメダル。ふたりの男はあっけに取られた。
「そのメダルは……。ちょっとよく見せてくれ」
ジャックと呼ばれた男がコーデリアに近づくと、銀のメダルを検めた。本物であるとわかると、ジャックは驚きを隠せない表情で顔をあげた。
「本当に特別職務に就いている者を明かすメダルだ。君たちは憲兵なのか?」
銀のメダルは、ジャックがいうように特別な職務に就いている者の身分を王国が証明するものだ。主に憲兵が持っているので、ジャックもそう思ったようだ。
「違う。メリヴェール王立探偵事務所の探偵」
コーデリアがそういうと、メルルはぴょこんとお辞儀した。「メリヴェール王立探偵事務所のメルルです」
「本当に、君たちがあの名高い探偵事務所のひとたちかい?」
馬に水をやっていた男が近づいて尋ねた。ジャックと同じように口ひげをたくわえ、背広姿であるが、弟と違い、こちらはだいぶ雰囲気が異なる。全体的に太り気味で、すらりとした弟よりも緩い印象だ。口ひげもそれほど丁寧に刈り込んでおらず、顔つきに鋭さが見られない。背広も古ぼけたもので、同じものを何年も着ている様子だ。弟の姿から貴族だと想像していたが、兄の姿を見ると、中産階級の商人だと思える。
男は弟の隣に立つと手を差しだした。
「ここで会えるとは光栄だ。私はダドリー・ペンドルトン。そして、こちらは弟のジャック・ペンドルトン。私はしがない荘園の主だが、弟は貴族院の議員だよ」
ダドリーはコーデリアとメルルの手を交互に握りながら自己紹介した。
荘園の主と、貴族院の議員――。
つまり、ふたりとも貴族だということだ。メルルは不思議な感覚でダドリーたちを見上げた。この仕事に就いてから、貴族階級の人びととよく顔を合わせるようになった。以前は、どこに貴族がいるのだろうと思うほど見かけるものではなかった。しかし、やはりというべきか、一定数の貴族は存在しており、こうして出会うこともあるのだ。
ダドリーとは握手をしたが、弟のジャックは小さく会釈するだけだ。本来、貴族が一般市民と気軽に握手することはない。ジャックの態度のほうが当たり前であって、ダドリーのほうが気さくなのだ。
「しかし、王都の探偵がこんなところまで何の用事でお越しなのかな? この博物館が盗賊にでも狙われているのかな?」
ダドリーは冗談めかして笑顔でいうが、本当にそうなのだから笑うことができない。
「実はそのとおりでして……」
メルルが遠慮がちにいうと、ダドリーは弟のジャックと顔を見合わせた。ふたりとも驚いた様子だ。
「メルル」
コーデリアが咎めるような目を向けた。それをいうのはまだ早いといいたいのだ。だが、もう遅い。メルルはコーデリアの表情で察すると、すまなさそうにうつむいた。
「盗賊が狙っているとは……、本当なのかね?」
そう尋ねるダドリーの表情は険しい。さきほどまでの優しい雰囲気が消え失せてしまっている。メルルはさらに後悔した。「……は、はい……。たぶん……」
「たぶんって……」
ジャックは呆れ顔だ。メルルのはっきりしない態度では呆れられても仕方がない。
「現在は、そのような情報がある、というだけなのです。私たちはその情報の裏付けでまいりました」
「盗賊が狙っているのは何か、その情報はないのかね?」
「何か心配? この博物館に何か大切なもの、ある?」
食い下がるダドリーに、コーデリアは違和感を抱いて尋ねた。今のところダドリーと博物館とのつながりは不明だが、ダドリーがこうも博物館のことに執着する事情が見えないからだ。
「……心配なのだ。狙われているのが『マーリンの魔法の杖』でないかと……」
ダドリーは一瞬答えるのをためらったが、思い切ったように口を開いた。今度はコーデリアとメルルが驚いて顔を見合わせる。
「……まさか……。そうなの……か……?」
ふたりの反応を見て、ダドリーが声を震わせた。メルルが狼狽して首を振る。
「あの……、その……、実は……」
「そのお話し、私たちにも聞かせていただけますかな?」
割り込むように背後から声が聞こえた。メルルは驚いて帽子がずり落ちそうになる。慌てて帽子を押さえながら振り返ると、博物館の扉に白髪の男が立っていた。かたわらにはアリスと、ヒースの姿も見える。さらに背後にはかなり痩せた男が幽霊のように青白い顔をのぞかせていた。
「この博物館の館長、サマセット・チェンジャーです」
白髪の男は名乗った。
8
「なるほど。王都にそんな事件が……」
サマセットは考え込むように自分のあごにこぶしを当てた。
彼らがいるのは、さきほどアリスと話した応接室ではなく、会議や講演に使われる部屋だった。そこにはいくつもの椅子が並んであり、博物館の者と訪問客のすべてはこの部屋に集まっていた。博物館の入り口には「本日休館」の札が下げられた。
サマセットは演台の前に立ち、メルルを含めた残りの者たちはめいめい聴衆席に座っていた。外から見れば、サマセットを議長とした会議だと思われるだろう。
サマセットとアリスのふたりは、非常に顔が似通っていた。それは同じような丸眼鏡をかけているせいだけではない。目や口の形、特に丸みの強い鼻はまるで瓜二つだ。姓も『チェンジャー』と同じなので、メルルはこのふたりは親子に違いないと考えていた。自己紹介が始まると思ったとおりだった。娘のアリスは聴衆席に静かに座って、父の様子を見つめている。アリスの隣には、メルルが受付で出会った女性が座っている。名前はレイラ・ロス。彼女も博物館の職員のひとりだ。しかし、チェンジャー父娘をのぞけば、この博物館で働いているのは彼女だけだった。
「しかし、ずいぶんとあいまいな手掛かりで来たのだな」
ヒースが太い腹を撫でながらつぶやく。彼もメルルたちの正体を知って驚いていたが、今ではすっかり落ち着いた様子だ。
「だが、これは由々しき話だ」
ダドリーが口をはさんだ。さきほどの険しい顔はだいぶ和らいだものの、それでも厳しい表情だ。
「賊が狙っているのがあの杖だとすれば……」
痩せた顔の青白い男がつぶやく。彼はピッチ・マローンと名乗った。魔法研究家だという。「『魔法使い』ではないのですか?」とメルルが問うと、ピッチは「『魔法研究家』です」と強調するように答えた。どうも魔法が使えるというわけではないらしい。
「館長。あの杖は無事なのですか? まだ、ここにあるのですか?」
ジャックがサマセットに尋ねる。心配顔の兄を見ながら鋭い口調だ。
サマセットは細長い木箱を持ち上げて見せた。かなり古めかしい箱だ。
「それならここにありますよ。無事です」
「み、見せてもらえないか? この目で無事を確かめたい!」
ダドリーが立ち上がって大声でいった。かなり勢いこんでいる。
「まぁまぁ、ペンドルトン卿。落ち着いてください。もともと、これはお見せするつもりのものでしたから……」
サマセットはダドリーを落ち着かせるように片手を挙げると、木箱を演台の机に載せた。
「今、お見せしましょう。マーリンが遺したと伝わる魔法の杖を……」
サマセットはそっと木箱の蓋を持ち上げると、箱から白い布がはみ出してきた。その布を丁寧にどかせると、サマセットは1本の杖を取り上げた。古ぼけた樫の杖だ。部屋からは、ほうと大きな息が漏れる。
「その形状……。間違いない。我が家に残されていた魔法の杖だ……」
ダドリーが呆けたような声でつぶやいた。かたわらのジャックが兄の肩に手を載せる。「間違いないのかい、兄さん。あれで間違いないんだね?」
ダドリーは無言でうなずいた。
「本当に、それはマーリンの杖なのですか?」
メルルはサマセットに尋ねた。サマセットが手にしている杖は、ありきたりの古い杖のように見える。偉大な魔導士マーリンの手によるものにしては迫力も威厳も感じないのだ。
「さぁてね。実のところ、今はまだ何とも」
サマセットは杖を見つめながらつぶやいた。自信がないというより、むしろわからないことを楽しんでいるような響きだ。メルルは首をかしげた。「わからないんですか?」
「この杖がマーリンのものであるのか、その根拠はこの箱に『マーリン』とサインがあるからで、それ以上のものはないのです。ただ、これが見つかったのがペンドルトン卿の屋敷からだったというのは、この杖が本物である可能性を高めています」
「我がペンドルトン家は、かつてマーリンを支援していたのです」
サマセットの説明に、ジャックが補うように話し出した。
「マーリン一世はアーサー王とともに、王国へ侵攻してきた魔族をマイグランへ追い返し、王国に平和を取り戻しました。その後、魔族侵攻に備えて魔法使いの育成に取り組んだのです。マーリン一世は魔法の文法、術式を整え、そのことにより多くのひとが魔法を行使できるようになりました。マーリン二世の時代には術式の研究が進み、より高度に、より複雑な魔法が使えるようになりました。魔法学院の前身、魔法義塾が生まれたのはこの二世の時代です。三世は魔法義塾を、王国の運営する魔法学園と合併して王立魔法学院を設立しました。こうして、ギデオンフェル王国は屈指の魔法王国となったのですが、そのマーリンを三世代に渡り、経済的に支援してきたのがペンドルトン家なのです。魔法義塾設立の資金を援助したのも当家です」
ジャックは胸を張って説明している。いかにも誇りに思っているらしい自信にあふれた声だ。メルルがダドリーに視線を向けると、ダドリーは口もとに笑みを浮かべて弟を見つめている。メルルは「おや」と思った。ダドリーの笑顔が、どこか哀しみを感じさせたからだ。
「つまり、ペンドルトン家に、マーリンにまつわるお宝が遺されても何ら不思議はないと……」
ヒースは悠然と笑みを浮かべながらジャックを見上げた。「そういいたいわけですな?」
ジャックは冷たい視線をヒースに向けた。「何か疑わしい点でも?」
ヒースはひらひらと手を振った。
「いえいえ。それならけっこうなのです。私は本物であれば何も問題ないのですから」
「問題ない? それはどういう……」
「私は、あの杖を買い取りたいとサマセット館長に申し出ているのです」
「何ですと!」
ダドリーは顔を真っ赤にさせて立ち上がった。「何をいい出すんだ、あなたは!」
「私は魔法道具蒐集家なのです」
ヒースも立ち上がった。こちらは顔色に変化はない。「魔法道具の蒐集家であれば、マーリンの逸品は是が非でも手に入れたい。そう思うものではありませんかな?」
「あれはダメだ、絶対!」
ダドリーは喚いた。「あれを手放したこと、私は非常に悔いている。今回、ここへ来たのは、我が家の宝を買い戻し、あのときの愚行を償うためなのだ!」
「まぁまぁ落ち着いてください」
サマセットが穏やかな声で制した。サマセットに促されて、ダドリーとヒースのふたりは腰を下ろした。だが、互いに不愉快そうな表情は隠そうともしない。
「この杖の正体は、いまだ何とも知れぬのです。今、ここで騒いでも仕方ありませんよ」
「だ、だから……、ぼ、僕が……、来た……ので……す……」
おそるおそる手をあげたのはピッチだった。ここで発言するのをためらっているようだ。「そ、それ……が、魔法の……杖、だということは、それだけは、確か、なのでしょ……う……?」
サマセットはうなずいた。「この杖には何らかの術式が施されている。それだけは間違いありません」
「その術式の解析はできないのか?」
ジャックは不服顔で尋ねる。彼は知らないのだ。メルルは代表するように答えた。
「魔法使いは自分が施した術式を読み解かれるのを非常に嫌います。長年かけて研究した成果なのですから、簡単に真似されるのは嫌なのです。それに、術式には敵を攻撃する罠もございます。簡単に解析できて解除できるものだと、それって罠の意味ありませんよね?」
「……まぁ、そうだな」
ジャックは腕を組んだ。
「以上の理由から、魔法使いは施した術式に、さらに別の術式を施すんです。それは何種類もあるのですが、一番使われているのは術式を消去する術式です」
「術式を消去する術式?」
ジャックはオウム返しに聞き返した。
「一種の罠です。もし、誰かが術式の解析を試みたら、その術式を消去することでその秘密を守るのです。バネ仕掛けの罠みたいなもので、解析魔法を感知すると発動します」
「彼女のいうとおりなのです」サマセットが後をつないだ。
「私がこれを手に入れたとき、当然、消去の術式の有無は確認しました。この杖にももちろん、しっかりと消去の術式が施されておりました。もし、それ以上の解析を進めたら、この杖に施された本当の術式が消されてしまい、この杖はただの棒きれとなってしまうのです。おかげで、この杖が魔法の杖であることは間違いないのですが、何の魔法を施された杖なのか、それがまったくわかりません」
「ひとつ確認したいのだが……」
ジャックは手を挙げた。
「魔法の杖というのは、魔法使いが魔法を使うのを支援するだけのものではないのか? それ以外の、いや、それ以上の何かがあるのか?」
「魔法の道具には大まかに2種類あるのです」
サマセットは背中を向けながら説明を始めた。彼の背後に大きな黒板があり、彼はチョークを手にしていた。さながら学校の授業のような光景だ。
「魔法の道具は、補助用……、つまり、術者の魔法の威力を高めたり、術の発動を滑らかにしたり、そのほかさまざまな形で術者の魔法行使を支えるもの……」
サマセットはカツカツとチョークの音を立てながら黒板に書きこむ。
「もうひとつは、魔法そのものを行使するもの。たとえば風を起こすとか、雷を落とすとか、術者に代わってそうした魔法を発動させるものの2種が存在するというわけなのです」
サマセットは正面を向くと、いつの間にか小さな杖を手にしていた。
「私がふだん持っているこれは補助用。つまり、私の魔法を支援するものです」
サマセットは杖をくるんと回しながら呪文を唱えた。
「蒼風疾駆」
すると、サマセットの杖の先から部屋の奥まで一陣の風が吹き抜けた。その場にいる者たちの髪が舞い上がる。
「この場合、『蒼風疾駆』の魔法を実際に行使しているのは私自身です。この杖はあくまで私の魔力操作を支えてくれているにすぎません。一方、この杖そのものに『蒼風疾駆』の術式を施すこともできるのです。その場合、私は呪文を唱える必要はありません。その術式を発動させる条件を満たせば、その魔法を行使できるのです。さて、問題の杖は後者にあたります。この杖は術者の支援をすることはできません。ただし、何らかの効果のある術式が施されています。ただし、この杖の発動条件がわからないのです」
「発動条件……ですか?」
ジャックは顔をしかめる。話になかなかついていけないようだ。
「さきほど、探偵のお嬢さんが口にしたことと似た話です。彼女が話していたのは解析魔法を感知すると発動する術式の話でした。そのように、術式魔法は呪文を必要としない代わり、いろいろな条件によって魔法が発動します。たいていは術者の命令、つまり、『声』によって発動します。『炎をあげろ』とか、『風よ吹け』とか、そういった命令です。ほかには道具の向きや、どこを触っているかなど、発動条件を細かく設定されているのが多いのです」
「その理由だったら、私が説明できるよ」
そういって立ち上がったのはヒースだった。手にはメルルに見せたステッキがある。
「このステッキは護身用のもので、対象者に麻痺の魔法をかける。しかし、命令だけで発動したら、そこら中に麻痺の魔法をまき散らしかねない。魔法の種類が攻撃系だけに危険だ。そこで、このステッキは握りの部分を対象に向け、ステッキの胴に描かれた縞模様部分に自分の親指を押し当てる。この指の位置が模様からずれると魔法は発動しない。このように構えてから『麻痺魔法』と魔名を唱えると魔法が発動する仕組みなんだ。一種の安全装置だな」
ヒースはステッキを構えながら説明した。親指はステッキから離れている。もし、親指をしっかりステッキにつけていたら、説明で口にした『麻痺魔法』の言葉だけで魔法が発動していただろう。それがわかっているからヒースも指を離して説明していたのだ。
「……つまり、そのマーリンの杖と思われるものは魔法の発動条件が不明なために、誰にも使うことができない、ということか?」
ジャックはようやく理解できた様子で尋ねた。念のために確認したいのだろう。
「……残念ながら」サマセットは短く答えた。
「兄さん」
ジャックはダドリーに身体を向けた。「兄さんは本当にこんな杖がほしいのかい?」
ダドリーはうなずいた。「私は、この杖をアイテムとしてほしいわけではないんだ。かつて我が家にあった宝だからだよ」
「しかし、その『宝』を手放しているではないですか」
席に戻ったヒースがさえぎるようにいった。語気も強めだ。「そんなに大切だったのなら、なぜ手放すことなど?」
ダドリーは眉をひそめて沈黙した。ジャックが苛立ったように立ち上がる。
「君! 兄に対して失礼じゃないか! だいたい、君に説明する義務などないはずだがね!」
「……いいんだ、ジャック」ダドリーは静かな口調でいった。ジャックは狼狽したように「兄さん……」と小さな声でつぶやいた。
「私が、あの杖に執着する理由を聞いてもらえれば、皆さんも納得してもらえるかもしれない。そのためにもきちんと説明しよう」
ダドリーは立ち上がると、その場にいる者全員が見えるよう身体の向きを変えた。
「我がペンドルトン家は、かつてはマーリンを支援できるほど裕福だった。名家としての評判も高かった。しかし、それは先祖がそうであっただけで、私たちの世代にもなるとかなり落ちぶれてしまった。経済的に苦しくなり、土地や事業をいくつか手放さなくてはならなくなった。
皆さんはご存知かどうかだが、貴族は『国民税』のほかに『貴族税』も支払わなければならない。悪くいえば、我々は毎年、貴族の地位を金で買っているのだ」
「兄さん、そんないい方……」ジャックは戸惑った声をあげる。
「年々、貴族の数が減っているのはそういった背景だ。税が支払われなくなった者が貴族の地位を捨て、あるいは断念して、一般市民に下っていくのだ。現在の貴族たちは少なくない税を払って、この地位を保っている。そこまでして貴族の地位にしがみつきたいものか、皆さんは疑問に思うかもしれない。だが、先祖が積み上げ、維持してきたものを、自分の代で失くしてしまうのは、かなり恥ずかしいと思うし、先祖にも申し訳がないことだ。それに、貴族以外の生き方を知らぬ者からすれば、ほかの生き方を選ぶのは恐怖心をともなう。まず、これは貴族一般の考え方だと捉えてほしい。
さて、私自身の話に戻るが、当家は父の代で大きく傾いて、貴族としての地位を保つのがやっとの状態だった。すでにいくつも土地を手放していたころだ。当時の当主だった父が急死したとき、私は17歳、弟のジャックは12歳だった。年端もいかぬ私がいきなり当主となって、私は非常に困惑した。父を亡くした哀しみに浸る間もなく、私はペンドルトン家を守る戦いに放り込まれたのだ。だが、世間知らずの私にできることは知れている。先祖が遺した財産を切り崩し、その金で税を支払う。その程度だ。生活は苦しかったが、貴族の地位を捨てようとは考えなかった。いや、考えることができなかった。さきほど説明した恐怖に、私自身が囚われていたのだから。
土地を手放すことは一時的に金を手に入れられるが、今後、そこからの地代や荘園の利益などは手に入れられなくなる。これ以上の荘園を失えば、ペンドルトン家は貴族でなくなる……。そんな状況にまで追い込まれた。そのとき、私は保管庫の中に魔法使いが遺したアイテムの存在を知ったのだ。マーリンの支援者だったことは弟が説明したとおりだ。しかし、マーリンだけでなく、当時マーリンの弟子だった有名無名の魔法使いが、さまざまな魔法道具を制作していた。我が先祖は、それらを買い上げることで彼らの資金援助も行なっていたのだ。それらは、先祖がギデオンフェル王国の魔法技術の発展に貢献してきた証拠であり、誇りの象徴でもあった。だが、私は、その先祖の誇りともいうべきものに手をつけた。多くのものは二束三文で手放し、いくばくかの金を手にした。一方でマーリンの遺した道具は高額で売れた。ひとつで数年分の税を支払えるほど高価なものもあった。私はそれらを売った金を元に荘園を立て直していった。時間はかかったが、今では家名を保つだけでなく、それなりに蓄えができるほどまでに立ち直った。それまでは無我夢中で何も感じていなかったが、この年齢になると、若いころの行為を悔いるようになった。それはとてつもなく大きいほどの後悔だ。そこで、私はこれまで積み上げた蓄えから、各地に散った宝を買い戻すことにしたのだ。今、問題となっているマーリンの杖も、当家が所有していたものだ。何の道具だったのか私は知らない。だが、私にはそんなことはどうでもよいのだ。大事なのは、かつての宝を取り戻す。その一念だけなのだ。私が汚した先祖の名誉を取り戻したいのだ!」
「長々と自分語りお疲れさまです」
ヒースは手を叩きながらいった。その口調にはあきらかに侮蔑の感情が見える。
「貴族様の心情を理解するには、中級市民の私にはいささか難しいところがございますな。ですから、先ほどのお話しでマーリンの杖を諦めろというのは聞けませんな。むしろ、何が何でも手に入れたいとの思いを強くしました」
「何だと! 私の話の何を聞いてそんなことを!」ダドリーの顔は再び真っ赤になった。
「全部ですよ、全部」ヒースは落ち着いた口調で言い返した。「あの偉大な魔導士マーリンを経済的に支えたペンドルトン家から見つかったマーリンの遺産。その歴史的背景を含めてあの杖をほしいと思っても不思議ではありますまい」
「下賤の者が……」ジャックが怒りの感情を露わにして唸り声をあげる。場の雰囲気が再び険悪になった。
「皆さん、どうか落ち着いて、落ち着いてください!」
サマセットが両手を高々と挙げて周りを落ち着かせようとした。額から汗が流れだしている。
「ペンドルトン卿にブッチャー様も、どうか席についてください。そもそも、私はこの杖をお譲りする話などしていません。皆さんには、こちらの考えをお聞きいただき、ご理解を賜りたいから、この場を設けようとしたのです。ですから、どうか、先走って話を進めないでください!」
「どういうことだ?」
ダドリーは険しい目をサマセットに向けた。皮肉な顔つきをしていたヒースも怒りの表情に変わっている。「そうだ。館長はその杖を売るつもりはないというのか?」
「そのとおりです」
サマセットはうなずいて答えた。そして、慌てて顔を上げる。
「ま、待ってください。どうか、落ち着いて! この杖は、そもそも、さる方から条件付きで寄贈されたものです。それは、『この杖の秘密を明らかにし、今後の魔法研究に役立ててもらいたい』というものです。当博物館の理念を理解いただき、さらに賛同くださった方からいただいた大切なものなのです。皆さんの事情をお聞きしたからといって、これを手放すことなどできません!」
部屋から言葉が途切れた。この部屋にいる誰もが口を閉ざし、荒々しい息をしている者もいた。
メルルは3人のやりとりをはらはらしながら見守っていた。途中から口をはさむ間もないし、なにより、杖をめぐる感情の応酬に部外者の自分が入る余地などない。
誰もが落ち着かない状況でいる中で、ひとりだけ、まるで冷静な者がいた。コーデリアだ。
コーデリアはいきなり立ち上がると、無言で部屋から飛び出した。メルルが何だろうと思っていると、「あ、あそこ……」と声が聞こえた。
振り返るとアリスが窓を指さしている。アリスが指さす窓には、しっかりとした格子が取り付けられていたが、その間から影がのぞきこんでいたのだ。
「ま、また!」メルルが声をあげると、影は姿を消した。メルルは弾かれるようにコーデリアが飛び出した扉を振り返る。
……コーデリアさんは、外の影を追っているんだ!
メルルも後を追うべく、部屋から飛び出した。勢いよく博物館の出入り口の扉を押し開け、外へと駆け出す。メルルはすばやく周りを見渡した。
森へ続く一本道に人影はない。影は再び裏手の茂みに身を隠そうとしているに違いない。メルルは懸命に走って博物館の裏手へ回った。
博物館の裏手には、コーデリアが説明したように大きな池が横たわっていた。濁りのないきれいな水で静寂をたたえている。池のほとりは芝生のように背の低い草が茂っているが、その一部で草が舞い散らされている。コーデリアが暴れる影を押さえつけているのだ。
「放せ、放せ、放せー!」
押さえつけられている影は必死で抵抗の声をあげる。その声を聞いて、メルルは目を丸くした。その声が子どものものだったからだ。
「コーデリアさん、その子……」
メルルはコーデリアに駆け寄ると、コーデリアは相手を後ろ手にして押さえつけているのがわかった。コーデリアは身体が小さく、体重も軽いはずなのに、相手はコーデリアをはね飛ばすこともできずにいる。
「今度は茂みに潜り込まれる前に捕まえられた」
コーデリアは落ち着いた声だ。呼吸の乱れすらない。
「どうした? 何があったのかね?」
声がしたほうを向くと、窓からサマセットが顔をのぞかせていた。その周りからもいくつもの顔がのぞいている。
「さっき、応接室をのぞいていた者を押さえたのです。私たちは、博物館に不審なことがあれば、それに対処するべくやって来たのですから」
コーデリアは説明しながら押さえつけた者の顔を持ち上げた。その顔は、ちょうど窓から様子を見ている者にも見えた。その顔を見て、アリスが自分の口に手を当てた。驚きで目を大きく見開いている。
「まぁ、あなた、ジョナサンじゃない!」