反撃、そして……
少し回復しました。でもまだ万全ではありませんのでご了承ください。
『いずも』艦橋
「艦長上がられます。気を付け!」
航海員の号令が艦橋内に響く。
「航海長、ちょっと手伝ってくれるか?」
「承知しました。しかし、戦闘中に艦橋に上がられるとは、何かお考えが?」
航海長の言葉を聞きながら、操舵員横の電子海図を見る。
「『いかづち』『ありあけ』まで5マイル。最大戦速で行けば、・・・6分で会合できるな」
「はい。しかし、弾道弾の攻撃が行われている現在、僚艦に近づくことは敵の攻撃を集中させることにつながらないかと・・・」
「ただ、あそこにはいま3隻の艦がいる。しかも『あきづき』は乗員救助のため停止しており、大破中の2隻もいい的だ。このままでは、彼らは全滅してしまう。」
「溺者救助中の艦艇を狙うのは人道上問題がありますが、まあ、国際法上禁止されているわけではないです。私が敵艦艦長でしたら、好機としかみないでしょう」
「それでも、やらなければならないときもある」
艦長は航海長の言葉に被せるように言う。
「では、僚艦の救助を優先するわけですね」
「それもあるが、敵の動きを見たい。敵が常時こちらの動きを把握しているのなら、本艦が行った先に弾道ミサイルが降り注ぐ。だけど、違和感があるんだ。普通イージス艦の集中する艦隊に弾道ミサイルを遠慮なく撃ちこんでくるか?」
「奴らが海戦の常識をわきまえているのなら、やりませんね」
「何というか、素人と戦っている気になるんだよな。イージス艦の対処能力を超える100発以上のミサイルを撃ち込む訳でもなく、だけど敵艦隊は数と質だけは最新鋭。海上戦術を理解していないミリヲタが性能だけで艦隊を編成して、スペック上は最強の兵器である対艦弾道ミサイルを使ってみたって感じを受ける。」
「空母もいませんしね。我が艦も少数ながらF-35Bを16機搭載しております。海上戦術の基本としては、空母機動艦隊には空母機動艦隊を当てるのがセオリーです。」
この年の春、米国から輸入したF-35Bをいち早く「いずも」に搭載し、三ヶ月の運用試験を経て米海軍から「空母としての戦力化は成し遂げられた」と合格を貰っていた「いずも」。練度の向上はこれからだが、ステルス艦載機がもたらす戦局への影響は計り知れない。中国海軍は3隻の航空母艦を保有しているにも関わらず、1隻も出してこないというのは戦術の常識から大幅に逸脱しているのだ。
何かがおかしい。しかし、それが何かと言われると明確に言えないという、漠然とした不安が艦長の頭から離れない。
「少し俺に考えがあるんだ。ただ、説明してる時間が無いし、何よりタイミングがシビアだ。申し訳ないが、操艦は俺に任せてくれ。」
「承知しました。操艦お返しします。第1戦速赤黒なし。基準進路195度、対潜欺瞞左右20度」
「了解。対潜欺瞞やめ。……最大戦速、取り舵5度!」
「取り舵5度宜候」
「速力20kt……22……25……最大戦速翼角静定……28kt……30kt、速力静定!!」
「「いかづち」までの距離知らせ」
「距離、4500ヤード」
「航海長、距離2000になったら知らせ」
「了解しました。3000までは500ごと、以降は100ごとに報告します。」
「ああ、頼む。」
艦長の横で、航海長が水上レーダーを凝視する。
「艦長、「いかづち」を向首目標とする場合、進路195度となります。」
「いや、「いかづち」には直接向かわない。取り舵5度でこのまま向かう。」
「承知しました。「いかづち」まで4000………」
3分後
「2100………「いかづち」まで2000!」
「面舵一杯!右停止!」
その号令により「いずも」は艦尾を左に振りながら右に進路を取る。
『砲雷長より艦長へ!弾道ミサイル2発を撃ち漏らしました、1発は本艦に向かってます!!』
「やっぱり来たか。もどーせー、35度宜候、右最大戦速!」
「35度宜候……宜候35度!!」
『着弾まで、あと15秒です!!』
「了解。両舷停止、後進一杯!!『見張り員退避、衝撃に備え!!』」
最大戦速からの急停止により、艦橋の乗員達がつんのめる。
『着弾まで5秒前……2,1,今!!』
同時に「いずも」の艦首200m先に大きな水柱が上がる。それは高さが「いずも」艦橋の遙か上まで到達し、轟音を立てて崩れてゆく。
「敵弾道ミサイル着弾!」
「両舷停止、前進強速!!」
着弾の衝撃で生じた波に突っ込む形で「いずも」は進む。
『補給長から艦長へ。急速探知の結果各部被害なし。戦闘支障ありません』
『飛行長から艦長へ。戦闘機発進支障なし。全機発艦準備完了、いつでも行けます!!』
「航空機発艦始め!」
波を乗り越え、船体が水平に戻ったところで搭載機の動きが始まる。一番機が飛行甲板から離れた瞬間、二番機の発艦シークエンスが始まり、続く三番機から五番機も発艦はまだかまだかと急かすように動き始める。
「一番機発艦完了、続いて二番機発艦作業開始!」
『整備長から艦長へ。六番機以降の全機誘導弾搭載完了、飛行甲板に移動させます』
「六番機は第一スポットに回せ!以後の機体は第1中隊と同様の位置にて発艦準備にかかれ」
『了解しました。5分でやります』
飛行甲板では慌ただしく準備作業が進む。走り回る整備員、計器チェックに取りかかる操縦士、サイドエレベーターから運ばれる誘導弾。
誰もが自分の役目を果たそうと必死に駆け回る。もし先人達が見ていたら、こう思うだろう。
帝国海軍ここにあり、と。
「作戦の概要です。ご覧ください」
「いずも」CICのメインモニターに海域図と、いくつかの矢印が表示される。
「先の弾道ミサイル攻撃を回避したことにより、我に対する対空脅威は確認されておりません。一方、敵艦隊は依然として尖閣諸島大正島付近に遊弋していると思われ、海上優勢は敵側にあります。よって、F-35Bの2個中隊をもって敵艦隊に対する航空攻撃を敢行。我の実力を敵に認識させ、一時的停滞または撤退を敵に強いることが本作戦の趣旨となります。」
作戦幕僚による説明がCICにて行われる。群司令部は幕僚総員、「いずも」側は砲雷長以下各長クラスが参加している。
「なお、本作戦は敵艦隊の殲滅を企図するものではありません。本艦に搭載するASM(空対艦誘導弾)は限られており、例え全弾を撃ち込んだとしても敵の『レンハイ』級に全て迎撃されることが確実なためです。敵に無くて我に存在する航空戦力をもって、敵に心理的圧力をかけることを主目的とします」
人民解放軍海軍の最新鋭艦『レンハイ』級は、同時に80発以上の目標対処能力を有すると言われ、その性能は西側のイージス艦と同等かそれ以上である。人民解放軍海軍はこれまで軍内での予算優先順位が低く、艦艇も旧ソビエトの輸出型か国産の低性能艦艇を何とか形にしているだけであった。
近年の南シナ海における領土問題では相手が格下の、沿岸警備隊に毛が生えた程度の海軍が相手であったため難なく勝てたが、いざ海洋進出を目指してみると太平洋の入り口には遙かに格上の海上自衛隊、入った先にはどうあがいても勝てない米海軍が存在しており、海軍の増強が急務となった。
ここで運良く手に入れたのが、イージスシステムである。日本に送り込んだハニートラップ要員が運良く海上自衛官を引っ掛け、さらに運が良いことにその隊員が規則に違反してイージスシステムの情報を個人のパソコンに入れていたことから、まんまとその情報を入手し本国に送付。オマケに日本は優しいのでスパイ容疑そのものがなく、本人も大手を振って戻ってこれたのが通称『イージス事案』と呼ばれる事件である。
その情報を基に開発されたのが『ルーヤン』シリーズの中華イージスと呼ばれる艦艇であり、その発展改良型として作られたのが『レンハイ』級である。言わば「日米のハーフが中国人に連れ去られ、中国国内で犯され無理矢理生まされた子供」と言えるかもしれない。
「なお、本作戦は本来日米共同の作戦であり、かつ最終的には潜水艦がとどめを刺して敵艦隊を殲滅すると言うものです。ですが、日米安保も適用されておらず、潜水艦との通信も確立されていない現状で我々が取れる唯一の手段となります。」
「孤軍奮闘ってやつだなまさに」
「艦載機はすでに全機が発艦を終えました。なお、敵艦隊に最も近い海域にいた『むらさめ』との通信が途絶しており、攻撃を受けた可能性があります。なお、『むらさめ』は通信途絶間際に敵潜水艦との戦闘を行っていたこと、AWACSからの敵艦隊位置情報に変化がないことから、近傍には敵潜水艦の存在が予想されます。よって、艦隊を進出させての同時攻撃は断念せざるを得ませんでした。」
『むらさめ』は敵潜水艦を1隻撃沈していたのだが、その後再び攻撃を受け通信が途絶したことから、付近には多数の敵潜水艦が存在すると予想されていた。そのような中に艦隊を進出させることは自殺行為であり、制海権を失ったことで攻撃のオプションも狭められたのである。
これは過去にも似たような事例がある。英国とアルゼンチン間で勃発した「フォークランド紛争」において、英国潜水艦がアルゼンチン海軍の艦艇を攻撃し撃沈したことにより制海権を失ったアルゼンチン海軍は、潜水艦の脅威を排除できないまま終戦を迎えることとなるのである。
「作戦は了解した。すでに『いかづち』と『ありあけ』を失い、『むらさめ』も失った可能性が高い。『あきづき』は『いかづち』『ありあけ』の救助作業中、『あけぼの』も『むらさめ』の救助作業に向かっているほか、『こんごう』『まや』は引き続き弾道ミサイル警戒で動かせない。取り得る最善かつ唯一の手段がこの航空攻撃だけだな」
「はい。すでに隊の8隻中3隻を失ったことから、壊滅とも言える状況です」
第1護衛隊群の編成は以下のとおり。
第1護衛隊:『いずも』『むらさめ』『いかづち』『まや』
第5護衛隊:『あけぼの』『ありあけ』『あきづき』『こんごう』
これが現在
喪失:『むらさめ』『いかづち』『ありあけ』
救助作業中:『あけぼの』『あきづき』
BMD防護:『こんごう』『まや』
「仇討ち……とはいかないまでも、せめて彼らの犠牲が無駄にならないようにしたいな」
「ええ、本当に」
10分後……
「『エイブル』『ベイカー』『トリニティ』各小隊、攻撃態勢に入りました」
航空幕僚がディスプレイを見ながら報告する。画面上では、敵艦隊予想位置に対して南西側、南東側及び北東側の3方面からF-35各小隊が接近している。
「なお、無線については米国使用チャンネルに切り替えたため、こちらからの通信のみ可能です。各機は攻撃完了又は攻撃中止命令を受けた場合のみ発信を許可しているため、このまま攻撃を継続します」
「承知した」
群司令は一言だけそう述べ、黙する。
「『まや』から入電!敵航空機を撃墜。撃墜と同時に妨害電波の発信が停止したことから、電子戦機の可能性大!」
『『まや』から群司令部へ。通信試験を行う。感度どうか』
「こちら群司令部、『まや』感度良好、こちらの感度どうか」
『こちら『まや』感度良好』
敵電子戦機を撃墜したことで、周辺海域に展開されていた妨害電波がなくなり音声での秘匿通信が回復した。これにより、チャットでのやりとりと異なりタイムラグなく意思の疎通が可能となる。
最も、米軍使用チャンネルが使用できたことから中国側は敢えて日本に対する妨害のみに留めていた可能性がある。それが何を意味するのか、群司令部一同は首をかしげる。
『『いずも』こちらエイブル1、攻撃完了、直ちに帰投する。なお、敵からの攻撃はなし』
「『エイブル1』こちら群司令部、了解」
画面上の各機から小さな点ー対艦ミサイルーが分離すると同時に、機体が反転する。
これで一矢報いることができた……群司令部だけでなくCICの乗員一同にもホッとした空気が流れる。
(敵艦隊は尖閣から動こうとしない……目的は尖閣の実効支配だからそれは分かる。だがそれだけか?島しょ部の確保で最も重要なのは敵戦力の排除。ウチの戦力がまだ尖閣近傍に存在する以上、島しょ部の確保がなされたとは言えない。)
ホッとした空気のなか、周防だけは険しい表情のまま一人黙考する。
(島しょ部の確保が目的ではない……あり得ない。ならこれだけドンパチ繰り広げた意味がない。すでに確保している?でも水上戦力は尖閣に……あっ!!)
周防は気づいた。なぜ敵艦隊は積極的に攻撃を仕掛けてこないのか。航空機ばかりを狙い撃ちするが、水上艦に対しての攻撃は全く行っていない。なら、こちらを攻撃する手段はまだ他にあるのではないかと。
「ES探知、本艦の70度20マイル!敵潜水艦の対艦ミサイルです!!」
「魚雷音聴知!本艦の150度10マイル、数……3!3発です!!」
「新たなES探知、本艦の280度15マイル!」
周防の予感は当たってしまった。
『いずも』による反撃とほぼ同時に、中国海軍の潜水艦による一斉攻撃が始まったのである。
次回更新は、身体と相談しながら進めていきます。